Clala-Flalaさんや擬藤岡屋日記さんなどで触れられているが、産経新聞が最近取り上げている「教育の場に唱歌の復活を」というトピックをみていると、不思議な夢の中に生きている男たちがまだこの日本にも残っていることを思わされる。
唱歌復活とはいえ、来年度教科書の大部分を占めるのは、依然、乱れた日本語の無国籍曲、流行曲、外国曲だ。掲載曲をその通り教えるかどうかも、教師に任される。子供の情操を育(はぐく)む教育が正しく施されるか、音楽の時間にもっと関心を払いたい。
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引用元はここ
と、いうのだけれども、では彼らが情操を育むと称している歌の中身はどんなかといえば、このようなものだ。
▼日露戦争後間もない明治四十五年に作られたものである。「燈火(ともしび)ちかく衣縫う母は…」と、吹雪の夜に父と母、それに子供たちが囲炉裏(いろり)を囲んで語り合う。日本の家族の原形のようなものを歌った叙情詩となっている。中でも二番を聞くとジーンときてしまう。
▼「囲炉裏の端に縄なう父は 過ぎしいくさの手柄を語る 居並ぶ子どもは ねむさ忘れて 耳を傾けこぶしを握る」。恐らく日露戦のことだろうか。父親が自らの「歴史」を語ることによって、子供たちとの絆(きずな)を確かめ合っていたことがよくわかるからだ。
引用元の産経抄はこちら
この太平楽な感想の中には、日本の家族の原型は日露戦争期に遡るべきものという無根拠な前提が示されており、さらに親子の絆は国家(とその歴史)という記憶を共有することによって保たれるべきものという、大きなお世話のお説教が含まれている。
まともな思考力を持った人士ならば、その「家族」の前提にあらわれた明白な思考停止にも、なくもがなの説教にも大いに不快になる他はないのだが、ここで日露戦争という歴史的事件が示されている点には、単なる不快感に終わらない興味を覚えさせられた。
というのは、また引き合いに出してしまうが藤田省三「精神史的考察」の中にある一文「或る歴史的変質の時代」に、「変質の時代」として日露戦争への言及がなされていたことがこれに連なって想起されたからだ。
明治という近代日本の立国の時代に・・流動的なあらゆる選択肢の中から目をこらし耳をそばだてながら現在進行形的に国家を形作っていった時代に一つのピリオドが打たれた日露戦こそ、近代日本の精神史的方向を決定づけたターニングポイントであるという指摘が、前掲書中にある「或る歴史的変質の時代」という一文の要点であった。
「変質」という多少ネガティヴイメージのある言葉が使われているように、藤田は日露戦後の国家像を、立国の緊張感も具体性も失われ、ただの抽象的欲求(対外的には、膨張欲)と化した代物と断じ去っている。福澤諭吉の名言と「自由党史」序文の比較などを材料として論じられ、大いに感心し納得のできる文章である。
藤田の指摘から産経のつまらない主張に立ち戻って考えれば、立国の時代、流動的な国際情勢の中で絶え間なく創造的であらざるを得なかった状況を抜け、たんなる抽象的膨張欲と化した国家像こそが、かれら自称「保守層」の取り戻したいものだということなのだろう。
価値の創造という重責を人々がともにわかちあった時代へ、ではなく、お供え物のように「国体」がデンと心のどこかに居を構え、それをみんなでアガメタテマツリ、汚れでもつけば大騒ぎでそれを拭き取ることを旨とする時代へ、彼らは時計の針を戻したいわけだ。
別に私は保守主義者ではないけれども、いくら何でも、保守というのはそんなに程度の低いものではなかろうと思うし、受け継ぐべき先人たちの遺産目録にはもうちょっとマシな項目があるはずだと思う。
(それにしても、藤田省三の本は色んな話に繋がるなァ・・・もしくは、私がムリにつなげてんのかも(^^;)
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