twitter


2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Flickr

  • www.flickr.com
    This is a Flickr badge showing public photos and videos from k-tanaka. Make your own badge here.

読書メーター

  • 読書メーター
    unpyouの今読んでる本 unpyouの最近読んだ本

« 2008年10月19日 - 2008年10月25日 | トップページ | 2009年3月15日 - 2009年3月21日 »

2月 12, 2009

「ロルナの祈り」(★★★★☆)

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の映画「ロルナの祈り」を恵比寿ガーデンシネマで見た。水曜日割り引きで1000円也。

ダルデンヌ兄弟の映画はつい先日DVDで見た「ある子供」に続いて二本目だが、これは実にいい映画だった。

アルバニアからの不法移民のコミュニティの中で、ベルギー国籍を取得したことにより偽装結婚を行う要員として活用される女性ロルナが主人公。ロルナは国籍取得のために結婚した麻薬中毒者の夫クローディと愛のない暮らしをしている。
クローディは国籍が取得できたらもはや用済みの人間としてオーヴァードーズにより殺される運命にあるが、必死に麻薬を絶とうと努力し、妻であるロルナにも麻薬を絶つ助けを求める。
映画の冒頭から一切笑みを見せないロルナは「あとは死ぬしかないヤク中」であるクローディからの救いの求めを払いのけ続けるのだが、それでもやはり段々と、この捨てられた子犬のような男が死の定めから脱しようとする努力に報いるべきかと考え始める。

どんなにクローディが哀れみをさそう人間であっても、自分はこのコミュニティの中でしたたかに生きるほかないのだと割り切っているように見えるロルナの、「こういうふうしかありえない」という生き方の強さを描いた映画なのかな、と最初は思うのだが、映画はそこには落ち着かず、急転直下する状況の果てに自分の中の守るべきものを見出す女性の強さを鮮やかに描き出すのだ。

中盤、それまで心からの笑みを見せないままに思われたロルナが笑顔で走り出す予告編でも使われているシーンが、映画を見終わったあとも強く残り続ける。カンヌで脚本賞を受賞したのも非常に納得できる、心に迫る良いストーリーだった。


「誰も守ってくれない」(★★★☆)

君塚良一監督・脚本「誰も守ってくれない」を109シネマズ木場で見た。

「踊る大捜査線 the Movie」の印象が強くまずスルーかと思っていた君塚良一氏の脚本・監督映画だが、評判がよいので見てみたところ非常にまともな映画であり好感を持った。
さて「少年犯罪における加害者家族の苦悩を描く映画」というと数年前に「イズ・エー」というのがあって、これは良くなかった(^^;)…まあ、加害者家族そのものが主人公の話だったりすると、もうあまりにも設定が重くて描くのが難しく、止むを得ないかなとも思わされる。
その点この「誰も守ってくれない」は、視点を加害者家族をマスコミの猛襲から守る刑事という少し離したところに置いているのが成功の一端か。
佐野史朗の上司から命じられるままによく分からず加害者家族の自宅に行った佐藤浩市演じる刑事は、十重二十重に家屋を囲んだ報道陣をかきわけてたどり着いた被疑者宅で、家を埋め尽くすばかりにあふれかえった捜査員たちの中心で消え入りそうに小さくなっている加害者の両親を見る。
そこへ豊島区役所と家庭裁判所の吏員が入ってきて、二人の前に何枚かの書類をさっさっと並べたかと思うとおもむろに
「お二人にはこれから身元を隠すためにいったん離婚をして頂きます。こちらとこちらの離婚届に署名と捺印を・・・はい、これで離婚が成立しました、今度はこちらで旦那さんに奥さんの旧姓に変えていただくため再度結婚届を出していただきます」
と淡々と進める。
疑問を抱いた妹が「お兄ちゃんはどうなるの?」と聞くと、
「被疑者は現在のままの苗字です」と捜査員が冷淡に回答する。
少年犯罪対応のマニュアルに沿って進められる一連の事務手続きの中で、家族は訳も分からずあらがいようもなく離散させられてしまう。このあたりの描写は実に見事で、本当にこうなるのかどうかはよく分からないが、非常に説得力があり引き込まれる。
これに引き続いて展開するマスコミの猛襲と、群集の潮がひいた後の現場で「少年の写真を持っている方は一万円で買いますよ~」などと呼ばわる記者の声が響くあたり、実に現場感があり圧倒されるが、やはりテレビ報道の現場はより近い立場にいるテレビ界の人だから描ける臨場感を持つものなのかと思う。

しかし、被疑者の妹である女子中学生志田未来とさまよう刑事佐藤浩市をめぐるテーマの真摯さの一方で、この後二人を包囲する「ネットの顔のない悪意」の描写がいかんせん陳腐でリアリティがないのは残念である。
匿名掲示板と際限もなくコピー&ペーストされる悪意の輪を描く映像は、なんだかウイルス対策ソフトの広告に使われてる素材集から抜いてきたみたいな平板さだし、書き込みのひとつひとつも何だか
「よく知らないけどこういう人たちは『キター!』って書くもんなんでしょ?『電車男』で見たよ」
みたいな脚本家の勝手のわからなさが露呈している感じで、これだったら黒沢清の「回路」の方が逆にリアルにさえ見えるなという感じではある。
そこが傷として残念に思われるのは加害者家族という押しても引いてもどうにもならない立場に急に追い込まれる少女の、「その立場をどう迎い入れればよいのか」という思い、そしてその境遇をどう受け止めさせればよいのかという主人公の刑事の葛藤というメインの筋が心に迫ってくるからだろう。これだけ「落ち」の難しい設定の話をきちんとストーリー的に収めたのはたいしたものだと思うし、たんなる「泣き」以上の裾野の広い感動を受け取ることができる。

フジテレビという制作の行きがかり上、マスコミの傲慢よりは「ネットの脅威」に散らさなければいけなかったのかもしれないが、(大新聞の記者である佐々木蔵之介のキャラが設定的にいいにも関わらず全然からんでこないあたりも行きがかりの微妙さがあるのではないか、と勘ぐるほどだ)、ここはTV・新聞といったマスコミを周囲に配置しておいた方がよりリアルな話に落とし込めてよかったのではないだろうか。
…ということで難点もあるにはあるが、見て損のないいい映画だった。こういう映画がもっと作られる土壌が広がると良いなと思うのだが・・・

« 2008年10月19日 - 2008年10月25日 | トップページ | 2009年3月15日 - 2009年3月21日 »