ブリ大根に挑戦〜

今日はブリが安かったので、大好きな居酒屋メニューのひとつ、ブリ大根に挑戦!
ブタの落し蓋がはじめて活躍。
使いやすいな〜。なんか落とし蓋の必要な料理をどんどんやってみたくなる。
鼻から煮立った泡がぶくぶく出るのがまたかわいくて良し。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

今日はブリが安かったので、大好きな居酒屋メニューのひとつ、ブリ大根に挑戦!
ブタの落し蓋がはじめて活躍。
使いやすいな〜。なんか落とし蓋の必要な料理をどんどんやってみたくなる。
鼻から煮立った泡がぶくぶく出るのがまたかわいくて良し。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

これまで揚げ物はハードル高いなーと思っていたけど、秋鮭を適当に揚げた手前のコイツはマジで旨かった。いちめい「中途半端揚げ」。へたに焼くより全然うまいや。今後もやろうかな。
奥はもやしとシメジの胡麻油炒め。ビールに合います。ゆで卵を添えていただいてみた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
いろいろと書くことはあるけど、とりあえずは晩メシ記録。
夏のボーナスを使わずに毎月の生活費にあててきたけど、先月で尽きたので再び食費節減生活が戻ってきたのである。
で、今日の夕飯はコレ↓

おくらと大根、ソーセージのしょうゆ味パスタ。
いやーどうかと思ったけど、短冊切りの大根とおくらは実に合う。
コンソメ加えてしょうゆで味付けしたのも勝因か。ひさびさに快哉。(でもちょっと盛り付けすぎた)
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
今日は買物以外、全然外出なかった・・・

残ったブロッコリと豚肉、ジャガイモでトマト煮込み。
ホントはもっとイモは柔らかい方がよかったのだけど、ちょっと煮込みが足りなかったか。
ようやく「ファントム・オブ・パラダイス」のDVDを見終えた。
ようやくというのは、このロック・ミュージカルのカルト的名作、買って以来何度となく挑戦しているのだが、いつも30分くらい見ると寝てしまう状況が続いていたのである。
今日は何とか最後まで寝ずに見通そうと思っていたのだが、晩飯後に摂取したカンチューハイのアルコールにまたも敗北・・。
酔い覚ましに、タバコを買いに大雨の降りしきる街に出、何故か古本屋の100円本セールで本買ったりなどし、戻ってきてからようやく見終えた。
うーん、やはりロック・ミュージカルじゃ肌に合わないのだろうか。とにかく見終えたなーという感想しかない。デ・パルマファンな皆さんゴメンナサイ。「ミッドナイト・クロス」とか好きなんですけどねえ。
なお古本屋で買った本はA・J・クィネル「パーフェクト・キル」、ハロルド・シェクター「オリジナル・サイコ」、ジョン・ル・カレ「死者にかかってきた電話」、ケン・フォレット「モジリアーニ・スキャンダル」でした。
いつ読むんや。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
3ヶ月ぶりに髪切った。
昼過ぎに起き、ベッドに腹を下にしてテレビを見ていたら、
時節がら上半身ハダカだったりする故、後ろ髪が卓上ホウキのような感じで背中の肌に当たる。
ちょっと伸びすぎたなあと思いつつ、何となく気持ちいいので首振ってしばし髪が当たる肌感覚を楽しんだりして。
・・・アホだ。切ろう。
というので中野駅前まで。予約時間を待つ間あゆみ書店に寄るが、「ジェノサイドの丘」下巻がどの棚を探しても置いていない。上巻を読み終えた感動に打ち震えている状態で入手できないのは困る。
かわりといっては何だが前から読書予定リストに入れていた「59番目のプロポーズ」と「僕の叔父さん 網野善彦」を買う。
髪を切った後にやはり我慢ならず高田馬場へ。芳林堂書店はさすがに正しい本屋であり、「ジェノサイドの丘」上下巻とも揃っていた。
下巻だけ抜くのはしのびないのだが、上巻を買った明屋には下巻だけが置いてなかったので致し方ない。
許せ!
上巻を読むだけでも1994年のルワンダで起きたツチ族虐殺がいかに徹底的なものだったか、いかに人間は「非人間的」になれる生物であるかということを繰り返し知らされる。
私にとって、虐殺をイメージ的に形作る最も恐るべき描写は以下のような部分だった。
実際、ジェノサイドによる死体は鳥たちへの贈り物だった。だが、鳥たちは生存者たちを助けてもくれた。山火事から逃げ出した動物たちをあさる猛禽類とハゲタカが火事の最前線を空に作るように、絶滅作戦のあいだのルワンダでは、虐殺現場の上空で沸騰するノスリ、トビ、カラスの群は空に描いた地図となって、森に逃げて生きのびたサミュエルやマナセらに、「立入禁止」区域を告げてくれた。
ただ後になって−「みんながあのときのことを話しはじめてから」−ポールは自分が例外的存在だったと知った。「ジェノサイドの最中にはわかっていなかった」と彼は言った。「自分がやったようなことをやっている人はたくさんいるんだと思っていた。本気でやろうと思っていればできたはずなんだ」
ポールは自由意志の信奉者だった。彼にとっては、ジェノサイド中の自分の行為は、他の者の行為と同じように、選択だった。自分がやったことはわざわざ正しいと呼ばれるようなことではない。それが正義と呼ばれるとしたら他人の罪との比較でしかなく、そうした比較による基準自体が唾棄すべきものである。
ポールは全てのエネルギーを、死を−自分自身と他人の死を−免れることに捧げていた。だが彼が暴力的な最期よりもさらに恐れていたのは、彼の言葉を借りれば「愚か者」として生きる、あるいは死ぬことだった。この光に照らされれば、殺すか殺されるかの選択も疑問に姿を変える。なんのために殺すのか?なにとして殺されるのか?−それは難しい挑戦ではない。
国連をはじめとする国際社会はどうだったのか?
著者ゴーレヴィッチは、ジェノサイドの後ルワンダから犬たちが姿を消したのは、殺された人々の屍肉を漁る犬たちを反政府軍や国連兵たちが撃ち殺していったためであることを説明し、こう続ける。
青いヘルメットのUNAMIR兵士でさえ、一九九四年の晩夏、犬を見かけると撃ち殺していた。何ヶ月も、国連兵士は銃の撃ち方を知っているんだろうかとルワンダ人たちは疑問に思っていた。立派な武器を民間人の殺害を食い止めるためには一度も使おうとしなかったからだが、結局のところPKO兵士の射撃の腕前は抜群だった。
ジェノサイドはいわゆる国際社会に許容されていた。だが死体を食う犬は国連にとって衛生上の問題だったのだ。
「ジェノサイド」という言葉を、米国政府はルワンダの状況を指すためには一切使おうとしなかった。それをすると「ジェノサイド条約」に基づいて阻止のための介入をする必要が出てくるからで、ソマリアで痛いめをみている米軍はアフリカでの部隊展開をこれ以上行ないたくなかったのだという。
これはこの前に読んだ「ドキュメント 戦争広告代理店」で、ボスニア政府とPR企業ルーダー・フィン社が「民族浄化」という言葉を巧妙に広め、米国をはじめとする西欧諸国にバルカン半島への介入を行なわせていった状況と好対照をなすように思える。
ひとつの言葉を使わないことが百万人のアフリカ人をただ隣人に殺されるままに放置したり、ひとつの言葉を使うことがバルカン半島の都市にNATOの空爆を仕掛けるきっかけになったりするのがグローバルな政治の現実であるということだ。いっぽうで、ルワンダでは昨日まで近所で暮らしていた隣人が山刀を持って自分達の一家を全員殺しにやってくるのが現実だったというわけだ。
そして、その地獄のような現実は世界の誰にも知らされることがなかった。(もちろん、私もその中に含まれる)
本だけではなく、やはり映画も見てイメージとして描き出されたその現実を見ておきたいという思いを新たにする。
→「ホテル・ルワンダ」日本公開を求める会のHPはこちら。(署名運動開始)
その他今週のうちに読んだマンガとしては、吾妻ひでお「失踪日記」、Q.B.B「幼稚なOTONA」、一条ゆかり「うそつきな唇」、高野文子「棒がいっぽん」など。
以下amazonリンク。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
今日の弁当は、昨夜のうちにおろしておいたサバの塩焼きをおかずにした。
魚焼き器は一応持ってるのだけど、いまだにうまいこと焼けない。
焼き魚は奥が深い。
晩飯は、アジとサバの他に釣れたというなんとかいう白身魚と白ぶなしめじを砂糖醤油で煮付けたもの。
魚自体の味は淡白なので揚げてあんでもかけるとよいと言われたのだが、揚げ物は油の始末がめんどくさいので避けた。

あとはキャベツとウインナーの炒め。
これだけだと流石に小腹がすき、ポテトチップなど食べてしまった。
昨日まんだらけで買ったQ.B.B「幼稚なOTONA」が超おもしろい。
あと、今はフィリップ・ゴーレヴィッチ著「ジェノサイドの丘 ルワンダ虐殺の隠された真実」を読んでいる。
なぜかブロードウェイの明屋書店には上巻だけがあった。
あと、吾妻ひでおの「失踪日記」も。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
ひさびさに中野ブロードウェイに行った。

ちょっと怖い。(>「眼」に注目)
今日は同僚が釣ってきたアジを調理してみることに。
三枚おろしは初めてだ!チャレンジ。

ってこれってアジだよね?(^^;)
むうー。どこから包丁を入れたらいいものか?
とりあえずこういう時にはコツをググったりするべきなのだろうが、まず初回は手持ちのスキルでチャレンジしてみる。まあ失敗しても自分がまずい思いするだけなので。
ということで包丁を入れてガシガシガシッ。

うーん、けっこう肉残ってんなあという感じ。
そこで、骨まわりに残った魚肉を包丁でこそげ落として魚肉ダンゴを作り、みそ汁の具にしてみることに。

で、本体はバター焼きにしました。
うまー。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

今夜も自炊モード。素麺と豚の味噌炒め・刻みキャベツ・あとお惣菜で買ってきたコロッケ。
3,000円とか言ってるわりには肉使ってんじゃねえかと言われそうだがちゃんと明日の弁当のおかずにもなりますので(^^;)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
また金曜日まで3,000円で生存せねばならん状況に。
もやしを最大限に活用じゃ!
ということで、今夜はチャルメラにキャベツとWinnyみたいな皮なしウインナーを炒めたやつ+もやし炒めを投入して晩飯(っつーか夜食)に。

毎度文無しなので、こいつさてはスロットか何かでスってんじゃねえかと思う向きもあろうが、私はギャンブルはマジでやらない。
それは節度というよりも、単に金を賭けることの愉しみが良く分からないからで、これは一種の想像力の欠如ではないかと思う。
つまりギャンブルで金が増えれば買えるものが増えたりやれることが増えるはずなのだが、想像力のないバカなため、手元にある金を増やすことによるメリットよりも、今買える本とか音楽とか観れる映画とか飲める酒に投入してしまうという金欠プロセスを毎月繰り返しているといった次第。
そんなわけで株や利殖などもやる気力が湧かない。まあ、その前に現状では原資がないので問題にもならないが。
| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
最近、仕事で出張が増え、弁当を作ってもってきてもむだになる可能性があるので作っていなかった。
やっぱり弁当を作るというルーチンがあるとないとだと、その他の食事の自炊率も左右される。
最近はもっぱら、休日の家飯はそうめんとかうどんばっかりだ。



手がかからないので(^^;)もう夏だし。
でもさすがに何か他に作らないとと思い、今日はぎょうざを作ってみた。なかなかうまい。
包むのはけっこうめんどくさいが・・・こういうの、ささっと作れる器具とかできるんじゃないのかな。たい焼き器みたいな。でも、既にあったらとっくに「王将」とかで使ってるかな?
来週以降はそれほどバタバタしなくなると思うので、また弁当サイクルにできるだけ戻していきたい。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
金曜日、出向先で初の最終退出。
女性先輩方お二人が先にオフィスを出て行くとき、最終退出者のやるべき処置を教わったあとに、
「じゃあお先に、あ、ここちなみに出るってウワサだから。元 山○だしね。
お疲れ〜」
・・ってマジ怖ェ!
これって新人OLいじめですか!?
(注:29男です)
そんな週末を越して次の出勤日、喫煙所に変な形でぶら下がってる日めくりをまじまじと見てみると、プチ怖かったりする。

ちょっと黒沢清映画っぽいですよね。(でもないか)
夜半すぎに帰宅して夜食。
豚キムチです。

ここ参考にしてます。食材は足りてないけど・・。
脇にあるのは中華スープ。タイフェスで買ってきたトウガラシ足してみた。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

今日もタイフードフェスティバルに行ってきた。

やっぱり今日もすごい人出。
スタジオパーク売店のお便所を今日も何度か使わせて頂いたのだけど、スタジオパークの壁にBSのキャラクター「ななみちゃん」のプロフが貼ってあったので記録。

「怒った時はしっぽが腫れあがり、けばだつ。」
のだそうです。
シンハービールでしこたま酔った頭をふりながら新宿に出ると、急に雷雨→天気雨の状態に。
なんとも不思議な天気でした。

新宿武蔵野館でアレハンドロ・アメナーバル監督「海を飛ぶ夢」を見た。
SFめいた「オープン・ユア・アイズ」、ホラー映画的な「アザーズ」などの作品を上梓し、今回は尊厳死を願う四肢麻痺の男性を描くヒューマンドラマを撮ったアメナーバル監督。
こうした様々なジャンルのスタイルを駆使しながらも、この監督は一貫して価値観・世界観の転倒という主題に魅了されているように思える。
海に飛び込んだ時に首の骨を折って以来4本の手足ともが麻痺、ベッドの上から一歩も動けない状態で28年を生き続けてきた船員ラモン・サンペドロ(ハビエル・バルデム)は「自分の尊厳の為に死を選ぶ」ことを決意する。
法的に認められていないカトリック国スペインで、尊厳死の権利を勝ち取ろうと裁判に臨むラモンは
「私のような境遇の他の人が生き続けようとすることを、私は批判しない、だから私のこの選択も否定しないでほしい」と語る。
そんな彼の前には「人生は生き続ける価値がある」「生き続けることは素晴しいことだ」と説く人々が現れる。
その中の一人であるロサ(ロラ・ドゥエニャス)はラモンを愛しはじめるのだが、「あなたは私に生きる力をくれたわ」と言うロサは、ラモンが死を選択することをかたくなに拒み続ける。
そんなロサに対してラモンは「私を愛しているのなら、私の選択を理解するべきだ」と語るのだが、
この言葉は「愛」についての非常に深い洞察を含んでおり、わたしたちに「愛する」とは何かについて再検討を催させるものだ。
そんなラモンは、杖つく女性弁護士フリア(ベレン・ルエダ)を愛するが、彼女も自らの生について、困難な選択に迫られているのだった・・。
宗教心の希薄なわが国に住んでいても、やはり我々には「生き続けることには意味がある」とラモンに語りたくなる衝動がある。敬虔なカトリック国スペインでは、尊厳死はさらに一層ハードルの高いことなのかもしれない。
私にも正直、ラモンの行動を肯定していいのかどうかは分からない。
彼が死後の世界を信じていないことは後半で語られるが、彼にとっては死ぬことによって自らを解き放つ行動こそが重要であり、いわば、死ぬことによって生きようとしたのだともいえる。
そうした彼が裁判に出廷するため外出するシーンで、救急車の窓から眺められる世界がじつに生に満ちていて美しいのは、切ないことである。
ラモンが尊厳死団体の女性に「これ以上私と関わることによって君に迷惑が及ぶかもしれないから、今後は一切連絡をとらないことにしよう、お別れだ」と電話をかけると、女性は、あなたの決断で非常に多くの物事が動いているけれども、それだからといって決断を翻していけないことはないから、もう一度よく考えてと呼び掛ける。
「君も他のみんなと同じだね」
と返すラモンの言葉は、自分の信念を他人に伝えることがいかに難しいかの悲しみに満ちており、いっぽう、土壇場にきて生きる道を選ばせようとする女性側の弱さをも露呈させる、酷な言葉である。
非常に重いストーリーであるが、映像は非常に美しく、かつ、私たち観客に多くを考えさせる映画だった。「アザーズ」で見せたあのヴェラスケス絵画のごとき明暗のワザは、この映画でも効果的に使われている。(★★★★)
終映後いろいろ考えながら壁に貼ってある同館上映中の「甘い人生」の雑誌記事を見てたら、「甘い人生」のキム・ジウン監督は「クワイエット・ファミリー」「反則王」のキム・ジウン監督と同じであることが分かった。
そうだったのか!今まで全然結びついてなかった。不覚・・・。
「反則王」は遅刻ばかりで上司にどやされまくるダメ銀行マンが、夜は反則プロレスラーとして大活躍というマンガみたいな話なのに、ものすごくハイセンスな画作りが抜きん出た映画で感心しきりだったのだが、あの映画の監督であれば「甘い人生」のあのうまさも納得。
こうなってくると「箪笥」が無性に見たくなる。
他に「ビョンホンの新作はノワールを一新した"優ノワール"」なんて感じの見出しも目に入ったが、「"優"なんぞノワール映画には必要無い。ノワール映画とは我々の血を凍らせるがごとき、酷薄な美に満ちたものであるべきだ」・・などと思ってしまう私は頭がカタいのでしょうか。
もっとも「甘い人生」が優しい映画だとは私にはあまり思えない。特にヒロインがビョンホンからの贈り物を開封した時に「は?」という顔をするカットは残酷に思われる。「報われない愛情は本人にとって(だけは)美しい」と書いた理由はここにある。

タイフェスで買ってきた調味料類。
まんなかのはエビペースト。パスタなんかに入れるとめっちゃ旨そうである。800円のところが300円。安ッ。
パスタはトムヤムスープ買ったらおまけでつけてくれたものだけど、「イタリア製」だそうである(笑)この適当さがたまらなくいい。

さっそくエビペーストを使い、晩飯はチャーハン。
もうちょっといっぱい入れたらよかったかもとは思いつつ、ほのかに隠し味的にエビ味が効いてて。おいしかった。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
遅く起き出す。
ブランチとして、冷蔵しておいたポトフの残りに茹でたアスパラと焼いた豚肉を入れてスープパスタに。

あんまり具の残ってないポトフ汁をどうすっかと思っていたが、名案であった(おいしかった)。
三連休で「失われた時を求めて」5巻を読み通せればと思っていたが、まだまだ3分の1くらい。
晩は仙川に手巻寿司をおよばれしているので、それまでビデオでも見ようと、ずっと前に中古VHSで買ったフランク・ペリー監督「ドク・ホリデイ」を観る。
伝説的カルト映画「女優フランシス」で有名な監督フランク・ペリーは、かつては「泳ぐひと」などでニューシネマの旗手と目されていた一人で、この映画も極悪非道な権力者ワイアット・ア−プがクラントン一家を騙し討ちにする過程を描くという、オルタナティヴな視点を提供する(笑)西部劇。ステイシー・キーチ演じるドク・ホリデイは娼婦フェイ・ダナウェイを囲い、それまでの自分にケリを付けて新しい人生を歩もうとするが、その手は血に汚れきったものだ。
フェイ・ダナウェイが帰宅したドクを「痩せぎす!」と呼ぶとステイシー・キーチが「売女!」と返すようなシナリオを書いたのは、コラムニストとして有名なピート・ハミル。腐り切った権力を振りかざす連邦保安官ア−プの描写には気骨がみなぎっているのだが、映画として面白いかというと、微妙(^^;)(★★☆)
寿司のために大葉をスーパーで探したのだけど3店鋪巡ってもどこも売り切れ。子供の日って手巻寿司が売れる日だったのだと初めて知った。
およばれ先のお宅で子供たちとウノやったりオセロやったり。兄8歳弟6歳と、随分大きくなったものだが、6歳でもやっぱりノートにカブト虫のウンコとか書いて喜ぶもんなんだなあ。自分もそうだったろうか。

仙川のリトル・リヒテル。光線の具合で妙に神格化(^^;)
帰宅してから、DVDでヒチコックの「ファミリー・プロット」を観る。遺作にも関わらずこれまで何故か観てなかったが、めちゃくちゃ面白い。
名前も住所も一切不明な大富豪の遺産相続人を見つける仕事を、インチキ霊媒師女とその恋人が請け負うストーリーから始まり、ここに絶妙のコンビネーションで身代金誘拐を達成していく宝石商とその妻(?)のストーリーが交錯していくスリラー。この二組の男女の対比も面白いのだが、回りのキャラクターたちのディティールの描き方がまた明快ながら実に細やかで、何と情報量の多い映画だろうかと感心せずにいられない。
また官憲の敢えて一面的なキャラクター造型や、緊迫する山中の取り引きシーンに子供5人連れた牧師がコーラ飲みに来る等といったヒッチ的話法も楽しく、実に芳醇きわまる映画である。素晴しい!(★★★★☆)
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)

今日はゆっくり家で本でも読みながら過ごそうと思いつつ遅めの昼食。
トマト風味おじやのつもりだったが、ケチャップ足りなくていまいち味足らず。ゆでたブロッコリにマヨネーズかけて食ったがそれが一番うまかった。
ところで、例えばドラマなんかで
「私なんて幸せになれない宿命なのよ」
私とて、これは早良親王の祟りだとか柳生一族の陰謀のせいだと思った方がまだ割り切れるのではないかと思うし、まあそこまではないにしても、占いかなんかに答え求めようかという気分にすらなることがある。
やらないですけどね(^^;)

んで夜は肉じゃが。
こちらは癒されるほどのうまさ。
でもあぶなく煮くずれるとこだったぜ、ふー。
DVDでセルジオ・レオーネ監督「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」見る。
想像していたよりもずっと難解なマフィア映画だった(^^;)
電話のベルや鍵などの事物を引き金に回想が始まる手法は、プルーストの小説を連想させ、かと思うとドライヤー映画へのあからさまなオマージュがあったりと盛り沢山なのだけど、ちょっと詰め込みすぎじゃねえのとも思う。
何にしても、酒飲みながら見る映画じゃないですな。途中で寝たりはしなかったけど。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
昨夜ドンキでランチジャー買ったので、今日はどっか持ってって昼飯食おうと思ったけど結局中で食べました。
いつもの画像にくらべて、何かプロモーションっぽいまでの日当たりの良さなのは、昼メシだったからでした。

まだ残ってた鶏のハツを煮込んでリーフレタスといっしょに盛っておかずとしました。
うーむ、上天気だから映画でも見よう!(不明)と思ってシャンテ・シネにアンゲロプロスの新作「エレニの旅」を見に行こうと家を出るも、途中で間に合わないことが判明。
結局丸の内オアゾに入ってる丸善で「失われた時をもとめて」5巻,6巻をGET。
ようやく4巻読み終わったので、GWには一気に6巻読了まで・・ってのはムリにしてもある程度読み進めたいもので。30歳以前全10巻コンプリート、まだ諦めるには早い。
気分転換にはこんなのも読んでます。
明日の葛西臨海公園ピクニックのためのお弁当仕込みをしながら晩飯。

なんとか日中は晴れそうな勢い。頼むでー。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)

母がもってきたシャトル鍋で保温調理したポトフ。
ついでに朝のあまりメシでバター炒めご飯。なんかあまりにも色々いれ過ぎて中心の見えぬ味になってしまった。
写りこんでるのはエマーソン弦楽四重奏団によるメンデルスゾーンの弦楽四重奏全集。これ、マジで素晴しい内容です。メンデルスゾーンはやっぱ イイ!(゚∀゚)!
個人的最愛の室内楽曲の一つである弦楽八重奏曲もBONUS CDとしておさめられていて、こちらも、これだけで一枚作れてしまうはずのような超美演。さらにCD-ROMにメイキング(?)八重奏曲演奏なども入っていてこれで輸入盤7,500円は安いと思う(カード買いでしたが^^;)。
>> (amazonアフィリエイト貼ってみたが国内盤しかないみたい。タワレコとかに行くと輸入盤があると思います)
ほかに、クーベリック/チェコフィル来日公演の伝説的「わが祖国」ライブとか、ヒナステラとかピアソラの入ったアルゼンチン作曲家ピアノ曲アンソロジーなど入手。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)

メインは豚肉のみそ炒め。ちょっとオイスターソース入ってます。レタスに添えていただきました。
サブとしてめかぶとなめこ、キュウリを酢であえたもの等。
けっこう手軽にうまくできた(^^)。
最近たて続けに出ている「その他の雑酒(2)」、アサヒの「新生」を飲んでみた。意外とこれまでで一番飲めるかも?
日本テレビ(「キスイヤ」放送事故にはびっくりした)の「きょうの出来事」によれば、東京都が不快行為防止のための条例化を検討しているそうなんですが、まあ「たばこのポイ捨て」等はシンガポール級に鞭打ち刑にしても構わぬ行為であると考えるものの(私も喫煙者ですが)、「電車内での化粧」も含まれているのはよくわからん。なんか迷惑か?
「みっともない」という話であれば、そりゃ石原の趣味以外の何物でもないと言え、さらに言うならそれ以前に電車内でスポーツ新聞のエロ欄であるとか「特命欲望課長」読んでるオヤジを監獄に送り込むことを検討するがよかろう。
こんなムダな検討会を作るヒマがあるなら、少しでも通勤ラッシュを軽減できるように始業時間スライド化条例や在宅勤務奨励等を行い、朝っぱらから群集に押し潰される「不快」を解決することを考えてはどうだろうか。かなり支持率上がると思うぞ。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)

今夜は、賞味期限ギリで安かった鶏レバーをコンソメスープとケチャップで煮込んでみた。
ニンニクの芽とかタマネギも入っている。
うまーい。特になんていうんですかね、あの管ついたあたりの歯ごたえが良。
でももう少しレバーのくさみが抜けるともっとよかったかも。なんかに漬込むするのかな?
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
Mちゃんとその親友との三人で銀座のファンケルビルに入っているオーガニックカフェ(?なのか?)「泥武士」でランチ会。
20代ラストともなると、男女とも恋愛に慎重になり、その結果、清純異性交遊ともいうべきステータスのまま話が進展しないという状況になりやすいのではないか、
などなど。
はっきりいって私も中学生レベルの異性交遊には自信ありますよ!_| ̄|○
でも色々話聞いてみると、武勇伝なお兄さんも世の中にはいっぱいいるみたいですが・・。頼もしいお話です。
三越で買物するMちゃんらと別れ、大江戸線で豊島園へ。
ユナイテッド・シネマとしまえんで、滝田洋二郎監督「阿修羅城の瞳」見る。
映画としてはひとくちにいってひどくつまらない以上のことを特に語る気力がおきないような代物だったが、市川染五郎はよかった。ってこのあたりも映画そのものはどうでもいいが野村萬斎はよかった「陰陽師」に通じるものがある。これが今の滝田洋二郎路線なのか?ってよく知らないが。
髪をおろした宮沢りえも非常にカワイイ。

写真はユナイテッドのロビーに飾ってあった、染五郎の劇中使用衣裳。
寺田克也のイラストみたいなのがプリントしてある。もっと趣味のいいのを着てた気がするのだが、どこで着ていたものであろう。
予告編では、ついに本編映像を使用した「亡国のイージス」特報が登場!
音楽が何とトレヴァー・ジョーンズ。「13デイズ」とか「ザ・ラスト・オブ・モヒカン」等でスコアファンの間ではつとに著名な燃え系作曲家である。
「スチームボーイ」でのスティーブ・ジャブロンスキー起用や、ゲームだが「メタルギアソリッド」シリーズでのハリー・グレッグソン・ウイリアムズ起用など、ハンス・ジマー傘下MV(メディア・ヴェンチャーズ)作曲家を起用するケースが最近増えているけど、邦画にもスコアにお金をかける流れが出てきているのかも。
もっとも韓国映画なんかを見てると「シュリ」とか「シルミド」なんかは臆面もないMV系パクりながらそれなりにMVっぽく鳴らしてるのに比べ、日本ではそういうノリの音楽もときに散見されつつ非常に印象薄だったりするので、せっかくだから本家呼ぼうや、ということなのかもしれない。
逆に日本から洋画に進出しつつあるのが川井憲次だが、IMDBで調べたところ目下ポストプロダクション進行中
となっているツイ・ハークの新作Seven Swordsにクレジットされているみたい。
おお、ドニー・イェンも出るようではないですか。これは見たい。
大きい仕事やってるなー。

もう一本なんか見ようかとも思ったのだが、帰宅して晩飯を作る。
アスパラとブロッコリー、豚肉とエリンギの入ったスープパスタ。
りいさんのおすすめに従ってガーリック入れてみました。大佐、美味であります!
ところで、上記川井憲次の最近の国際的活躍をチェックするべくIMDB見てる時に気になったのが、出会い系バナー広告。検索キーワードなのかアクセス端末のドメインを見てるのか良く分からないが、広告文に日本語を、ビジュアルに日本人女性を表示するような設定になっているみたい。

しかし、

あまり日本人に見えない・・・。
ハリウッド流ということでしょうか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
生姜醤油に漬けこんでおいた豚肉を、ニンニクの芽とタマネギとともに炒める。
茹でアスパラとともにいただく。まあまあ。

DVDで「エイリアン3」見る。
なんとも微妙な映画ですな。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

そろそろ金がなくなってきた。明後日は新チームの滑り出し飲みをやろうということにしたので、今日あたりからはできるだけ外食を抑えて乗り切ろう、ということで夜半過ぎてからの帰宅ながら自炊モードで、きのことほうれん草、ツナ缶をオリーブオイルで炒めてパスタにからめた。
使い始めたのはつい最近だけど、やっぱりバジルが一瓶あると香りの幅が広がって大変素晴しい。
のどごし生はライン的に近いドラフトワンにくらべて、より自分の好みに近い感じ。
現在進行中のF.L.アレン「オンリー・イエスタデイ」は実に面白い。この人のエピソードを語る語り口は実に堂に入っている感じでノレるし、状況の本質をスパッと切り抜いてみせる刀さばきも適確なものに思える。たとえば、一介の曲乗り飛行士が行った試みにすぎぬ出来事が、なぜその飛行士=リンドバーグを国民的英雄・・見ようによっては神にさえ近いのではないかと思えるほどの偶像と化したのかの理由をみずから問い、こう答える。
その解明は簡単である。安っぽい英雄詩とスキャンダルと犯罪にうんざりして幻滅を感じていた国民は、かつては自分から享受していた人間性に対する低俗な見方に反逆したのである。数年にわたって、アメリカ国民は精神的飢餓状態にあった。彼らは、実際の出来事と彼らの意図とが互いに侵蝕しあい影響しあうことによって、次から次へと、以前の理想や希望がこわされていくことを知った−大戦の余波に失望させられることによって、彼らの宗教の土台をくずし、その感傷的な考えをあざける科学的教義と心理学説によって、さらに政治の腐敗と都市の犯罪のありさま、および猥褻と殺人とで食っている新聞の傾向によって−こわされていくのだ。
実際この前段まで、こうした精神的飢餓状態を裏付けるエピソードの大群が凝縮して語られる。
ハーディング大統領時代のほとんど政府全体ぐるみとすら思える大規模な汚職と腐敗、後を襲ったクーリッジ大統領時代の好景気気分の中で進んだ誇大宣伝と広告の神話化、教会の商業化、クロスワードパズルとタブロイド紙的醜聞記事のブーム全国化(新聞のネットワーク化が大きく寄与している)、スポーツ選手の英雄化と葬式によって伝説的人物と化した映画俳優ルドルフ・ヴァレンチノのことが語られる。
こうしてみると、この時代のアメリカは「現代」の起源なのだとわかる。
それにしても、セールスと広告の勃興期でもあるこの時代のセールス活動は今では考えられないほどにあつかましく暴力的なものだったようだ。わざと通路に出しておいてお客にぶつからせ、商品に気をとめさせるための陳列用小テーブルなどというものが販売されていた時代というのは、今ではちょっと想像がつかない。
今日から加藤さんが再入院。
来週あたりお見舞いに行ってみようかな。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

お弁当はけっこう頻繁に作ってるのだけど、今朝はちょっと気合い入れて豚キムチを作ったので、写真アップしてみようと思った。
豆板醤に砂糖とオイスターソース、醤油と塩をちょっぴり加えてソースを作り、
強火で炒め中の豚とキムチに加える。
朝でせわしないのでかなりの目分量っぷりだったが、結果としてはけっこうおいしくできあがった。

豆苗を余りのコンソメスープと塩胡椒で炒めて添えた。
何に使った余りかって?
朝メシの、卵かけ御飯のタマゴに加えた余り(=^^=)>mixi「卵かけご飯部」参加者
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

ってタイトルつけてるのに自炊画像貼る奴。
豆苗を使った料理をなにかやってみようとスーパーで買ったときは思っていたのに帰ってみるとめんどくさくなってただの野菜炒めにブチ込んだだけにしてしまい、あとはもずく&なめこでビールを飲んだ。
公開がまもなく終わってしまうため、新宿シネマミラノで清水崇監督「呪怨 / THE JUON」見る。
「呪怨」シリーズはオリジナルビデオ2作の時から見てるので、もう毒食わば皿まで。
基本的には同じストーリーが繰り返されるシリーズなのだが、今回は原則的には劇場版第一作目のリメークだった。
「リング」シリーズにおける貞子にあたるモンスター、伽椰子(こんな字だったか)は同じ役者さんが演じているようだし、メインに座っている役者は変わらない。ようは外人が呪いの連鎖に接触しても同じことが起こるよーん、ということのようだ。コウェー。
もう何度も同じ家が出てくるので、シリーズのファンはもう呪いの家の間取り図が頭の中で描けるようになっているはずだが、ちょっと今回の建物はリミックスしているような気がする。あと何年かこのシリーズの人気が続くようだと、どっかのアミューズメント施設に「呪怨の家」ができちゃうかもしれない。
絶対に足を踏み入れてはいけない場所はあきらかに天井裏であろうが、なにげに一番効果的なのはおそらく何も起きていない時の玄関ホールの階段だろう。なんかあるんじゃないかという緊張感がかなりコワイ・・・
でも、真の恐怖はアミューズメント施設から自宅に帰ってからだったりして。
家の留守電を聞いてみたら無気味なうめき声が・・・とか。ヒィ
そういえば、ちょっとしたことだけど今回のハリウッド版は効果音の隅々に例の「うめき声」がかぶせられているように感じた。ひょっとしたら、いつもよりも更に技術的に手の込んだ雰囲気作りをしているのかも。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)

12時まわる直前に会社出て買物して帰ってからの夕食なので、夕食blogっつーよりは夜食blogか。
あまってた鶏肉とエノキをオリーブオイルで炒め、コンソメスープともどした干ししいたけで煮込み、ホールトマトとバジルをたっぷり加えて更に煮込んでできあがり。
うまそうなビジュアルだが実際うまかった。この手のはテキトーでもうまくできるから助かる。
パンとレタスにビールですきっ腹を癒す。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

今日はアスパラとぶなしめじが安かったので、ほうれん草とベーコンと一緒にオリーブオイルで炒めた。
すげー長い間余ってたブロッコリも大丈夫かなと思いつつほうれん草とともに茹でて入れる。
んむ。ぼちぼち。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
本日の夕食blog。

パスタを茹ですぎてしまい、全然ソースが足りなくなってしまった。
前日のトリ肉炒めも一緒に食おうかと思っていたが、とてもそんな余裕なし。しかも悪夢的なことに、同じくらいの量のパスタがまだフライパン上に残ってる。明日の朝メシにするか。
ペット系blogには特に興味ないのだけど、これだけは別格と思っているblogに「俺と文鳥と東京と」がある。
文鳥の写真がかわいく、また文鳥を見つめる管理人「俺ブン」さんの視線のとてつもない優しさが癒しを与えてくれる、私にはとっても真似のできない個性あふれるblogだ。たとえばこんなエントリとかこんなエントリ、こんなエントリなんかを読めば、私がこのblogをなんでイイと思うか分かるだろう。なにかをこんなふうに愛せる人の人生は、間違いなく豊かだと思う。
・・などと絶賛しつつも実はしょっちゅう見てるわけではなく、円さんのB型悪魔系を読んでいるときなどにたまに「そういえばあの文鳥はどうしてるかなー」とクリックしてみたりする程度なのだが、昼になにげにクリックしてみて驚いた。あの文鳥は亡くなってしまったのだという。
一瞬信じられず、夢の話になったので「そんな夢を見てしまったという話かな?」と思ったのだけど、いっこ前の過去ログを読むと、彼女があやまって踏んでしまったという何ともやりきれない経緯がわかった。
ミスで踏んでしまった彼女も可哀想だと思う。
数日前、手乗りくらいのサイズの子猫を飼ったのに、あやまって溺れさせた上に何か重いもので潰してしまうというヒドい悪夢を見て目が覚めたことがあった。あれは本当にイヤな夢だったけど、小さきものを自分のミスで亡くしてしまうということには独特の身を切られるような辛さがあるようだ。
俺ブンさんは一週間を経た今は立ち直り、新しい文鳥を家に迎えて「ルーイ」と名付けたという。
「全く俺になついてません」という言葉も、これからの文鳥とのコミュニケーションを楽しもうとしているような感じがある。いい触れあい関係を築けることを祈ります。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
嗚呼・・・
すいません、タモリ倶楽部のオープニングにあわせて腰振っちゃいました!
>懺悔
k-tanakaです。
最近、ろじっくぱらだいすと同じくらい、僕秩読むようになったのが如実にみえてくるようなパクりぶり、失礼しました。
明日の昼あたり一人で中華づくしランチでもしようかと考えて材料を買ってきたのだけど、なんか待ち遠しくなったのでインスタントラーメンの予定を撤回し、トリ肉とニンニクの芽の炒めを作って晩酌することに。
なんとなく精神的余裕があって、妙に段取りよい感じに材料が準備できたため記念撮影。

なんだか「きょうの料理」みたいではありませんか?(自讃)
手順としては、軽くニンニクをいためて鶏肉とニンニクの芽、湯で戻した干しシイタケを投入、塩胡椒してしばらく炒めたら中華スープを注ぎ、オイスターソースを加えて煮込み、最後に水溶き片栗粉を加えてとろみをつける。
コツも特にいらないような内容なので、けっこうおいしくできた。作ってみてから思ったけど、中華料理屋でお目にかかるやつは、特にスープとかからめてなかったかも。まあ、テキトウに予想で作った感じなので結果オーライでした。

最近細木数子が出過ぎてウザい。石田純一あたりのなめられ芸人を「3年以内に死にますよ」などと脅しつけているのを見るだに、お前が3年以内に死ねぐらいの反感を感じてしまうのだが、あるいは細木数子ですらTVに出ないとやっていけないほど「書籍」が売れなくなってきているのだろうか、と逆に不安にもなる。(セカチューあたりはずいぶんと売れたみたいですが)
細木数子については佐野 眞一著「あぶく銭師たちよ!―昭和虚人伝」を参照。
ある日、細木が編集部に単身乗り込んできて、担当編集者を指さし、「あんた、畳の上では死ねないよ」といったという。この話をあとから聞いて、不思議なことに怒る気がしなかった。むしろ、それでこそドロ水をすすり命を張って生きてきた女と、かえって感動のようなものを覚えた。という章まえがきのエピソードが印象深い。
佐野眞一は「巨怪伝―正力松太郎と影武者たちの一世紀」やら「渋沢家三代」なども大いに感動を持って読んだ、私的には最も好きなノンフィクションライターの一人だが、「東電OL殺人事件」の妄想爆裂ぶりをみても、多少「天然」の素質を持っている人だと思う。
今回ひさしぶりに「あぶく銭師たちよ!」の該当章を再読してみたが、細木を芸能界と結び付けた島倉千代子事件、保守の大物安岡正篤との再婚事件など、うさんくさい話百出ぶりをおもしろく思いつつ、それを通して大衆にとって「占い」がどんな働きをなしうるかについて考えさせられた。
佐野眞一は、細木が「今よりよくなるという現世利益ではなく、今より悪くならないための御託宣を述べたてたのは、すぐれて現代的だったということもできるだろう。/失うべきものをもってしまった大衆は、先行きの高望みよりは、今より悪くならない保障こそを欲している。」と書いている。
かつてこの文章が世に出た1987年代は一億総中流の流れがいきついた果てのバブル時代だったが、その時代に細木がはたした役割と現在のそれとでは微妙に変わっているのではないかと思う。暗雲たちこめる社会の中、よくよく考えたところで事態が好転するとは思えない大衆にとっての思考放棄のよりどころとして、細木のようなスタイルが受け入れられているのだろう。不安や恐怖をあおって座の注目を集める彼女のやりくちはそう変わっていないのだろうが、時代状況がその手法をますます効果的なものにしている。その構図はどこかしら、20世紀に出現した数々の大衆扇動者を思わせるところがないだろうか。
私は別に占いを嫌っているわけではない(「非科学的」は私にとっては特に貶し言葉ではない)し、細木をファシスト呼ばわりするつもりもない(そう呼ばれるにより適任な人物は他にもいる)が、彼女が占いという形式を通して人心掌握をする風景を見るに反感を覚えてしまうのは、そのやりくちにやはりそうした大衆扇動者の匂いが感じられるからだろう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今日は冷蔵庫の中の余った豚肉とピーマンを使って、ミソ炒めでも作ろうかなと考えがまとまっていた。
夕食時になり、ピーマンをバンバン刻んで、いざ中華鍋にラードを滑らせたところで、冷蔵庫の中に入っていた肉が実は豚肉ではなく鶏のムネ肉であることが発覚(^^;)
チェック甘ぇ~~~。
トリで味噌炒めもどうなんだろう、ということで献立を急旋回し、しいたけと赤唐辛子を一緒に炒めて中華スープで煮込んだ。

うーん、典型的テキトー料理。
味はまあまあ。明日の弁当のおかずにすべくタッパーに入れておく。
本当に小屋に行って映画見てないので、せめてワーナーマイカルにかかっている「モンスター」にでも行こうかと思っていたが、今月はまだまだ予断を許さない。断腸の思いでテレビで我慢することに。
まずはこないだ録画し