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2月 12, 2007

お台場発、東京下町チャリンコツアー

私のmixiミュージックの履歴をのぞいたことがあるなどという奇特な人はまあマイミクさんにはいないと思うが、もし見たならばここんとこ私のiPodは圧倒的にTBSラジオのポッドキャスティングばかり再生している事が判明するだろう。

しかも「伊集院光 深夜の馬鹿力」ばっかし。他の番組も聴くのだが伊集院だけは一回聴いたのをリピートで何度も何度も何度も聴いているため、履歴がたまりまくっているのだ。

で昨年10月あたりのサイクリング話がけっこう好きで、やたらリピートして聴いている間にひとつオレもチャリで出かけてみるかという気分になってはいた。
そこで先週の「Life」でも“東京”がテーマになっていたし、有明の業界見本市でもなければ普段足を踏み入れようとも思わぬ“お台場”にチャリで行こう、レインボーブリッジを高速でもゆりかもめでもなくチャリで渡ることでお台場の経済的に全く期待されていない行動をとりながら'00年代の東京について考えてみよう、などと考え、ポットに入れたコーヒーとカメラと読みさしになってた中沢新一の「アースダイバー」などをカバンに入れて朝6時に家を出た。

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芝公園のそこここで花をつける梅と、朝の空に屹立する東京タワー


ところがだいたい2時間と少しかけてレインボーブリッジのたもとに着いてみると、この橋は自転車立ち入り禁止なんですなこれが。しかも遊歩道もあるにはあるんだが冬季は朝10時~夕6時以外通れませんとのこと。人間の2本の足でも時間外通行不能とはどんだけ高飛車な橋だと。オレが折角来てやってるのになんだお前はと小一時間橋げたを罵倒したが、この後晴海ルートを回って上陸を試みるか六本木まで戻って新美術館でも見るかと迷う。2時までには約束があるため豊島園に参上しないといけない。まあいよいよとなれば駅周辺に一旦チャリ置いて地下鉄で移動できるのが都内サイクリングの利点とはいえる。(周辺に駐輪場のない駅だといかに撤去を防ぐかで頭を悩ませねばならないが)

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結局その後、築地・晴海・有明周りのルートをとってお台場上陸。
フジテレビなどは外見だけ撮って「台場」の名の由来である江川太郎左右衛門秀竜建つるところの品川台場の名残、第三台場公園へ。
確かに大砲座らしきものや弾薬庫の跡が今も残っているのに感動。窪地に並んでいる柱基らしきものは大火で焼けた陣屋の跡かな?(「風雲児たち 幕末編」の最新巻を読んだ方はこの陣屋を巡る悲劇についてご存知のことと思う)


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今は公園となっている第三台場


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レインボーブリッジを背景に鎮座する砲座

お台場には、日本におけるフランス年を記念してセーヌ河岸から持ち込まれた自由の女神のレプリカが今も、呆然とした感じで手を掲げている。

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背後に公衆便所があったので遠近法的カットを一枚。

有明にはそれよりもかなりばかげたものがあった。

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エントリーシート出した時点で着任の挨拶練習してる新卒みたい。

晴海大橋を戻って月島方面へ。ここは石田衣良の小説「4TEEN」の舞台であり、古い下町と"ウォーターフロント"がせめぎ合っている土地だ。

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この佃の風景はけっこう印象深くて、昔からある寿司屋の同じ建屋の隣がネイルルームになっており、さらにその隣が瓦屋根のしぶい家にもかかわらず門前だけピンクと赤に塗られたエステ付美容室になっている。これって、まさに下町にニョキニョキと屹立する新築マンションのライフスタイルが染み出して、下町の建屋そのものを直接侵食しつつある象徴的光景ではないかと思うのである。もちろんこういう風景は佃に限らずいろんな商店街などであり得るのだけど、佃の場合はギャップがとりわけ極端に思える。

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お台場~下町チャリツアーは日本橋の水天宮前で、別の約束の時間を迎えたため一旦タイムアップ。
水天宮前にチャリを停めてユナイテッドシネマとしまえんに向かい、友人たちと「幸せのちから」を見る。けっこう面白い。

また水天宮前に戻るころにはとっぷり日が暮れてきたので写真はおひらき。
まっすぐ皇居ルートで家に帰ろうかとも思ったが、ここは旅を継続して日本橋から御徒町、浅草をまわる。

夜の浅草はまだ盛り場のおき火は残ってるものの、なんか10時過ぎたらたいていのお店閉まってそうな地方都市的危うさもあるような感じが気に留まった。

でここまで来ると江戸最大の花街なんかも巡ってみたくなり台東区千束の周辺を流すと、一見そんな感じ全然ない夜の帳に沈む街に突如としてネオンめくるめく空間がドーンと現れるのでオドロキ。
ザーッと流して走り抜けてみるが、何というか目的なしで走り抜けたところで、そういう場らしき販促物やら掲示板やらは一切表には出ていないため、何のための派手さなのか全然分からない、ムダな派手さが闇に吸われてる感じが歌舞伎町あたりのオープンな猥雑さとは明確に違っており、おそらく江戸時代のこの場所とも違うのだろうあたりが興味深かった。弁財天の前にも通りかかったが、かつての遊女の念が残ってそうでこわくなり(霊感ないけど)スーッと通過。

いったん荒川線の三ノ輪橋駅前にチャリを停め、珈琲館で一服して後は家に帰るばかりとなった。
三ノ輪から駒込・巣鴨、池袋を経て東長崎あたりまで戻ってきたところで、ふいに東京に出てきたばかりの頃にフロなしアパートだったので毎日のように世話になっていた銭湯「江古田湯」にまた入りたくなり立ち寄った。
お台場で時間があったら大江戸温泉物語かなんか入ろうと思っていて、タオルやら着替えやらはあらかじめ装備品の中に詰めてあったのである。

で江古田湯だが(いま調べたら中野区の新江古田駅前にも「江古田湯」があるらしい。多分漢字の読みが違うんだろう)、ここに通い詰めていたのは私が大学1・2年の頃、ある昼下がりに木枠の窓を閉めようとしたら窓枠がズルッと外れた頃までだからかれこれ10年にはなるはずである。それなのに、未だに往時と比べて靴箱くらいしか設備が変わってないのだ!

湾岸は再開発され、台場にどう考えても場違いな自由の女神が呆然と手を掲げ、佃の高層マンションの足下では寿司屋の隣の瓦屋根が2Fエステルームの美容室に浸食され、わがボロ下宿「岩田荘」は何年も前に取り壊されてオートロックのシャバいハイムと化したが、江古田湯は恬淡としてそこに在るのだった。

ハア~っと幸せな気持ちで湯船に浸かりチャリツアーはゴールとなった。

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コメント

どこが、映画的箱庭?(^^;)

投稿: りい | 2月 15, 2007 04:28 午後

すいませんね~。
mixiじゃないと誰もコメントつけてくれないからmixiにいっぺん映画については書いちゃうんですが、そうするとこっちにコピペっていうのも何かやだし、それなりに改稿したいなあ・・・とか思ってるうちに時間が過ぎちゃうんですよね。

で写真はmixiに貼っても誰も見てくれてる形跡がないので、こっちにサムネイルを作成して貼っているようなわけです。

投稿: k-tanaka | 2月 19, 2007 03:48 午前

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