投票日近くなると、やたらと「自らの政治生命を賭けて」というフレーズを聞くものである。
このうちのなんぼかでも、本当に命のかかった訴えなのであれば耳を貸そうかという気にもなるが、悲しいもので、政治生命を賭した改革に敗れ、政治生命を断ったといった騎士的な美談はついぞ聞かぬ。
どうやら「政治生命」なるものは、試合日前にはやたらと賭けられるものの、試合本番になるやいなや全部胴元の懐に入る仕組みになっている、八百長試合のチップみたいなものらしい。
「政治生命」というフレーズが唱えられれば唱えられるほどに胡乱に思えるので、私に投票してほしい政治家の皆さんは軽々しく政治生命を賭けないよう気をつけて頂きたい。
(たまに変な延命処置で奇怪にも生き永らえる山拓みたいな人が出たりすると、「政治生命」なるものに思いを馳せることもあるが)
投票くらい、ふだん言わない言いたい事をこめさせてもらおう。
自民党はとっとと、日本をこんなばかだらけの国にした戦争責任をとって解党すべきである。
(最近では「イラク戦争の戦争責任もとって、…」という解党要請理由が加わったが)
戦争責任をとらない体制の存続がいかに国民の精神構造に影響するかは、天皇制をみれば一目瞭然だが、
それ以前に「政権政党である」という以外なんらアイデンティティのない政党が未だに国家のトップに存在していること自体がこの上なく天皇制的で不健全であり、一刻も早く滅ぼすしかない。
かつて森喜朗という党内の椅子取りゲームで首相になったオヤジが「天皇を中心とした神の国」と日本を表現していたが、誰が王であると決めたのかとうに判然としない空虚な中心点に対して、何となくつつかず触らず権威として押し戴く権威主義的白痴ビヘイビアを「天皇制的」と表現するならば、まさに日本は天皇を中心とした神の国だと表現することができる。
その意味では次期政権交代を狙うセカンドという以外なんかあんの、と思われる民主党の存在も、自民党が政権に居座り続ける限りは天皇制的権威主義システムを補完するものでしかない(かつての社会党が、自ら認めるか否かとは別に宿命的にそうあり続けたように)。
まず中心を叩く、それからだろう。
現行の、権威主義的であるという以外になにひとつ国民性を感じない日本国の精神構造を破壊するには、再度敗戦して焼け野原からやり直す以外に方法があるとすれば、天皇制を廃するか自民党を破壊するしかないだろうと考えるのだが、テロるわけにもいかないのでとりあえず政権からは降りていただきたく投票申し上げます。
というようなこと周辺で、明日言わんとすることは決まり。
寝る。
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