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1月 29, 2005

欧州2国縦断記(その5)「美の咲き乱れる街にて、カメラ盗まれること Part:3」

ローマの街角で見つけたイイ顔さん。

lion

ローマの街角でこんなどうでもいいものをパチパチ撮っていたせいで神様の罰があたったのか、この旅行のために買ったコニカのAPSカメラが、ローマを出る頃には手元から消えていた。
あんまり意識せずにいたらいつのまにか無くなっていたため、てっきりどこかで掏られたものとばかり考えていたのだが、後に他の日本人旅行者から聞いたところでは、YHでベッドの上などにほっぽっておいたのがどうもいけないらしい。

「誰でも取れるような状態にしておくってことは"持ってっていい"ってコトかなと思う人もいるからね。 『気前のいい日本人だな−』くらい思われたかも」

などと言われたものだが、ユースホステルという場は同じ旅の者同士で気が置けない場と考えていた私はそれを聞いて少なからずがっかりし、今度旅行するにあたっては全ての機械類は一本の鎖にでも繋いでベルトに留めておかねばならん等と考えたものだ。

正面きってのカッパライにも出くわした。サンタンジェロ城からパンテオン、コロッセウムを見物して近くの地下鉄駅に行く途中のことである。西アジア系の顔だちをした母娘づれが道の脇から近付いて来、母親の方が手にした新聞を示してしきりに「読んでくれ」というような仕草をする。
イタリア語なんぞ「ボンジョルノ」と「グラッチェ」くらいしか知らず、まして読めるはずがないのだが、つい反射的にその新聞に目を落とすと、その瞬間に小学生くらいの娘の方がバッと私のGパンに手を突っ込んでくる。
「すわ、母子づれの痴漢か!?」ということではなく、娘が狙っているのはポケットの中の私の財布だ。現金は必要な分しか入っていなかったものの、カードが入っているので盗まれては困る。娘はポケットの中まで手は突っ込んできたが、私にとって幸いなことに財布を掴むことはできず、そこで私が身を引く姿勢になったところポケットの入り口がグッと締まったため、むしろ手が抜けない状況になってしまった。
私は「泥棒!」と言おうかと思ったが、さてイタリア語で「泥棒」とは何と言ったものかさっぱり分からない。
この2年前にグリークラブでチェコとハンガリーに行った時は
「いざという時に日本語でドロボウなどと叫んでも誰にも分からぬのだから、何よりも先にチェコ語とハンガリー語でドロボウと叫ぶ練習を行うべきである」などと力説し、
「ズロディ!ズロディ!」(←チェコ語の「泥棒」)
「トルヴァイ!トルヴァイ!」(←ハンガリー語の「泥棒」)
と部員に大合唱させた私であったが、その時人に与えた教訓はどこへやら、この時は頭が真っ白であった。
しばらく揉み合っているうち、なにしろ白昼のことで人目にもつきはじめたので母娘はあきらめてバッと逃げ出した。こうして私の財布は事なきを得たが、私自身は初めて正面から盗難未遂に遭ったショックでその後胸がドキドキし続け、また過剰に敏感になって周囲を始終油断なく見まわしながら歩いていたので、むしろ向こうの警官などからは不審な目で見られたかもしれない。

コロッセオから地下鉄に乗り、ベルニーニの「聖テレサの法悦」が鎮座するサンタ・マリア・ヴィットリア教会、さらにトレヴィの泉、スペイン階段と見て一日目の行程を終了。
つづいて二日目は再びサン・ピエトロ寺院を起点として、今度はローマ西方を歩くためジャニコロの丘に上る。
レスピーギの華麗なる交響詩「ローマの松」に「ジャニコロの松」という曲があるのだが、これはジャニコロの丘の上で満月に照らされる松を描いた標題音楽だ。この曲名が頭にあった私はせっかく西方を歩くのであればひとつ、そのジャニコロの松というやつを見てやろうと思ったわけである。
しかし別段この丘自体は観光地でも何でもなく、松もそこらじゅうにヒョロっとしたのがおざなりに生えている感じでどうも感慨というほどのものが出てこない。丘をのぼりきったところには病院があり、見舞いに訪れたのであろうローマ市民の車が出入りしているような、観光とはおよそかけ離れた場所だった。
逆に言えば、この丘の利点はそれゆえ観光客が全くいないことと言えるだろう。その割に眺望は素晴しくて、左手にサン・ピエトロのクーポラが一つ高くそびえ、古きゆかしき建築物がどこまでも続く眺望が眼前に広がる。不粋なビルディングなどどこにも見えない。広場には、ナショナリズム華やかなりし頃に建てられたのであろう、近代イタリアの初代王ヴィットリオ・エマヌエレ2世の銅像が屹立していた。
ジャニコロの丘を下ったあとはモザイク画が古風な美しさを出すサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会に行き、さらにラファエロの名作「ガラテアの勝利」が壁面に描かれたヴィラ・ファルネジーナをまわると昼飯時になる。

レストランに入る金などないので、近場に「Pizzeria」という看板のかかった店を見つけ、テイクアウトで買ったピザにかぶりつくことになるが、庶民的ファーストフードの雰囲気があるこれらピザスタンドを少し紹介しよう。

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私は銭湯のホーロー広告を愛する

ひさしぶりに銭湯入ってきた。この寒い日々に体ポカポカ。
銭湯行くといい気分になるのは分かってるのだが、銭湯行きたい気分の時は開店している時間帯に帰れなかったりして、一日のシメに一湯あびるというライフスタイルが取れないのだった。

ざんぶりと熱い湯に漬かって首を反り返らせると、天井がどこまでも高い。
銭湯が家風呂にくらべて素晴しいのはやはりこの天井の高さだろう。ずっと上の方でサッシの窓が5センチくらいずつ開いているのが見えるのだが、あの開け閉めには一体どのような魔術を使っているのであろう、いつも謎である。
黄色いボディに赤い太字で「ケロヨン」と刷られたタライも素晴しい。

「まんが道」で満賀道雄もこよなく愛していたペンキ絵、巨大な体重計など、ほかにも銭湯を銭湯たらしめる美しい付属物は数あるが、私がもっとも「無用の美」を感じるのは湯舟につかるとちょうど視線のあたりに取り付けられているホーロー製の小さな広告板である。
バス停などに取り付けられている大村崑@オロナミンCなどが代表的なホーロー看板についてはこのようなファンページもあるようだが、さすがに防水デジカメを抱えてフルチンで湯舟に入らんとするツワモノは少ないのか、あの小さな広告板についてはあまりWEB上に画像や情報がないようである。
これら銭湯ホーロー広告は大体が「○○葬祭」などの葬儀屋とか、「酒と泪と男と女 スナック○○」などといった誰が行くんだ的飲み屋の広告であったりする。ジミめな地色に黄色の字が、職人ワザ的な筆致の手書き書体で書き出され、イラストレーションとは到底呼称し得ぬ酒瓶のカットなぞついていたりするものだが、これが市外局番改定以前に作られたものか電話番号の上のケタが3桁のままだったりすると、更に無用度が爆裂していて何ともイイ感じだったりするものだ。

現代のように経済効率により全てが計られ、新しいものがたちまち古くなり使い捨てられる時代にあっては、こうした実際には忘れ去られているにも関わらず奇妙な誇り高さを持ってそこに存在し続ける無駄なメッセージ群をみると、世界にはまだまだ面白さを感じられる余地が残っているのではないかと妙に頼もしい気分になるものである。

しかしうちの近所の銭湯にはそうした誇り高きホーロー板が取り付けられておらず、私は「なぜ誰も行きたがらないような飲み屋の広告板などを取り付けておかないのか?」と文句の一つも言ってやろうとしたのだが、銭湯の親父は閉店間近で一杯きこしめしていたものらしく、番台の上でゆっくりと舟を漕いでいるのだった。

1月 27, 2005

いまさらながら2004展覧会をふりかえる

1月も後半に突入して今さら感漂うのだが、2004年はけっこう展覧会も行ったので、そのベストを選んでみようと思う。
blogを振り返って、行った展覧会のリストをつくると以下のようになる。

「宮本隆司写真展」(世田谷美術館)
「ヨハネス・イッテン展」(東京国立近代美術館)
「パリ1900 ベル・エポックの輝き」展(東京庭園美術館)
「KUSAMATRIX」展(森美術館)
「空海と高野山」展(東京国立博物館)
「栄光のオランダ・フランドル絵画展」(東京都美術館)
「"モダンってなに?"MOMA ニューヨーク近代美術館展」(森美術館)
「牛腸茂雄1946-1983」展(新潟市美術館)
「世紀の祭典 万国博覧会の美術」展(東京国立博物館)
「横山大観 海山十題」展(東京藝術大学美術館)
「森山大道展」(丸善ギャラリー)
「RIMPA(琳派)展」(東京国立近代美術館)
「牛腸茂雄展」(三鷹市美術ギャラリー)
「マティス展」(国立西洋美術館)
「フィレンツェ 芸術都市の誕生」展(東京都美術館)
「ピカソ 身体とエロス」展(東京都現代美術館)

さて、この中でやはりベスト1を選出するとすれば何と言っても「牛腸茂雄1946-1983」展だろう。とにかく、2004年に見た中では最も感性を刺激され、また自己と他者という牛腸の取り上げたテーマを自らに引き寄せて深く考えさせられる展覧会だったからだ。
ほかにはけっこう笑えた「KUSAMATRIX」とか、企画展のやり方自体にすごく面白みを感じた「パリ1900 ベル・エポックの輝き」も良かった。会場である庭園美術館自体がすでに展示物の一つでありさえするというのが実に絶妙。

ほかに2004年の収穫として、日本美術の素晴しさに徐々に開眼させられてきたということもあった。
「RIMPA」展をあれだけの短時間にも関わらず楽しめたのは、逆に「パリ1900」とか「ヨハネス・イッテン展」などで外国の美術家による日本美術のイメージにふれ、外からの視点でみた日本美術のエッセンスに触れたということも一つあったと思っている。
逆に「世紀の祭典 万国博覧会の美術」では、そういった日本美術のエッセンスが誇大な自己パロディとして呈示されているのに驚いた。あの巨大なセトモノやら過剰に細密な細工物などを思い出すにつけ、日本の近代化はあらゆる部分で「力みすぎ」だったのではないか?と思う。
あるいはそれは、後発近代国家の業ともいうべきものだったのかもしれない。

1月 26, 2005

アカデミー賞ノミネート

アカデミー賞ノミネート作品が発表されたようだ。

→Yahooムービーニュース

うーん、見てない&まだ見れん作品ばかり。

今回、スコセッシがハワード・ヒューズを題材に撮った「アビエイター」という作品が11部門ノミネートというのが話題らしい。
天下の変人富豪として名高いハワード・ヒューズの伝記映画というのはかなり見たくなるネタだが、スコセッシとディカプリオの組みあわせはいかがなものかとも思う。ただ、ケイト・ブランシェットの演じるキャサリン・ヘプバーンは見たいですな。
ヒューズには自ら監督した「ならず者」という西部劇映画があるが、主演に抜擢された超ボイン女優ジェーン・ラッセルにメロメロになり、ろくに演出もしないで彼女の胸を強調する撮影法を工夫しまくってヒンシュクを買ったという。「市民ケーン」の伝説的撮影監督グレッグ・トーランドに「ラッセルのブラウスの奥まで覗けるような撮影方法を考え出すよう命じ」たというから笑える。→引用元こちら
スコセッシのことだからここらのエピソードは当然撮ってくれるものと期待しているが、その場合ジェーン・ラッセル役は一体誰がやるのかということが目下最大の関心事である。

→「アビエイター」公式サイト

1月 23, 2005

欧州2国縦断記(その4)「美の咲き乱れる街にて、カメラ盗まれること Part:2」

サン・ピエトロ寺院に入場してすぐ右手には、かのミケランジェロが生涯に何作もつくった「ピエタ」のうち、最も著名な作品がガラス仕切りの向こうに鎮座しているのだが、これはもう各国観光客のフラッシュを浴びまくっており、とてもわが子キリストを襲った宿命をなげく聖母の静かな悲しみなどというものは伝わってこない。なんだか芸能人がハワイから帰ってきた時みたいな騒ぎだ。

むしろこの大聖堂で強烈に印象づけられるのは、教会という権威の過剰な荘厳化作用である。
たとえば天上はといえばどこを見上げても非常識に高いばかりで、遥か上方のドームにポッチリと開いた天窓から光が差し込んではいるもの、それらは神秘の雲と天使たちを描いた天井画ばかりを明るく照らし出している。
「かの至上の高みに位置する天国を思って祈れ」というメッセージが伝わってくるようだ。

まあ、この汚泥に塗れた地上から遥か天上の美を見上げて己を低めるというのは、決して悪いメッセージだとは私には思われないし、拝金主義よりはよっぽどマシな姿勢にすら思われるのだが、その気持ちをバッサリ打ち消してしまうのが、そこここに見られる歴代教皇の彫像である。

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対抗宗教改革の時期につくられたであろうこれらの教皇像は、とにかくどれもこれも天使群など伴って大仰に手を差し出し僧服をハタメかせ、地上の汚濁をワレ今こそ浄化せんとばかりのパルスを放射させていて、もう見ているだけでゲンナリするような代物だ。これらの彫像の陳腐な外見こそ、ローマ・カトリックがかつて何ら世俗政治権力と変わることのない本質を持っていたことの証明であろう。
もし現代の世でカトリックがいま少し精神的指導力を発揮しようと考えるなら、さっさとこんなコケオドシはひっこ抜いて倉庫にでもぶち込んでしまったほうがよろしい。
旅をしていて何度か、イタリア人やフランス人が教会の中でみせる慎み深い仕草に触れて、信仰もないくせに勝手に感動する機会があったのだが、そうした感動に遭った時にこのコケオドシじみた教皇権力礼讃を思い出すと、なんとなく悲しい気分になる。

とはいうもののサン・ピエトロ寺院のもつ荘厳な効果はたいしたもので一見の価値はあると思うが、ヴァチカン美術館の方にはさらに見るべきものが沢山ある。とくにシスティーナ礼拝堂に描かれたミケランジェロ畢生の大作「天地創造」と「最後の審判」にはやはりドギモを抜かれた。この先も各都市で天井画は首が痛くなるほど見たが、「天地創造」のみなぎる躍動感は何かコイツだけジャンルの違う絵画なのではないか、と思わされるほどである。
観光客はみなポカンと口を開けて上を見たまま聖堂の中をウロウロしている。時折何人かの警備員が撮影を制止する声が聞こえてくる。広大なヴァチカン美術館内に展示されているほとんどの品はカメラでの撮影が許されているのだが、システィナ礼拝堂内だけは撮影禁止となっている。だがそんな禁止などどこ吹く風なのがアメリカ人観光客で、彼らは警備員がちょっとアッチ向いたと思ったら胸からぶら下げたカメラを天井に向けてブバシャアッと品のない音をたててフラッシュを焚きまくっている。
イタリアで最も観光客が多いのはアメリカ人そして日本人だと思うが、聖なる空間に土足で入り込む無遠慮な田舎者ぶりを隠そうともしないのも、やはりこの二者であるように思われる。
まあ、単に数が多いから目立つだけなのかも知れんが。

全部見るだけで一都市ぶん歩いた感じすらしてくるヴァチカン美術館を出て、サン・ピエトロの正面大通りをまっすぐ歩いていくと、左手にサン・タンジェロ(「聖天使」を意味する)の城が見えてくる。この城は、その美しい名前に似つかわしくもなく政治犯の牢獄として使われた歴史があり、スタンダールの「イタリア年代記」中の佳編「ヴァニナ・ヴァニニ」も、カルボナリ党の革命家ピエトロ・ミッシリッリがここを傷を負いながらも脱出し、ローマきっての美女ヴァニナの家に女装して逃げ込むところから始まるのだった。

この牢獄城は背丈の低い円筒形をしていてさながらラウンドケーキのような外見であり、ローマの建築物の中でも一度見たら忘れられない面白さだが、この時も一昨年の再訪時にも中に入る時間には恵まれなかった。次にローマにくることがあればこの中にあるという武器博物館もぜひ見てみたいと思う。

(この項さらに続く)

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