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4月 20, 2015

「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」(88点)モルテン・ティルドゥム監督

「機密」と「秘密」の入れ子の狭間で揺れ動くドラマ。

絶対に解読できないナチスのエニグマ暗号を破るため、秘密暗号所に集められた6人のクロスワード・パズル愛好家、彼らは暗号解読機を完成させ、戦争を勝利に導くことができるのか…!? というような話として読むことも可能なストーリーではあるのだが、この映画が描こうとするのはそうした表層的な英雄物語の一段底流を流れる、もっとほの暗く本質的な歴史の非情である。 
20世紀におけるもっとも重要な産業上の進歩を実現した「天才」チューリング博士は、彼自身を絶対的に孤独に囲うことになる「秘密」を抱いている。彼が取り組む暗号解読の任務はそれ自体が重大な「軍事機密」であるため、彼と彼のチームの巨大な業績は決して表舞台で語られることはなく、チームは軍事機密なるがゆえの非情さに苦しむことになるのだが、機密とそのもたらす苦難を共有するチームの中にあってさえも、彼個人は自身の「秘密」によりさらに一段と孤独に苦しむことになる。「軍事機密」の中にさらに個人的な「秘密」が入れ子になったこの構造の中のチューリング博士の苦悩を、時代のずっと下った現在…「軍事機密」も彼の個人的な「秘密」もある程度解放された価値観の現在の社会にいる私たち観客は俯瞰的に見ることができるのだが、その視点から見ているが故にこの歴史の皮肉さに言葉もなく、ただ圧倒される他ないのであった。
ベネディクト・カンバーバッチはじめ役者陣はいずれも素晴らしく、個人的にはマーク・ストロングが、味方とも敵ともつかぬ実にいい役どころで味わい深かった。アレクサンドル・デスプラの劇伴音楽も素晴らしい。

4月 19, 2015

「戦場にかける橋」(92点)デビッド・リーン監督

戦争を超えて、「何かを成し遂げようという人間の業」に迫る名作

伝説的大傑作ながら、いまさらTV録画にて初見。
日本軍の東南アジア進攻に伴って捕虜となったイギリス軍将兵が、タイとビルマをつなぐ泰緬鉄道の建設に動員される。捕虜たちの隊長であるニコルスン大佐(アレック・ギネス)は、日本軍の収容所長斉藤大佐(早川雪州)に協力しようという姿勢はあるものの、ジュネーブ条約違反である将校の労役動員を断行しようとする斉藤の方針にはあくまでも反発し、営倉送りになるのだったが…。
悪名高い泰緬鉄道建設に伴う日本軍による捕虜虐待とイギリス軍人の誇り…、というのがテーマなのかなあと思いながら見ていると、確かに冒頭はそのような展開であり、プロットも巧みで引き込まれはするのだが、実際にはそんな「反・捕虜虐待」といったような人権チックなテーマよりも一段とおそろしいものを描こうとしている事が映画の中盤から明らかになる。
斉藤との意地の張り合いに勝利し、英国軍人としてのプライドを満足させる接遇を得たニコルスンは、イギリス人が誇りをもって仕事に向き合うということはどういうことなのかを日本人に見せつけようと望み、インドでの工兵スキルや労働力の効率運用の技術を最大限に駆使し、日本軍に倍するパフォーマンスをもってクワイ川への橋建設に邁進。かつて斉藤がつきつけた将校の労役動員、さらには軽度の傷病兵を軽作業に動員するなどの、虐待と呼びうる領域に自ら踏み込んでいってしまうのだ。
ニコルスン大佐をこのような行動に衝き動かしたものは、戦争という異常状況ということ以上に、近代的自我がもつ「何かを成し遂げることへの欲望」であると言い得るだろう。ウイリアム・ホールデン演じる米軍人シアーズが率いるもう一つの強力なストーリーと衝突して、映画はもはや皮肉という言葉を超えたクライマックスを迎える。ここでは『残虐な日本軍』というステレオタイプはもはや脇役にしかなっておらず、成すことの欲望に支配された男の業 VS 戦争における任務なるものの恐るべき非情さがただぶつかり合っているのだった。
脚本は、赤狩りを避けるためにクレジットされていないが「ナバロンの要塞」のカール・フォアマンが手がけている。思えば「ナバロンの要塞」もナチスの要塞砲爆破というミッションを材に取りながらも「何のためにこれを成すのか」「成すことにより人間性を犠牲にして良いのか」という内面的ストーリーがドラマの根幹に流れていたと思う。デヴィッド・リーン監督がシネマスコープの大画面を駆使して織り上げた映像は、もちろんテレビで見ても圧倒されるが(巨大コウモリが空を覆う怒涛の映像!)、やはり劇場で観るのが最も良かったのだろうなあと思わせるもの。

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