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2月 27, 2006

「WARU<ワル>」(★★★★)

三池崇史監督「WARU<ワル>」を銀座シネパトスで見る。

これ、Vシネのシリーズを無意識にチャンネルNECOかなんかで見てる気がする。萩原流行のキャラと哀川翔との対立軸がなんか既視感を催すんだよな。

シリーズもの故に良く分からん設定もあり、また格別も説明パートもなく筋が進んでいくので最初はついて行きづらいが、後半は三池節に乗って盛り上がりまくる。武知脚本作の「許されざる者」ではしごくまじめに展開していた、ジャンプ的ないわゆる「敵役のインフレ」状況が現前するのだが、「許されざる者」ではひたすらカッコよさを助長する装置として働いていたのに、こっちのはほとんどギャグにしか思えない。
遂に登場する最悪の敵、その名もジャパン・アルカイダ!…の存在がガッツ石松の証言で明らかになるというバカバカしさも期待を満たす出来だ。

その一方で、剣術の達人哀川と、ブラジリアン柔術の使い手小沢仁志による、マキノ任侠映画の如き「二人道行き」→「殴りこみ」のカッコ良さはすごい。
特に、続々迫る敵とかなり非現実的なワザの数々で渡り合う二人のシーン。とても短いシーンだが、凝縮され編集されたアクション描写のエッセンスが詰まっているように見える。

「こいつはめちゃくちゃ、くだらなかっこいいぜ!」と魔神英雄伝ワタル(懐)のごとく口ずさんでおきたい一本。

「アメリカ、家族のいる風景」(★★★☆)

ふしぎと縁の薄い劇場、シネスイッチ銀座でヴィム・ヴェンダース監督「アメリカ、家族のいる風景」を見る。

サム・シェパードとヴェンダースのコラボレーションは1984年の「パリ、テキサス」以来というが私は不幸にもこの映画を見ていない。

サム・シェパードは、以前読んだ「モーテル・クロニクルズ」でも明らかなように、現代の文明化された世界へ不適応を感じ、そこからの逸脱を目指す人物のようだ。映画は、シブ色気をかもし出す往年の西部劇スターが、撮影現場を飛び出して母(これが何と「北北西に進路をとれ」エヴァ・マリー・セイントだ)の元に向かい、その中で知った「自分には実は子供がある」という事実に心動かされ、何をしたがるでもjなくただ息子の顔を見にビュートの街に向かう。そんな彼のもう一人の子供がサラ・ポーリーだったりするのだが、彼女が出ていると思わずそのことだけで頭が一杯になってしまうので、個人的には巡り合わせのよろしくない気がした。

現代に、もはや居場所はなく、探偵ティム・ロスに手錠かけられて銀行支配下の映画撮影現場に連れ戻されざるを得ないサム・シェパードの演じるカウボーイ・スターが、刹那の時間に今まで見も知らなかった息子・娘に急に出会うことになり、何と言うかひたすら「接しあぐねる」映画である。

映像は最近ヴェンダースがハマっていること間違いないアメリカ現代絵画的な空間の中で、ビビッドな色彩とともに繰り広げられる。撮影は本当に素晴らしい。

2月 26, 2006

「転換期の作法 ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの現代美術」

休日に生憎の雨だったが、前から見たかった「転換期の作法」展を清澄白河の東京都現代美術館で見た。(ここはPodcastingもやってる。なぜか毎回ダウンロード時にエラーが頻発するが・・・)

期待していたよりもずっと良かった、というか素晴らしかった。
休日なのに人があまりいないという点も(館は困ると思うが)素晴らしい。

060226_13010001.jpg

以下、面白かった作品を。
まずイロナ・ネーメトの、座る位置により様々な女性の声を発する巨大ソファ「多機能な女性」。笑い声、あえぎ声、息遣いなど、様々な声がソファのそこここに穿たれた凹みの中から聞こえてくるしかけ。

アルトゥール・ジミェフスキがテル=アヴィヴに移住した元ポーランド人の老人たちに、彼らの記憶の中に残っているポーランドの歌を歌ってもらうビデオ「我らの歌集」。バルトークの民族音楽収集を連想するが、ポーランドという国が歴史上何度も失われた国であること(詳しくは池田理代子の傑作「天の涯まで - ポーランド秘史」を参照のこと)、そこから追われて移住していき、今はイスラエルの国民になっている人々が歌う歌であること、などを考え合わせると、そこに様々な問題性が多層的に含まれたプロジェクトであることが伺い知られ興味深い。
ポーランド人のビデオアーティスト四人組アゾロのビデオ作品「全てやられてしまった?T」「全てやられてしまった?U」は、なんだかモンティ・パイソンにでてくる庭みたいなところに設えられた小さな赤いテーブルを挟んで膝を付き合わせた四人が次にどんなアートをやるかを議論するのだが、思いつくことは、どれも誰かがやり尽くした事ばかり。

「これもやってる?」 「やってる。」 「えーと、そうだな、飛び越えるのは?橋とか」 「やってる。誰かやってる」 「やる前に売る、ってのは?で、結局なにもやらないの」 「それもやってる。おれは見たことある」

…春めいた日差しの下の赤いテーブル上に、タバコの吸い殻ばかり増えていく。

パベウ・アルトハメル「ブルドノ2000」。大きな共同住宅200世帯の窓明かりで「2000」の字を描く大イベントの記録(これは写真パネルのみ)。なんかBフレッツのCMでこういうのあったな。

これは単なる現代アート的な試みを超えて、カトリック司祭が「光」について語る説教場になったり、露店が出たりといった形の住民祭りにまで発展したそうで、「観覧」といった態度を超えて見る者とともに共同作業的に創出せられる現代美術の在り様を地で行く作品となったようだ。

「母さんと父さん」というビデオ作品はアルトハメル本人でなく、その両親の日本旅行を、行ったお父さん自身がハンディカムで撮影したもの。日本での案内役”小川ミホ”さんを「私たちの小さな川」と呼ぶ心優しいお父さん。上野公園を見て「人生に失敗した人たちがスープをもらいに並んでる」「すごいな、この公園にはかなり沢山の人が住んでるね」とか言ったり、大阪のポルノ映画館のポスターを「これはぜひ見るべきだな」と、日本人ではありえないくらいまじまじと撮影するのを見ているうちに、思わず知らぬポーランドの老人が「異国・日本」を切り取る視角に入り込んでしまう。
この視角共有の妙味はパウリーナ・フィフタ・チエルナ「マロシュと一緒に」にもある。知能障害をもつ初老の男が自ら撮影したビデオを見ることで、彼の視覚と世界観を疑似体験するわけだが、障害者テーマのドキュメンタリーがどこまでも彼らを被写体として扱わざるを得ないのに比べて、むしろ素直に見ることができ、楽しめさえする面白い作品だ。
クリシュトフ・キンテラ「もううんざり」はポテチやカールなど日本のスナック菓子が詰め込まれたバッグがモソモソ動きながらチェコ語でボヤく作品。カルビーのポテチにそこらのスーパーの値札がついてるが日本に来た時買ったのか。63円也。
ラクネル・アンタル「ユーロトロプ 理想的な鉢植え植物」は“目に見えないこと保証つき”の栽培専門地中植物。また、「デルモヘルバ 人と共生する植物」は人の皮膚に貼り付かせ、CO2を摂取させるとともに人間は酸素補給をはかるというコンセプトの人工的寄生苔。”3.5ミリ以上の厚さにはなりません”というのが売り文句。仮想のバイオテクノロジーで作られたこれら植物の見本市用販促ポスターとモックアップが作品になっている。

現代美術を見まくっている通人にはひょっとしたら目新しさのないものなのかも知れないが、私くらいのレベルの者には充分面白かった。
これから行く人は、美術館で遊ぶのが好きな人(笑)をつれて二人連れで行くことを勧めたい。

参考link:
「ポーランド現代美術における《ヨーロッパ回帰》」(?)
★究極映像研究所★: ■NMAO:国立国際美術館 『転換期の作法 - ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術 -』

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