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4月 18, 2004

国立博物館「空海と高野山」とか。

平成館で催されている展覧会「空海と高野山」を見るべく国立博物館に来た。まるで結婚式場みたいな俗悪きわまる平成館はとても撮る気になれないので本館をパチリ。
040418_1425.jpg
 展覧会とは関係ないけど、いったいあの平成館というのはどういう建物なのだろう。館内に一歩入ると、安っぽい墨絵風の絵柄が描き込まれた階段の両側をエスカレーターが上下し、押し寄せた観客を上へ下へと送り出しているのだが、美の集積地へのぼる階梯とは全く思えない平凡で機械的なその光景には本当に気が滅入ってくる。「平成」という時代はこんなに俗悪な時代なのだろうか。

展覧会の目玉はやはり運慶作の八大童子立像。仏教のコトが全く分からなくても運慶の仏像の良さは万人に伝わる。日本のベルニーニと言えよう。
26歳の空海が書いた書も展示されていたが、「弘法も筆の誤り」というがそんなに字、上手いかねーなんて思ってしまった。

さんざん仏像見まくったので「もうホトケはいいや」と辟易されられたのだが、まあツボとかヨロイなら見てやってもよかろうと、ついでに本館の常設展を一巡り。つい昨日「あんた仁清も知らないの?」と母に馬鹿にされたのが悔しく(野球選手とかの名を知らないのはちっとも悔しかないが、こういうのは悔しい)、野々村仁清のツボを穴が開くほど見てやったり。かれこれ3時間は歩き回り、足が棒になる。

「オセロ」byロイヤル・シェイクスピア・カンパニー

上京してきて私の部屋に泊まっている母と、ル・テアトル銀座で上演されている「オセロ」を見る。英国ストラットフォード・アポン・エイボンを本拠地とする世界的な劇団(らしい)、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの日本公演。
「オセロ」といえばオーソン・ウェルズが監督した映画を見たりヴェルディの「オテロ」を聴いたことはあるけれども、芝居で見るのはこれが初めて。いきなりフェラーリに乗るよーなもんだと思うが、これがなかなか良かった。
嫉妬心にかられたイアーゴーの策略により変心したオセロが妻を公衆の面前で侮辱し、殴りつけるシーンには特に戦慄を覚える。そんな場に平然とイアーゴーが居合わせている、この恐ろしさ!

小心者が嫉妬の心によって策略の鬼となり、異様なエネルギーと強靭な精神を持つに至るというのは私の好きなタイプの筋で、バルザックの「従姉ベット」なんかもまさにこれだ。もちろんデズデモーナを演じている女優さんもすごく可愛く、その悲惨な運命には胸を締め付けられるし、凛としていたかと思えばぐだぐだ悩んであやしい踊りをおどるオセロも面白いのだけど、文学においては虫も殺さない善人ばかりが出てくる筋なんぞより、卑劣かつ冷酷な悪人が縦横無尽に活躍する筋の方が何倍も魅力的になるもので、それは芝居になっても変わらない。背丈のちっちゃいサー・アントニー・シャー演じるイアーゴーが、仰ぎ見るようにデカいセロー・マーク・カ・ヌクーベのオセロを舌先三寸で惑乱と復讐の境地に駆り立てる様子は実に・・こう言っちゃなんだが・・楽しめる見ものである。

英国の劇団なのでもちろん全編英語。イアホンの同時通訳は一人で何役もやっていたり舞台上とタイミングがずれたりしたけれども、劇の中身を味わうに格別の問題はなかった。ただやっぱり、役者が喋っている原語で理解するにしくはないのだろうなあ・・・。

晩飯はまた寿司清。こっちもタカリ( ^ ^ ; ) 生とり貝ウマい。

1月 23, 2004

ヨハネス・イッテンの美術教育

「ヨハネス・イッテン展」の図録を読んでいるが、なかなかおもしろい。気になるところを抜書き。
下線は引用者。

[主観的な形態] 直観的に描く生徒は、作品の中で、必然的にその生徒の本性を反映した仕方で言いたいことを言い表す。(・・・)これはしかし、見方を変えれば己に囚われてしまっているということでもある。それに対するイッテンの処方はこうだ。自分のタイプを意識した上で、他のタイプに属する方法に習熟すること。そうすれば自在な表現に達するだろう。

イッテン自らが組織した生徒作品の展覧会では、タイプ論(※引用者:人の性質を識別するうえで人格タイプを3つの類型に分けるという考え方だという)を証明すべく、作品の多くに作者の写真が添えられた

 人格と作品は平行関係を描くものなので、作品と作者写真を一緒に展示してみる、というのはユニークな発想だと思う。作品を独立したものとして扱おうとする芸術の美学とも、デザイナーの顔がプロダクツの影にかくれるデザインの美学とも一線を画しているような感じだ。(まあ、今時はニッサンのCMにデザイナーが登場したりするご時世ではあるが)

[添削のかわりに討論を] 1908年、ベルン近郊の村で国民学校の教師を勤めていたイッテンは、生徒の作文を赤ペンで添削することを拒んでいる。「作文に訂正を加えることはきまって侮辱的な作用を及ぼし、その結果、とらわれのない子どもの空想は破壊されてしまう。それがわたしの意見です」。 出来上がったものを回収してひとつひとつ鑑定し、赤を入れ、評価を下す代わりに、イッテンの教室では、描き終わった作品は床に並べられ、それらについてクラスみなで意見が交わされた。
[コントラスト研究] 人間は感覚器官の助けを借りて、現象界を認識する。眼前にある具体的な形態が知覚認識されるとき、それは必ず感覚器官という門を通る。そして感覚のはたらきは、コントラスト効果の法則と結びついている。つまり、われわれが明るさを見るのは暗さが対置されているからであり、大きいと感じるのは小ささとのコントラストによってなのだ。

美術の基礎教育なのに、朝の体操があったり呼吸法が折り込まれていたり「共感の練習」なんてことをしたりと、イッテンの教育手法は非常にユニークであり、神秘主義的な側面もかなりあったようだ。添削のかわりに討論をしたりするのは、現代の教育現場などでも行われていそうなやり方だけれども、1908年からそんなノリというのは結構すごいことだったのではないだろうか。

こういう人々が下地を作ったうえで、バウハウスは20世紀以降のデザインに大きい影響を与えてきたわけで、
多分、「デザイン」という行為が人間の「感覚」、ゆくては「精神」をデザインするという領域にまでいたる可能性を秘めたのは、彼らの活躍あればこそだったのではなかろうか。
などなど、興味はつきない。読み応えのある図録だ。

1月 19, 2004

ヨハネス・イッテン展/「京鹿子娘二人道成寺」

 東京に所用で出てきた母と一緒に、東京国立近代美術館で開催中の「ヨハネス・イッテン展」を見に行く。ヨハネス・イッテンはバウハウス設立当初、生徒達に基礎コースを教え込んだ美術教師であり、画家だった人物である。
 造形、デザインの基礎を教えるのに不可欠な、色彩・形態・素材などについての彼の考え方があきらかになるような作品群と、イッテンの授業のなかで生徒たちがつくっていった作品群を交えながら紹介することで、「芸術家としてのイッテン」と「美術教育家/理論家としてのイッテン」とを同時に包括して見ることができるという、なかなか見ごたえのある展覧会だった。
 個人的に好きなのは、色彩のブロックを色調・明暗・大小など様々なやりかたで大量に組み合わせ大きな四角形を四つ作って、それぞれ「春」「夏」「秋」「冬」を表現するという作品。Webデザイン見本帳などによく出てくる季節感のカラーチャートなどを思い出させるが、確かに実用のための色彩理論を展開させたものとはいえ、立派に芸術作品として成立している。しかも、モンドリアンみたいな抽象作品とは違った温かみのある空間がほのめかされているように思える。
 イッテンは、造形はきちんとした訓練を行うことで「誰にでも身につけることができる」ものだと考えていたそうである。ルネサンスから現代に至る名画を材料に、絵の中で使われている色の質や量をチャート化したり、ジョルジョーネの絵のパーツを色のカタマリに変えてリライトしたりと、面白い試みがたくさんみられる。コントラストの勉強も色彩間だけではなく、繊維素材と金属素材の対比などにもおよび、ヒマワリの種をはりつけたテクスチャなどもあったりする。学生時代は美大生だった母によれば、こういうことは美大ではよくやらされた事だそうで、つまりイッテンは現代の美術教育の「家元」的存在ということなのだろう。
 そういう理論家的な部分の根幹に神秘思想家的な傾向があったというのも面白い。海野弘の「モダン・デザイン全史」を読むとなにやら相当宗教家チックな人のように書いてあるのだが、東洋思想への接近(日本人生徒への書簡で「さいきん禅のことを勉強しています」と書いたり、公案のように一筆書きでマルを描いた作品があったり)とか、ドイツの神秘思想家ヤコブ・ベーメの箴言をグラフィックデザイン化した作品があったりするあたりに、その片鱗が伺われる。展示されている書簡をよむ限りでは、なかなか人格的にはイイ人だったみたい。そうそう、一度も来日したことのないイッテンが日本を夢想しつつ作ったという絵には「幸福の島国」というタイトルが付されている。やはり色彩のブロックで構成されているのだが、とても穏やかな暖かいオーラを放つ作品で、ひごろ祖国愛のない私などですら、何かとても嬉しい気持ちになってしまった。

歌舞伎座一幕見席で「京鹿子娘二人道成寺」を見る。歌舞伎はそんなに見馴れてるわけではないためか、途中踊りが延々続くあたり少し退屈したが、クライマックスのあたりは囃子も物凄い速さ、踊りもかなりダイナミックでドキドキ、ワクワクさせられる。最後の蛇体化け&見得切りは圧巻。しかし白拍子二人が蛇体に化けるというので、着ぐるみでも被って出てくるのかと思ったが・・、道成寺の鐘の上で白拍子二人が見得を切る時のメイクが微妙に変わり、着物が蛇のウロコをあらわす柄に変わっている事をもって蛇を表現するのだとか。でも4階の一幕見席からじゃそんな微妙な変化は分からん。ちょっと髪房が垂れているのは分かったが。

晩飯は築地の寿司清。3度目だがやっぱりうまい。とにかくこの店では光物を食えという鉄則を学んだ。鯖、鯵あたりが実に味わい深い。

12月 31, 2003

虐殺の美学

「ラスト・サムライ」のクライマックス、ガトリング砲による虐殺シーンには、一種の美があるのではないかと30日の記事で書いた。
ほかにも、たとえばリンク先にしめすアンドレア・マンテーニャの絵画「聖セバスティアヌス」なども、銃弾ではなく矢ぶすまではあるものの(ローマ時代の話だからね)、虐殺の美学という点で通じるものがあるのかなと思う。
マンテーニャにはさらに画的に残虐なバージョンもあるが、この画家は矢ぶすまになる聖人という画題について一つの美学を確立しているといっていいだろう。
聖セバスティアヌスは結局矢ぶすまになっても死なないので最終的には棍棒で叩き殺されるのだが、画題としては「聖セバスティアヌス=矢ぶすま」といっていいほど矢ぶすま虐殺シーンが多い。棍棒では美しくないからだろうけど、棍棒より矢ぶすまが美しいと感じるのは、矢なり銃弾なりで身体を「貫かれる」というところに一種エロティックな美学が生まれるのかもしれない。

聖セバスティアヌスのエピソードには三島由紀夫もコーフンさせられたらしく、ダヌンツィオの戯曲「聖セバスチャンの殉教」を訳したりしているようだ。→この写真は、あまりにもナルシシズム入ってて笑ってしまうが・・

日本で矢ぶすまというと即座に武蔵坊弁慶を思い出すが、あれは一種の英雄譚であって少し性質が違うのかなと思える。弁慶をまんまやってるのが「さらば宇宙戦艦ヤマト」の真田さん。あそこには全くエロティシズムは感じられない。