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12月 04, 2005

私は美容室が苦手だ

いい加減髪の毛が伸びすぎており、切りに行きたいながら連日仕事で行く時間を作れずにいたのだが、今日ようやくばっさりカットしてきた。

それにしても久しぶりに行くとやはり「美容室」という場所は私にとって居心地のよくない場所であると感じる。体に染み付いたような萎縮、華やかなその場から疎外された感覚。
おそらく実際の所、私の冴えない風采…例えばセーターの随所にほの見える毛玉であるとか、原色に近しい色であったかつてを想像すべくもないスニーカーの色褪せぶりなど…が煌々とした照明の下に露わになり演出される場違い感もさることながら、最大の理由は私の中の圧倒的な髪型ポリシーの欠如にあると思われる。

いったい30年も生きており、その間使いもしない世界史単語(ポトシ銀山とか)を脳みその引き出しにぶちこみまくってきたくせして、いまだに私の髪型指示に関するボキャブラリーは「刈り上げない程度に短く」ぐらいしか存在していない。
隣のカット待ちの男性が、雑誌などを示しながらテキパキと前髪の長さ、色、スタイリングなどに関する自分の考え方を述べ、担当美容師と今回のカットに関する方向性を詰めつつあるかたわらで、この私はといえば

「どのぐらい切りましょうか?」
「ええと…ずいぶん伸びすぎちゃったので(←見れば分かる)、さっぱり切ってほしいんですが…(←著しく具体性を欠く指示)」
「……伸びた分くらい切りましょうか?」
「そうそう、それでお願いします!(←必死)」

などと、主張のないことおびただしい。
この打ち合わせとも言いなりともつかない時間をとおして、自分がこれまでの人生でいかに髪型に関して脳と時間を使っていなかったかに思い到り、ハサミを自分の生業として生きていこうと決めた目前の青年に対する申し訳なさに満たされるのである。

「あ、シャンプー別料金になるんですが、どうしますか」
「あ、結構です」
「シャンプーなしですね。髪、スタイリング剤とかついてないですか」
「ついてない…つけてないです何にも

いささか強調しすぎた私の口調に微妙な表情の美容師。
はっ!…またしても髪に関する配慮の無さを露呈してしまい、やりがいのない仕事という印象を彼に与えてしまったのではないか、等とまたしても萎縮する自分。
このようなわけでカット台に向かう前から既にたっぷりと引け目を感じてしまうのである。

もうこんな感覚を味わうくらいなら、最初から回転仕事前提で気など使おうはずもない1,000円カットでいいのではないかとも思うのだが、以前1,000円カット行った翌日の職場で
「うーん、なんともいえない坊ちゃん感があるね
などと評された屈辱もあり敬遠してしまう。
といって、男ならやはりバーバーに行くべきだろう、と駅前の「理容室 ヤング」(←実在)の戸を叩こうかと思ったこともあるが、ガラスに貼ってある具志堅用高のようなパンチ&ヒゲ男のイラストなどを見ると、心もとなくなってしまう。

そんなわけで、どこかにこんな私でも萎縮を感じずに髪を任せられるお店はないものか…と髪を切るたびに思うのである。

いっそ「髪型について普段何にも考えてない方!私たちは日頃のスタイリングまで優しくご指導致します」…とか店頭に書いてあれば安心なんだが。
メッセージの隣に吉岡美穂が写ってても良い。アデランスみたく。

A.J.クィネル「パーフェクト・キル」読了

A.J.クィネル著「パーフェクト・キル」読了。
私がこの冒険小説ファンの中に根強い支持を得ているクリーシィ・シリーズの第一作「燃える男」を読んだのは、映画化「マイ・ボディーガード」がきっかけである。
フランス外人部隊の元傭兵クリーシィが、深い心の闇に光をともしてくれた少女のために、彼女を殺した誘拐組織を壊滅に追いやる第一作のストーリーから数年、この第二作もやはり復讐がテーマである。第一作でようやく得られたマルタのゴゾ島での家族生活が、テロリストによる旅客機爆破によって引き破られ、クリーシィは復讐のために家族を作る。孤児院から素養のある少年マイケルを拾い上げ、彼を養子にするためにロンドンの女優を金で雇って偽装妻として、新しい擬似家族を形成するのだ。
その目的は、何年かかるか分からない、ことによると自分の生存中には果たし得ない犯人の探索と復讐を達成するために、養子という後継者を自分と同じ戦闘マシーンに育て上げることである。
・・・という筋はかなり血も涙もない冷徹なものに思われるのだが、これが地中海ゴゾ島の美しい情景と人々の繋がりの中で、また紳士的かつタフな傭兵仲間たちの連帯の中で展開することで、血塗られた復讐の行程が、少年の成長物語に変わり、また擬似的だったはずの家族が徐々に本当の家族に近いものに変わっていくという仕掛けで、なかなか楽しめた。だんだん読んでて「復讐」という当初の動機を忘れてしまいそうになるような、ホットな小説である。
もちろん冒険小説としても面白い。冒頭でクリーシィの家族がまきこまれるパンナム103便爆破事件や、敵となるPFLP-GCのアハメド・ジブリルは実在の事件、人物だ。

なお、作者A.J.クィネルは地中海マルタのゴゾ島に住み、大の日本びいきだったというが、今年の7月に肺ガンで亡くなった。享年65歳というまだ書ける年齢で残念。本作でも、クリーシィは洗い場で体を洗ってきれいな湯をはった湯舟につかる日本式の風呂が大好きで、家にそんな風呂が二つあるという設定になっており、何かそこだけ異様に親近感が湧いた(笑)。

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