5月 05, 2005

ボーリング→飲み会の職員たち

13人が「死傷者多数」認識=懇親会で話題−3次会も、JR西のボウリング問題

参加者は全員非番で、13人は自宅のテレビや友人からのメールで死傷者発生に気付いた。 しかし、上司や先輩に遠慮し、誰も事故の深刻さや中止について言い出さず、うち5人は大会後の居酒屋での懇親会で飲酒していた。

ある程度大企業、または気分的に大企業な組織とかにいると、こういうケースはいくらでもありうるものだと思う。「自分のディビジョン以外で起きてることは別の島宇宙で起こってること」くらいのノリ、口をきわめて批判してる人たちの身の回りにも良く見かけられるんじゃねえの〜と思われるがいかがだろうか。
それよりは、周囲がそういうノリでありさえすれば簡単に迎合してしまう、組織員の主体性のなさこそが問題だったのだろうし、それは何もJR西日本だけの問題ではなく、「ちゃんとしてる組織」に属してる人にさえ及びうる問題ではないかと思う。
「組織の体質」が度々取り沙汰されるけど、単にそれは紙面に書きやすいからヤリ玉にあげているに過ぎない。

こういう主体性のなさをみると日本人って前近代的な民族だなあと思うし、これこそ天皇制が生きながらえている理由なのだろう。

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2月 25, 2005

究極のポジティブ

わじゃさんのLA DOLCE VITAで紹介されていた「ツル多はげます会」。

→毎日新聞の記事

すばらしい。このような試みが行われているという事実が我々を明日へと向かわせるわけです。
明日がんばろー。雪降ってるけど(^^;)

◇同会はユーモアある人格を形成し社会に貢献しようと結成。暗い出来事が続く世相の中、目的通りピカピカと社会を照らした。

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2月 19, 2005

かぶき者、ほりえもん

ライブドアとフジテレビ関連のニュースには、実を言うと今のところあまり興味ない。
ただ、このニュースを語る人が、堀江賛成派は「あの人なら」と、反対派は「あんなやつに」と、おのおの「メディア論」ではなく、「堀江論」を語りはじめてしまう点は面白いと思う。
「ほりえもん」と友達になりたいかどうかは別として(^^;)やはり注目を集めるキャラクターであり、色々批判を浴びながらも人々に「愛されている」ことは間違いない。ご本人が愛されたくてああいうキャラなのかどうかは謎ですが(堀江氏本人はメディアを通じてチマタで流布している自分のイメージをあまりお気に入りではない御様子であるし)。
人々は堀江にいったいどんなキャラクターを演じてほしがっているのだろうか?

堀江論として面白いなと思ったのが、相変わらず孤高の女一匹ぶりが頼もしいmick嬢のblogで紹介されていた「江川紹子ジャーナル」の記事。
江川紹子は、堀江がメディアに対してどういう考え方を持っているのかという問題があまり報道されていないということで、インタビューを試みている。以下はその引用。

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1月 03, 2005

消防庁が警告-「モチは小さく切れ」

毎年あることとはいえ、モチに命を取られるというのは気の毒である。くれぐれも高齢者の方がおられるお宅では消防庁の警告のとおり、モチは可能な限り小さく切り、汁ものと一緒に食べさせるように注意を怠らないでほしい。
まちがっても、きな粉と共に食べさせたりしてはいけない。
http://www.asahi.com/national/update/0102/012.html?2005

しかし日本版「ゴッドファーザーPart3」を撮ったなら、絶対に主人公の最期はこれでいくべきである。
野望、暴力、裏切り、抗争の果てに築かれてきたファミリーの繁栄と、それに捧げてきた己の人生を走馬灯を眺めるように振り返る主人公が、ふと正月気分の最中に気管に詰まらせるモチ。

虚しさ、滑稽さをそこはかとなく漂わせていて、美しくさえあるとは思われないであろうか。

 思わないか・・・

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10月 28, 2004

新潟中越地震とblog

災害情報配信のレスキューナウがココログでblogを立ち上げている。
新潟中越地震関連情報
ここは災害情報収集センターを持っていてポータルサイト等に電車の遅延や災害情報・天候情報などを提供している業者だが、さっそくblogでフットワーク軽く情報を出していくことにしたようで、見上げたものである。現時点での東京~長岡間電車移動ルートなど非常に役に立つだろう。私も実家が長岡あたりにあったりしたら今日の昼頃は帰郷ルートを血眼になって探していたに違いないからだ。
さらに細かい情報になると、一般ブロガーによる以下のような動きも注目。ネタ元はITmediaニュース
新潟中越地震「現地発」情報 地域別整理blog
新潟県中越地震情報

上記「新潟県中越地震情報」によると、このブログサイト経由でブログ開設をすると、その広告収入が義援金になるという。

【義援金】無料でブログを開設してください。

あなたがブログを開設することにより、私どもに広告収入が入ります。
その収入を、新潟県中越地震への義援金にいたします。
ブログの開設はこちら>>> (無料で開設できます!)
※寄付先は、下記URLに示された日本赤十字社の義援金とさせていただきます。
http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/664.html


リンク先を見てみたらexciteブログだった。私は既にexciteにブログを開設しているため残念ながらこの義援金に協力することはできなかったが、新しくブログ開設を考えている人は検討してみてほしい。
ニフティの@pay決済によるスクリーンセーバ販売はてなポイント等の取り組みも色々と紹介されており、はてなポイントは本日100万円分を振り込むことができたそうだ。「はてなユーザー一同」という依頼人欄が誇らしく輝いている。

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9月 22, 2004

通りすがりに

↓これ、見ちゃった気がするなぁ…
http://www.asahi.com/national/update/0921/021.html
チャリンコで通過する時気になった程度だったので、はっきりそうだとは判断できないが。

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8月 26, 2004

ボランティアで東ティモール産のコーヒー豆が買えるとか。

何気なく人んちのサイトに表示されたGoogleの公共広告をクリックしてみたら、ピースウインズ・ジャパンのサイトでこんなのを発見。

あなたができる支援 ピースコーヒー会員

東ティモール産のコーヒー豆を買うということが東ティモールの経済的自立を支えるボランティアにつながるそうで、私のようなコーヒーほっといても飲みまくる人にはいい切り口かもしれない。
おいしいのかどうかは謎ですが。

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7月 26, 2004

ラムズFailed

いつも興味深いサイト「暗いニュースリンク」様で報じられている、ラムズフェルド国防長官に対するジョーク商品。

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これだけなら私的笑いのツボからすると「まーまーのギャグだな」って感じなんだけど、このビジュアルがこんな商品に応用されてしまうとさすがに参る。↓

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ビクターの犬に迫るキュートさ。でも皮肉(笑)

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5月 27, 2004

彼らは、どこまで時計の針を戻したいのか

Clala-Flalaさん擬藤岡屋日記さんなどで触れられているが、産経新聞が最近取り上げている「教育の場に唱歌の復活を」というトピックをみていると、不思議な夢の中に生きている男たちがまだこの日本にも残っていることを思わされる。

唱歌復活とはいえ、来年度教科書の大部分を占めるのは、依然、乱れた日本語の無国籍曲、流行曲、外国曲だ。掲載曲をその通り教えるかどうかも、教師に任される。子供の情操を育(はぐく)む教育が正しく施されるか、音楽の時間にもっと関心を払いたい。
引用元はここ

と、いうのだけれども、では彼らが情操を育むと称している歌の中身はどんなかといえば、このようなものだ。

▼日露戦争後間もない明治四十五年に作られたものである。「燈火(ともしび)ちかく衣縫う母は…」と、吹雪の夜に父と母、それに子供たちが囲炉裏(いろり)を囲んで語り合う。日本の家族の原形のようなものを歌った叙情詩となっている。中でも二番を聞くとジーンときてしまう。  ▼「囲炉裏の端に縄なう父は 過ぎしいくさの手柄を語る 居並ぶ子どもは ねむさ忘れて 耳を傾けこぶしを握る」。恐らく日露戦のことだろうか。父親が自らの「歴史」を語ることによって、子供たちとの絆(きずな)を確かめ合っていたことがよくわかるからだ。
引用元の産経抄はこちら

 この太平楽な感想の中には、日本の家族の原型は日露戦争期に遡るべきものという無根拠な前提が示されており、さらに親子の絆は国家(とその歴史)という記憶を共有することによって保たれるべきものという、大きなお世話のお説教が含まれている。

 まともな思考力を持った人士ならば、その「家族」の前提にあらわれた明白な思考停止にも、なくもがなの説教にも大いに不快になる他はないのだが、ここで日露戦争という歴史的事件が示されている点には、単なる不快感に終わらない興味を覚えさせられた。
 というのは、また引き合いに出してしまうが藤田省三「精神史的考察」の中にある一文「或る歴史的変質の時代」に、「変質の時代」として日露戦争への言及がなされていたことがこれに連なって想起されたからだ。

 明治という近代日本の立国の時代に・・流動的なあらゆる選択肢の中から目をこらし耳をそばだてながら現在進行形的に国家を形作っていった時代に一つのピリオドが打たれた日露戦こそ、近代日本の精神史的方向を決定づけたターニングポイントであるという指摘が、前掲書中にある「或る歴史的変質の時代」という一文の要点であった。
 「変質」という多少ネガティヴイメージのある言葉が使われているように、藤田は日露戦後の国家像を、立国の緊張感も具体性も失われ、ただの抽象的欲求(対外的には、膨張欲)と化した代物と断じ去っている。福澤諭吉の名言と「自由党史」序文の比較などを材料として論じられ、大いに感心し納得のできる文章である。

 藤田の指摘から産経のつまらない主張に立ち戻って考えれば、立国の時代、流動的な国際情勢の中で絶え間なく創造的であらざるを得なかった状況を抜け、たんなる抽象的膨張欲と化した国家像こそが、かれら自称「保守層」の取り戻したいものだということなのだろう。
 価値の創造という重責を人々がともにわかちあった時代へ、ではなく、お供え物のように「国体」がデンと心のどこかに居を構え、それをみんなでアガメタテマツリ、汚れでもつけば大騒ぎでそれを拭き取ることを旨とする時代へ、彼らは時計の針を戻したいわけだ。

 別に私は保守主義者ではないけれども、いくら何でも、保守というのはそんなに程度の低いものではなかろうと思うし、受け継ぐべき先人たちの遺産目録にはもうちょっとマシな項目があるはずだと思う。

 (それにしても、藤田省三の本は色んな話に繋がるなァ・・・もしくは、私がムリにつなげてんのかも(^^;)

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4月 28, 2004

私は反対する

CD輸入権法案に関しては、「輸入盤を買っている人は怒り心頭、それ以外の人にとっては"ハァ?"」というあたりが大勢のようである。
こんな瑣末なことで激怒するなんて、何てフトコロの狭い人たちだろう、と思われているフシすらある。
しかし、いかなるイデオロギー的依拠もない私のごときカス人間にとっては、唯一政治に対して一貫して物申す部分があるとするなら、それは文化・文明の根を断つな!という思いでしかない。
こうした、精神の豊穣の根を扼殺するが如き、白痴の行いというに済ませてはあまりにも罪深い怠惰に対しては、あくまでも批判の舌鋒鋭くし、有権者に許され得る最大の批判をもって、眼前の肉を追い求める利権主義者の代弁をする者どもに応えたい。
いかにこの文化が私を育ててきたか、いかに多くの貴重な出会いがこの文化なくしてはあり得なかったかを思えば、
「利益の最大化」という題目に呪縛された犬たちの、さらに走狗と成り下がった彼らが断頭台にて首討たれるべきと叫ぶことに、何の戸惑いがあろうものか。
たとえばペライアのバッハ、ハーゲン四重奏団のベートーヴェン、ヴァントのブラームス、チェリビダッケのブルックナー、リヒターのブランデンブルグ協奏曲、ゲルギエフのストラヴィンスキー。ポッジャーやビオンディのバロック音楽を加えても良い。またペルト、リゲティ、ライヒ、フィリップ・グラスら現代音楽の豊穣な果実。ロイ・バッド、ウイリアム・ウォルトン、コルンゴールドらの綺羅星のようなフィルムスコア。あるいはステファン・グラッペリやルネ・ルトルージュさらにはチェット・ベイカーのようなジャズの名プレイヤーとも出会うことはできなかったし、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスやパコ・デ・ルシアも聴き込むことはあり得なかっただろう。

こんなリストはいくらでも続けることができる。これらは私にとっての学校であったし、そのような学校が一部の、先に触れたような目の前に吊るされた肉に舌を伸ばして駆け回る利益の犬たちの手によって、侵害され、もっともっと幅広い人たちにとっての精神の泉となり得る未来が摘み取られるのは、実に卑しむべき状況に思えるのだ。
私は私の学校を守りたい。私はあくまでも反対する。

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4月 25, 2004

東京都で「輸入権」法案に賛成した参院議員どものリスト

とりあえず、来るべき参院選に備えるべく、絶対に票を入れたくない人たちのリストを作成しておきたい。

↓東京都選出で、「輸入権」法案に賛成票を投じてしまった方々がこれだ!
 (以下50音順。自サイトを持っていない議員さんは、参院Webページのプロフィールにリンクしておきます)

井上 美代氏(共産)
小川 敏夫氏(民主)【このページによれば、次回参院選に立候補予定だとか】
緒方 靖夫氏(共産)
鈴木 寛氏(民主)
中村 敦夫氏(みどりの会議)
浜四津 敏子氏(公明)
保坂 三蔵氏(自民)
山口 那津男氏(公明)

リストのネタ元は、参議院ホームページ全国議員サイト全集第159回国会 2004年4月2日 投票結果<著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出)>でした。

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4月 16, 2004

3人の人質解放

帰ってきてみると、人質として囚われていた3人が解放されたというニュースが報じられていた。
これは喜ばしいニュースだ。2人のジャーナリストが新たに囚われてしまったのは懸念すべき事態だが、少なくとも3人の無事が確認されたことは、その事実に於いて喜ばしい。
先日書いたような状況の中で、人間の心の狭さというものを確認してしまった今回の事態だったけれども、この中で最も心を動かされたのは、トラックバックを頂いたちょこれーと こーてぃんぐさんからリンクされている、江川紹子氏の記事
最後に付されている、家族の切々たる手紙が何よりも胸に突き刺さる。
情勢は複雑さを増し、私たちは情報を判断する上でますます冷静さを求められている。
しかし、冷静さと冷血を取り違えるようでありたくはないと、心に誓わずにいられない一文だ。

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4月 13, 2004

プチサヨク的日記

ネット上の議論を見るにつけ、どんどんモヤモヤが溜まっていく。

今回の事件にともなうネット上の議論を見てつくづく思ったのは、どうやら日本人は「権威主義」やらそれに伴う「学歴社会」やらを、今後一切捨てることが不可能だろうということだ。左翼的主張をする団体に属していただとか、市民運動のネットワークにいただとか、親の主張が気にいらねえとか、あいつの親父は非国民だとか、いったいそんなことが焼き殺されるかもしれない一個人の運命に関係あんのか?と思ってしまう。

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4月 11, 2004

人質解放声明とか、ピアノとか。

・一夜明けると人質解放声明が出たというニュースが・・・。
TVの詳報を見ると、どうやらこれは所謂テロ・ネットワークの仕掛けたことと言うよりも、どちらかというと地元勢力による局地的な犯行のようだ。自分たちでも事の大きさにびっくりしてしまったのだろうか。

・おおむねどこの局もニュースが一区切りついたところでテレ朝を見ると「題名のない音楽会21」で「街で聞いた人気ピアノ曲ランキング」というのをやっている。
まあ「トルコ行進曲」やら「別れの曲」などに交じって、「砂の器」に出てくるピアノ協奏曲「宿命」とか、ビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」とかが顔を出すあたりはいかにも。
思わずBEST3まで見てしまったが、3位はリストの「ラ・カンパネッラ」。
そこまでメジャーな曲かなあ?と思い、同時に、では2位、1位には何が来るのだろう?と気になった。

さて・・・

2位はビートルズの「LET IT BE」。で、1位は坂本龍一の「Energy Flow」!

・・・・つっ、つまんねぇぇえ~~~

いや、別に悪い曲だと言ってるわけではないんですが・・・CDも持ってるし・・・岡城千歳のだけど。
それにしても何か、何か別のものがしまってありそうなクッキー缶の蓋をあけたら、そこにはやっぱりしけたクッキーが入っていた時のような失望を感じます。(←無礼な表現)
じゃあお前のベストは何なんだ、と言われると結構困ったり。最近一番聞いてるのはやはりフィンジの「ピアノと弦楽のためのエクローグ」だが、史上最強というのは何だろう?ベートーヴェンの「テンペスト」とかだろうか。

・「輸入権」法案についての山形浩生氏のコラム→「ヘンじゃないか輸入権」。特別に新しいことを言っているわけではないと思うけど、さっくり斬っていて爽快です。

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なぜ、撤退拒否を肯定しなければいけないのか?

新宿Flags前で「3人の解放のために自衛隊は撤退せよ」と呼びかける署名運動を見かけた。

どこからどう見ても不正義の侵略戦争(「正義による戦争など有り得ない」という根本的な戦争論はここでは措く)に日本の軍隊が荷担していることに苦々しい思いを抱いている者として、この集団の前を通ってしまえば署名をしてしまう可能性が高く、止むを得ず遠回りをして過ごしてしまったが、実に情けない思い。

白痴政権の撤退拒否を肯定せざるを得ない、今のこんな状況は実に不愉快である。
トラックバックして頂いたClala-Flalaさんの記事にリンクされているABC等のヴィデオ映像をみると、本当にキツい・・・・。

いまさら持ち出すが、「非戦闘地域」とは、一体なんという楽天的な言葉だったのだろう。
スペインでの例を参照して考えても、既に日本の世論自体が、戦地と化し、前線と化しているのではないだろうか。
このような高度に政治的な状況下で、私たちには一体どんな決断と選択が可能なのだろうか?
何等決断も選択も成し得ないのだとすれば、民主政治という言葉には一体どんな意味があるのか?

恐らくずっと前から、私たちは既に戦争を行っていたのだ。
自覚が追いついた時には、いつも遅すぎる。

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4月 10, 2004

撤退できない

明日の夜までに撤退はできないだろうし、それ以後であっても、この脅迫によって撤退はできないだろう。
むしろ、現政権としては最も撤退という選択肢をとりにくい状況をテロリスト側は作っているように思える。
次の詰めの一手が怖い。最初からテロリスト側はそのつもりなのではないか?

誘拐された人たちは、余裕で政治的に利用されてしまってヴァカタレではないのか?というような意見もよく聞くのだが、
私はもうイラク戦争自体が超越的に不義だと思っているので、不義の戦争の渦中で軽率な善人が事件に巻き込まれたんなら、それは同情の余地があると思う。
神崎代表にはぜひ電撃的にイラクに飛び、自身との人質交換を申し出て頂きたい。(古いか)

(★つくづく振り返って思うが、イラク戦争は「大量破壊兵器を密造するフセイン政権の危険な恐怖政治を懲罰する」という名目で開始されたはずだ。
で、いまや政権は崩壊し、フセインは逮捕された。一方で大量破壊兵器開発の証拠は見つからず、開戦の口実づくりの情報操作が疑われている。
イラクで米軍は何故かシーア派イスラム教徒と戦争している。
後世のコドモが歴史の教科書を読んだら、「何だこりゃ」と思うだろう。)

一方で狂言説もあるようだ。もし狂言だったら色々な憂慮はまったく意味がなくなるのだが、ちょっと私には眉唾だ。猿知恵でつくったものにしては武装が本格的すぎるし。(RPGなど人質脅迫に関係ない兵器を妙にアピールしているというのも逆にヘンではあるが)

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3月 31, 2004

ギフン

毎日新聞で久々にギフン勃興。
新聞報道によれば、六本木ヒルズの事故に類する回転ドア事故は「全国で52件 36人けが」といった形で過去の発生事例があり、またこうした事故の実態をほとんどの会社は把握していないということが判明したという。
また、以下のような報道もあり、私はこれがもう許しがたく、ひさびさに新聞紙面に向かって「なんじゃそりゃー!!」と絶叫した。

事故が全国で相次いでいるにもかかわらず「事故があったのは承知しているが、数字が一人歩きすると困るので、件数は言えない」「販売サイドは分かっているかもしれないが、報告は上がってきていない」などと答えたのが4社あった。

もう堕地獄ですな。

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3月 25, 2004

チョーさんの早すぎる死を悼んで・・

チョーさんの早すぎる死を悼んで、全員集合のDVDを見ながら寝たり、着メロを「エンヤーコーラサッ」とかにしたりしている今日この頃である。
チョーさんがまさかこんな早くに亡くなるとは、いの一番で(荒井注よりは後だが)亡くなるとはまさか思っていなかった。いまだに全て受け止め得ているとは言いがたい。
長谷川町蔵氏はこんなことを書いている。

だって全盛期のドリフのコントといえば、インパクトある顔とガタイの良さが際立っている長さんが、圧倒的な支配力で他の4人を虐待しまくる異常なシチュエーションこそ黄金パターンだったのだから。
そんなチョーさんだったからこそ「チョーさんはまだまだしぶとく生きてくれるだろう」と私たちは何となく信じていた、ということだったのだろう。

 幼いころの自分にとって、藤子アニメ以外のテレビ=「8時だヨ!全員集合」だった。
 のちにタミヤの申し子と化した後は、そこに「コンバット」が加わったが、おとな番組(当時のおとなはそうは思わなかっただろうが)の王座は常に「全員集合」であり、あのステージの後ろのへんな模様(最初のコントが終わるとセットの後ろから顔を出すアレ)は脳髄にすりこまれ、ある種のノスタルジーをさそう「風景」と化していた。
 驚いたときのオーバーアクション(驚かせた人よりも大声でビビるなど)など、30近くなってまだドリフで刷り込まれたビヘイビアを引きずっていたりする。
 私にとってドリフは故郷のひとつだったのだ。

 話は少し脇道にそれるが、10歳前から「コンバット」を見ていたなぞという思い出を語れば、戦車模型組みまくりなタミヤファン以外の同世代は「変なガキだな・・」と思うことだろう。当時子供たちの間ではガンプラをはじめとするアニメモデルが全盛を極めており、戦車などのスケールモデルを組むコドモなど周囲に誰もいなかったのである。ちなみに初めて組んだタミヤのプラモは「ドイツ歩兵・突撃セット」で、パチッコンテストの入賞作品などを見て「いつかは・・」などと思っていたことなどは今思えばとっても恥ずかしい
 そんな時「こちら葛飾区亀有公園前派出所」は堂々とスケールモデラーの熱い思いを吐露しており、モデラーなどとはとても言えない地方都市のコドモにとっても両津勘吉は頼もしく思えた。
 時代は流れて両津勘吉は限りなくユルい奴になり、私の中のスターの座からずるずるとすべり落ちてしまったが、いかりや長介はミュージシャン→コメディアン→俳優と次々にドリフトしながらも、どこか変わらないものを持ち続けていたように思われる。

 私が幼いころにそれと知らず抱いていたスターの面影をとどめながら、チョーさんは本当の星になったのだ。

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3月 16, 2004

Qちゃん派一人だった

まったくどうでもいいようなことなのだが、今日のYahooニュースで
「Qちゃん派一人だった」というヘッドラインを見かけ、
「藤子不二雄の漫画の中でどれが一番傑作か」と大議論している男たち・・というイメージが脳裏をよぎった。

結果は、ドラえもん5人、プロゴルファー猿2人、魔太郎2人。 Qちゃん派は1人だった。(ロイター)

 「ブラック商会変奇郎」とかも私はけっこう好きである。

本物はこちら→1対9選考委員会…尚子五輪マラソン落選

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2月 19, 2004

きゅうり力士

LA DOLCE VITAさんより。

栃東&魁皇がきゅうりパック

たまらんなぁ~。一挙に元気出ました。
でも気づいてみると衝撃写真とタイトルのほかは何も読んでなかったゼ。
もう一回読もうっと。
なんかドラクエの敵あたりで出てきそうな雰囲気もある。

それにしても、タイトル的にもインパクト強い。
以前、小ネタblog~純情派さんで紹介されていた
横浜がドリフ資金で大魔神ゲット
に次ぐ笑いを提供していただきました。

恐るべし、スポーツ界。

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1月 21, 2004

もうコカ・コーラは飲まない

怒髪天を突くニュース。
暗いニュースリンク」でインド国会が国会内でのコーラ販売を禁止、やがて全国的に禁止する方針を打ち出しているというニュース。
別に私はコーラが好きでインド人に怒っているわけではない(学生のころは「また田中がコーラ飲んでるよ」とか言われるくらい始終飲んでいたが)。
すごいのはコーラ販売が禁止された理由の方である。

直接の原因は、インド国内で販売されている当該飲料の成分調査の結果、高濃度の残留農薬と、リンデンやDDT、マラチオン、クロルピリホスなどの殺虫剤成分が検出されたことによる。

で、もちろん

一方で、米国で販売されている同じ飲料を同様に成分調査したところ、こちらは安全基準を満たすものであった。/つまり、米国内とインドでは、同じコーラでも成分が違うということである

ブ ッ 殺 す (怒)ってな話ではありませんか?

どうせ日本向けのコーラは安全基準を満たしているのだろうが、だからこそますます腹が立つ。
もう今後コカ・コーラは飲まない。そんな汚いやり方の適用されたコーラなど飲むくらいなら、インドの農薬入りコーラを飲んだ方がまだマシだからだ。
(まさか、「日本ならニュースで報じられないだろうし」とかってインドの在庫を日本に回して来たりして)
多国籍企業が旧植民地諸国を自然・人的資源収奪の対象としか見ていないことは明白だが、核まで持っている大国インドにしてからがこれでは、他は推して知るべしということになろう。

こいつらウス汚い豚どものバックに資本の論理だの経済効率だのというのがあるのだと思うと、本当におぞ気が立つ。

というわけで、「くたばれ資本主義」とひさしぶりに骨髄から思わされるニュースなのでした。

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