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5月 05, 2005

ボーリング→飲み会の職員たち

13人が「死傷者多数」認識=懇親会で話題−3次会も、JR西のボウリング問題

参加者は全員非番で、13人は自宅のテレビや友人からのメールで死傷者発生に気付いた。 しかし、上司や先輩に遠慮し、誰も事故の深刻さや中止について言い出さず、うち5人は大会後の居酒屋での懇親会で飲酒していた。

ある程度大企業、または気分的に大企業な組織とかにいると、こういうケースはいくらでもありうるものだと思う。「自分のディビジョン以外で起きてることは別の島宇宙で起こってること」くらいのノリ、口をきわめて批判してる人たちの身の回りにも良く見かけられるんじゃねえの〜と思われるがいかがだろうか。
それよりは、周囲がそういうノリでありさえすれば簡単に迎合してしまう、組織員の主体性のなさこそが問題だったのだろうし、それは何もJR西日本だけの問題ではなく、「ちゃんとしてる組織」に属してる人にさえ及びうる問題ではないかと思う。
「組織の体質」が度々取り沙汰されるけど、単にそれは紙面に書きやすいからヤリ玉にあげているに過ぎない。

こういう主体性のなさをみると日本人って前近代的な民族だなあと思うし、これこそ天皇制が生きながらえている理由なのだろう。

2月 25, 2005

究極のポジティブ

わじゃさんのLA DOLCE VITAで紹介されていた「ツル多はげます会」。

→毎日新聞の記事

すばらしい。このような試みが行われているという事実が我々を明日へと向かわせるわけです。
明日がんばろー。雪降ってるけど(^^;)

◇同会はユーモアある人格を形成し社会に貢献しようと結成。暗い出来事が続く世相の中、目的通りピカピカと社会を照らした。

2月 19, 2005

かぶき者、ほりえもん

ライブドアとフジテレビ関連のニュースには、実を言うと今のところあまり興味ない。
ただ、このニュースを語る人が、堀江賛成派は「あの人なら」と、反対派は「あんなやつに」と、おのおの「メディア論」ではなく、「堀江論」を語りはじめてしまう点は面白いと思う。
「ほりえもん」と友達になりたいかどうかは別として(^^;)やはり注目を集めるキャラクターであり、色々批判を浴びながらも人々に「愛されている」ことは間違いない。ご本人が愛されたくてああいうキャラなのかどうかは謎ですが(堀江氏本人はメディアを通じてチマタで流布している自分のイメージをあまりお気に入りではない御様子であるし)。
人々は堀江にいったいどんなキャラクターを演じてほしがっているのだろうか?

堀江論として面白いなと思ったのが、相変わらず孤高の女一匹ぶりが頼もしいmick嬢のblogで紹介されていた「江川紹子ジャーナル」の記事。
江川紹子は、堀江がメディアに対してどういう考え方を持っているのかという問題があまり報道されていないということで、インタビューを試みている。以下はその引用。

続きを読む "かぶき者、ほりえもん" »

1月 03, 2005

消防庁が警告-「モチは小さく切れ」

毎年あることとはいえ、モチに命を取られるというのは気の毒である。くれぐれも高齢者の方がおられるお宅では消防庁の警告のとおり、モチは可能な限り小さく切り、汁ものと一緒に食べさせるように注意を怠らないでほしい。
まちがっても、きな粉と共に食べさせたりしてはいけない。
http://www.asahi.com/national/update/0102/012.html?2005

しかし日本版「ゴッドファーザーPart3」を撮ったなら、絶対に主人公の最期はこれでいくべきである。
野望、暴力、裏切り、抗争の果てに築かれてきたファミリーの繁栄と、それに捧げてきた己の人生を走馬灯を眺めるように振り返る主人公が、ふと正月気分の最中に気管に詰まらせるモチ。

虚しさ、滑稽さをそこはかとなく漂わせていて、美しくさえあるとは思われないであろうか。

 思わないか・・・

10月 28, 2004

新潟中越地震とblog

災害情報配信のレスキューナウがココログでblogを立ち上げている。
新潟中越地震関連情報
ここは災害情報収集センターを持っていてポータルサイト等に電車の遅延や災害情報・天候情報などを提供している業者だが、さっそくblogでフットワーク軽く情報を出していくことにしたようで、見上げたものである。現時点での東京~長岡間電車移動ルートなど非常に役に立つだろう。私も実家が長岡あたりにあったりしたら今日の昼頃は帰郷ルートを血眼になって探していたに違いないからだ。
さらに細かい情報になると、一般ブロガーによる以下のような動きも注目。ネタ元はITmediaニュース
新潟中越地震「現地発」情報 地域別整理blog
新潟県中越地震情報

上記「新潟県中越地震情報」によると、このブログサイト経由でブログ開設をすると、その広告収入が義援金になるという。

【義援金】無料でブログを開設してください。

あなたがブログを開設することにより、私どもに広告収入が入ります。
その収入を、新潟県中越地震への義援金にいたします。
ブログの開設はこちら>>> (無料で開設できます!)
※寄付先は、下記URLに示された日本赤十字社の義援金とさせていただきます。
http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/664.html


リンク先を見てみたらexciteブログだった。私は既にexciteにブログを開設しているため残念ながらこの義援金に協力することはできなかったが、新しくブログ開設を考えている人は検討してみてほしい。
ニフティの@pay決済によるスクリーンセーバ販売はてなポイント等の取り組みも色々と紹介されており、はてなポイントは本日100万円分を振り込むことができたそうだ。「はてなユーザー一同」という依頼人欄が誇らしく輝いている。

9月 22, 2004

通りすがりに

↓これ、見ちゃった気がするなぁ…
http://www.asahi.com/national/update/0921/021.html
チャリンコで通過する時気になった程度だったので、はっきりそうだとは判断できないが。

8月 26, 2004

ボランティアで東ティモール産のコーヒー豆が買えるとか。

何気なく人んちのサイトに表示されたGoogleの公共広告をクリックしてみたら、ピースウインズ・ジャパンのサイトでこんなのを発見。

あなたができる支援 ピースコーヒー会員

東ティモール産のコーヒー豆を買うということが東ティモールの経済的自立を支えるボランティアにつながるそうで、私のようなコーヒーほっといても飲みまくる人にはいい切り口かもしれない。
おいしいのかどうかは謎ですが。

7月 26, 2004

ラムズFailed

いつも興味深いサイト「暗いニュースリンク」様で報じられている、ラムズフェルド国防長官に対するジョーク商品。

11296795_F_tn.jpg

これだけなら私的笑いのツボからすると「まーまーのギャグだな」って感じなんだけど、このビジュアルがこんな商品に応用されてしまうとさすがに参る。↓

11296791_F_tn.jpg

ビクターの犬に迫るキュートさ。でも皮肉(笑)

5月 27, 2004

彼らは、どこまで時計の針を戻したいのか

Clala-Flalaさん擬藤岡屋日記さんなどで触れられているが、産経新聞が最近取り上げている「教育の場に唱歌の復活を」というトピックをみていると、不思議な夢の中に生きている男たちがまだこの日本にも残っていることを思わされる。

唱歌復活とはいえ、来年度教科書の大部分を占めるのは、依然、乱れた日本語の無国籍曲、流行曲、外国曲だ。掲載曲をその通り教えるかどうかも、教師に任される。子供の情操を育(はぐく)む教育が正しく施されるか、音楽の時間にもっと関心を払いたい。
引用元はここ

と、いうのだけれども、では彼らが情操を育むと称している歌の中身はどんなかといえば、このようなものだ。

▼日露戦争後間もない明治四十五年に作られたものである。「燈火(ともしび)ちかく衣縫う母は…」と、吹雪の夜に父と母、それに子供たちが囲炉裏(いろり)を囲んで語り合う。日本の家族の原形のようなものを歌った叙情詩となっている。中でも二番を聞くとジーンときてしまう。  ▼「囲炉裏の端に縄なう父は 過ぎしいくさの手柄を語る 居並ぶ子どもは ねむさ忘れて 耳を傾けこぶしを握る」。恐らく日露戦のことだろうか。父親が自らの「歴史」を語ることによって、子供たちとの絆(きずな)を確かめ合っていたことがよくわかるからだ。
引用元の産経抄はこちら

 この太平楽な感想の中には、日本の家族の原型は日露戦争期に遡るべきものという無根拠な前提が示されており、さらに親子の絆は国家(とその歴史)という記憶を共有することによって保たれるべきものという、大きなお世話のお説教が含まれている。

 まともな思考力を持った人士ならば、その「家族」の前提にあらわれた明白な思考停止にも、なくもがなの説教にも大いに不快になる他はないのだが、ここで日露戦争という歴史的事件が示されている点には、単なる不快感に終わらない興味を覚えさせられた。
 というのは、また引き合いに出してしまうが藤田省三「精神史的考察」の中にある一文「或る歴史的変質の時代」に、「変質の時代」として日露戦争への言及がなされていたことがこれに連なって想起されたからだ。

 明治という近代日本の立国の時代に・・流動的なあらゆる選択肢の中から目をこらし耳をそばだてながら現在進行形的に国家を形作っていった時代に一つのピリオドが打たれた日露戦こそ、近代日本の精神史的方向を決定づけたターニングポイントであるという指摘が、前掲書中にある「或る歴史的変質の時代」という一文の要点であった。
 「変質」という多少ネガティヴイメージのある言葉が使われているように、藤田は日露戦後の国家像を、立国の緊張感も具体性も失われ、ただの抽象的欲求(対外的には、膨張欲)と化した代物と断じ去っている。福澤諭吉の名言と「自由党史」序文の比較などを材料として論じられ、大いに感心し納得のできる文章である。

 藤田の指摘から産経のつまらない主張に立ち戻って考えれば、立国の時代、流動的な国際情勢の中で絶え間なく創造的であらざるを得なかった状況を抜け、たんなる抽象的膨張欲と化した国家像こそが、かれら自称「保守層」の取り戻したいものだということなのだろう。
 価値の創造という重責を人々がともにわかちあった時代へ、ではなく、お供え物のように「国体」がデンと心のどこかに居を構え、それをみんなでアガメタテマツリ、汚れでもつけば大騒ぎでそれを拭き取ることを旨とする時代へ、彼らは時計の針を戻したいわけだ。

 別に私は保守主義者ではないけれども、いくら何でも、保守というのはそんなに程度の低いものではなかろうと思うし、受け継ぐべき先人たちの遺産目録にはもうちょっとマシな項目があるはずだと思う。

 (それにしても、藤田省三の本は色んな話に繋がるなァ・・・もしくは、私がムリにつなげてんのかも(^^;)

4月 28, 2004

私は反対する

CD輸入権法案に関しては、「輸入盤を買っている人は怒り心頭、それ以外の人にとっては"ハァ?"」というあたりが大勢のようである。
こんな瑣末なことで激怒するなんて、何てフトコロの狭い人たちだろう、と思われているフシすらある。
しかし、いかなるイデオロギー的依拠もない私のごときカス人間にとっては、唯一政治に対して一貫して物申す部分があるとするなら、それは文化・文明の根を断つな!という思いでしかない。
こうした、精神の豊穣の根を扼殺するが如き、白痴の行いというに済ませてはあまりにも罪深い怠惰に対しては、あくまでも批判の舌鋒鋭くし、有権者に許され得る最大の批判をもって、眼前の肉を追い求める利権主義者の代弁をする者どもに応えたい。
いかにこの文化が私を育ててきたか、いかに多くの貴重な出会いがこの文化なくしてはあり得なかったかを思えば、
「利益の最大化」という題目に呪縛された犬たちの、さらに走狗と成り下がった彼らが断頭台にて首討たれるべきと叫ぶことに、何の戸惑いがあろうものか。
たとえばペライアのバッハ、ハーゲン四重奏団のベートーヴェン、ヴァントのブラームス、チェリビダッケのブルックナー、リヒターのブランデンブルグ協奏曲、ゲルギエフのストラヴィンスキー。ポッジャーやビオンディのバロック音楽を加えても良い。またペルト、リゲティ、ライヒ、フィリップ・グラスら現代音楽の豊穣な果実。ロイ・バッド、ウイリアム・ウォルトン、コルンゴールドらの綺羅星のようなフィルムスコア。あるいはステファン・グラッペリやルネ・ルトルージュさらにはチェット・ベイカーのようなジャズの名プレイヤーとも出会うことはできなかったし、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスやパコ・デ・ルシアも聴き込むことはあり得なかっただろう。

こんなリストはいくらでも続けることができる。これらは私にとっての学校であったし、そのような学校が一部の、先に触れたような目の前に吊るされた肉に舌を伸ばして駆け回る利益の犬たちの手によって、侵害され、もっともっと幅広い人たちにとっての精神の泉となり得る未来が摘み取られるのは、実に卑しむべき状況に思えるのだ。
私は私の学校を守りたい。私はあくまでも反対する。