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1月 22, 2005

欧州2国縦断記(その3)「美の咲き乱れる街にて、カメラ盗まれること Part:1」

欧州2国縦断記の過去記事はこちら(前口上/その1/その2

1999年2月、思いつきと勢いで旅立ったイタリア〜パリ一人旅。
ローマに到着した私を待っていたのは、夜間はスリ置き引きたむろすると言われる暗黒のテルミニ駅、その地下道を通り抜けるという試練だった。
何とかそれをくぐり抜けた私は、刑務所のごとき内装のローマYHのベッドで、内側から崩れんばかりに安眠を貪ったのである・・・

 翌朝ベッドから起きてみると、窓から差し込むイタリアの明るい陽光にふれて前夜の不安はどこかへすっ飛んでしまい、むしろあの絶対とも思われた危機を乗り越えた自分に多少の満足感すら感じられてきた。どうも楽観的というか呑気な気性というのはこういう時に得をするもので、さっそく顔など洗って身支度をし、ガイドブックをパラパラめくりながら今日の行動を計画だてているうちに、朝飯の時分になる。
 ユースの宿泊料には朝食分だけは含まれているので、朝食が用意されているという地下の食堂に降りてみると、東西各国津々浦々から集まってきた男女たちがセルフサービスのパンをコーヒー、カフェオレなどとともにパクついていた。
 こちらのカフェオレはカップではなく何か丼めいた大きさの白い椀に入れて飲むようである。このカフェオレの椀を珍しがりながらパンの幾つかと一緒に抱えてきてそこらのテーブルで食べていると、日本人の男子が同席を求めてきた。彼はやはり学生で一人旅をしているというのだが、関西弁を話しているので私の日記には「ナニワ」という超適当なネーミングで登場している。
 ナニワは一昨日ローマに到着し、昨日はまる一日をかけてローマ観光を楽しんできたらしい。とりあえず私の方は来たばかりで右も左も分からぬことでもあり、今日は一日の長があるナニワと同道してヴァチカンのサン・ピエトロ寺院に繰り出すことに話がまとまった。その後ヴァチカン美術館訪問を心に決めていた私はそのことを話すと、おれは美術なんぞに興味ないから別のとこに行くよとナニワは言う。そこでサン・ピエトロ寺院から先は好きなように別れようと決め、宿を出て二人してバスに乗る。

 ローマのバスに乗車する場合は、事前に販売所や停留所近くの自販機でチケットを購入、乗車時に車内の刻印機に通して乗車時間を記録する。
 どうもこの刻印というのが重要で、これをやらないまま乗っていて発見されると高額の罰金をとられるのだとガイドブックには書いてある。私はいちいちマジメに刻印していたのだが、ナニワはそんな刻印なぞしないでおけばチケット一枚でローマのバスは乗り放題なのだからおれはやらない、お前もやらないがよい、という。私の脳裏にはそんな挙に及んだ日には私服警備員にでも腕を捕まれ通報され、通りの向こうからサブマシンガンを抱えた憲兵警察がスッ飛んでくるなどという絵が容易に浮かんできてしまい、とてもそんな気分にはなれなかったので、この時にはこの男の豪胆さを心底尊敬したものだ。
 外国を一人旅しようというならせめてこのくらいの豪胆さは持ち合わせているべきで、私のように、ひょっとしたら現地になど行ってもいないライターが書き飛ばしたやもしれぬガイドブックの隅っこ記事に一喜一憂しているようではとてもいけない、などと考えたのだが、思い返してみればまあどちらの態度にも幾分か問題が含まれているだろう。

 さて、そんなこんなでバチカン近くの停留所に到着、歩いて寺院に向かう。
 教会の礎となったペテロをまつるサン・ピエトロ寺院はローマ・カトリック教会の総本山であり、カトリック信徒にとっては世界で最も崇高にして権威ある建築物といえる。
 寺院の前には巨大な列柱に囲まれた円形の広場があり、その列柱をすり抜けると、中央にオベリスクが屹立した広大な広場の向こうに、かのブラマンテが着工しミケランジェロがデザインしたクーポラを戴く大寺院建築がそびえ立っているはずであるが、

sanpietro

 ・・・オイ。

 そう、時はミレニアム到来を目前に控えた1999年。実はこの時期、ローマだけではなくヨーロッパ中の記念碑的建築物が来るべき21世紀を前に大改装工事のまっただ中なのであった。(この項つづく)

なお、これ↓は2003年に再び訪れた時のサン・ピエトロ寺院の写真。
sanpietro_2003

1月 21, 2005

ルームシェアな男達

会社の派遣営業さんで、二人とも40代後半くらいというのにルームシェアを始めた男達がいる。
引越しのタイミングは私と同じくらいだったのだけど、2DKくらいの間取りの賃貸を共有。さらに元板前の営業さんを料理人としてもう毎月のようにホームパーティーをやっている。今度はバーカウンターも納品されるというからすごいエネルギー(^^;)。
しかし男二人でルームシェア、しかもその年でってのはなかなかできないな・・・と思いつつおもしろげに見ていたところ、
今日、私自身が高校文芸部の先輩から居候のお願いを受けてしまった(^^;)

なんでも2月から新潟から東京に出てきて情報処理関連の派遣として働く予定とか。
こちらで寮に入居できる日よりも早く働きはじめる可能性があるため、ウイークリーマンションよりは安上がりかと・・・ということでのお声がかりらしい。
まあ、住むといっても最大15日の話ではあるし、なんか毎日合宿みたいで面白くなりそうなので、40代男ルームシェアに対抗して承ることにしました。

そんなわけで、2月の前半にうちに遊びにくると、地方の高校生文芸部という環境ではおよそありえない漢詩という創作ジャンルを会得していた異才に遭遇できるかもしれません(^^;)

1月 20, 2005

同年代GREEオフ

もうすぐ30歳を迎える同世代(同学年)のGREE登録者で構成されるコミュニティのオフ会に行ってきた。

ふつうによっぱらいました

いやー、みんなうさぎ年かと思うと気も使わなくていいなあと口ではいいながら気づくとですます調で喋ったりしてる自分。

それにしても誕生日が同じ人と飲み会で一緒になったことは過去に一回あるけど、生まれた年も誕生日も一緒の人に会ったのは初めて。同年代飲みとはいえ、13人の構成人数の中でそういうデキゴトがあるというのはかなり希少な確率ではないかと思われる。13÷365という計算でいいなら、0.03%。ふーむ。

1月 19, 2005

3時まで飲み、映画を語って泣く

欧州2国縦断記はいかがだろうか。こうして何年も前の旅を振りかえってみると、「人生に迷走する奴は旅先でも間違いなく迷走する」などという対自分オンリー的格言が誕生してしまいそうでかなりイタい。

昨夜は吉祥寺での仕事帰りというSちゃんと、9時頃から中野の海神で飲む。外から見る印象よりも店内はかなり広い。ラフテーとかおぼろ豆腐的なものとか豚肉のにんにく焼きなどといった料理をつまみつつ、オリオンと泡盛でよっぱらい、さらに河岸まで変えて3時すぎまで飲んでしまう。

それにしても、最近とみに私は女性の友人から異性として見られなさ過ぎなのではないかと思うのだが、それはこの夜の壮絶なまでの互いのぶっちゃけトークっぷりもさることながら、こないだのしおぴー邸パーティでも感じられたことである。

思えばあの時、会をはける時になって、三茶駅へ戻る道筋が分からぬという初対面の女子に私が駅まで送ろうと提案した時、ちょっと引いてる女子に対してりさんが

「だいじょぶ大丈夫、この人は絶対大丈夫だから

と、私の安全ぶりをものすごい勢いで保証していたのだった。

それはSちゃんが日頃
「お前のアパートには大量のどん兵衛があるだろう」
などとクサされているのとはまた違った方面で、納得いかない見られ方である。

話題はいつしか「今度こんな話を書いてみたいんだけど」って何だか打合せみたいなテーマになり、色々話しているうちに私はなぜか映画「素晴らしき哉、人生!」を語り始めてしまっていたのだが、酒のせいもあるのか、ストーリーのクライマックスを語るうちに粗筋を追ってるだけにも関わらず半泣きになってしまったのだった(Mちゃん的には引く場面)。
恐るべし、キャプラの感動力。

というわけでAllaboutの↓この企画、私はためらいなく「素晴らしき哉、人生!」に一票入れました。

[ なんでもランキング ]−今までで一番泣けた映画は?

その映画を見てる時でなくてもその映画が存在する幸せに涙してしまうというのはある種最強。

ただ、体重に対する流した涙の率という計り方をすると「ドラえもん のび太の宇宙開拓史」が一番をとりそうな感もなきにしもあらず。実は大河原邦男がメカデザインだったらしい。10へェー。

ちなみに上記企画中では「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」が案外イイ線いってしまうのではないか?と推測。
バギーちゃんの捨身の奮闘で有名な作品だが、敵である人工頭脳ポセイドンのギリシア仮面劇を彷彿とさせる秀逸なデザインも印象深い。

1月 17, 2005

欧州2国縦断記(その2)「「恐怖ッッ!!ローマ地獄の終着駅」」

欧州2国縦断記の過去記事はこちら (口上その1

1999年2月、当時大学4年の私は思いつきと勢いだけでイタリア〜パリ16日間の一人旅に出立した。
生協往復8万でゲットしたJAL航空券を握り締めて夜闇につつまれたイタリア半島へ飛来。
その前にたちはだかったのは・・・

さかのぼること、フィウミチーノ空港着陸の数時間前。
眼下には黄金色の粒が銀河のように暗黒の地上に散る、フィレンツェの夜景が広がっている。

私はガイドブック個人旅行−イタリア」をめくり、きたるべきローマ滞在を安全に楽しむための最終チェックに入っていた。
フィウミチーノ空港着陸後は特急でローマ、テルミニ駅にむかい、そこからさらに地下鉄とバスを乗り継いで郊外にあるユース・ホステルへ向かう事になる。
フィレンツェやミラノもそうだが、ここらのユースはけっこう中心地からは離れた場所にあって、ローマのユースもオリンピック選手村を改装したものらしい。(ちなみに五輪ローマ大会は1960年に開催されている)

なるほど、このテルミニ駅が、私のローマ第一歩をしるす地になるわけだ・・・ってチロリと安全情報をみると

「スリ・置き引き・悪徳両替屋の巣。午後7時以降に立ち入るのは出来得る限り避けるべきである」

というようなことが、不届きにもサラリと書いてあるではないか!!

ちなみにフィウミチーノ空港着陸が午後7時、特急列車に乗車してテルミニ駅につくのは午後8時をまわったころになる予定だった。

この記述と自分の予定と重ねあわせ、すぐさま私の脳裏には、カバンを切られて中身だけ持って行かれたかと思えば返す刀でサイフを掏られ、クレカをスキミングされ、あげくはコートを剥がされ、頼る者もない異国の地で丸裸同然で放り出される自分の姿がポワポワ〜ンと浮かぶのであった。

「これは絶対死ぬ」

私は心の底から恐怖におののき、神仏キリストの加護はいうまでもなく、ヒンドゥー教のシバ神・ヴィシュヌ神からペルシャの拝火教祖ツァラトゥストラ、南米アステカの有翼蛇神ケツァルコアトル、はては北杜夫よろしく古代ペリシテ人のダゴンなどに祈りを捧げる始末。

「困った時の神頼み」が唯一の宗教的信条ともいうべき日本人の典型的醜態をさらけ出す中、私の乗る機はゆっくりとフィウミチーノ空港の滑走路に降下してゆくのだった・・・。

・・というような状態で、フィウミチーノ空港に隣接した駅から特急列車に乗車する頃にはもうローマとは全く違う町にでも逃げ出したいような気分だったのだが、ああ、何と言う悪魔の所業か、この駅から出る列車は止め得ない宿命のごとく、一直線にテルミニ駅に向うことになっているのだ。
これぞ地獄の片道切符というべきであろう。

ここに進退窮まった思いを強くして列車の傍らで身を硬くしているちょうどその時、ホームの向こうから巨大なバックパックを背負った日本人男性の2人連れがのっしのっし歩いてきた。

地獄にホトケとはまさにこのこと。
幸運にも私は彼らを道連れにし、一緒にテルミニ駅へむかう段となったのである。

中央大と武蔵大のそれぞれ大学生である彼ら二人は、もう1つ別のグループとスペインを出立し、それぞれ別行動で地中海→エーゲ海ルートと北アフリカルートをたどりトルコで再会する・・・という、いかにもバックパッカーな旅を楽しんでおり、

「やはり機内食ならKLM(オランダ航空)だ、あすこはなんといっても焼きソバが出る

などといった旅慣れた話題で談笑している。
その傍ら、私はといえばスリ、置き引きたむろするテルミニ駅に至る道連れができたことへの安堵で頭がいっぱいでヘラヘラしていながら、ふと「この2人と別れた瞬間、オレはさらわれるやも知れぬ」という考えに胸を突かれてダウナーになったり、1人で感情を起伏させるのに忙しかった。

列車は1時間ほどでローマ市内へ。
突如として窓辺にオレンジ色にライトアップされたローマ帝国時代の遺構が出現したりして大いに私を感激させたりしつつ、列車はテルミニ駅に滑り込んでいくのだった。

異国の空気を胸に吸う余裕もなく、私たち3人はガヤガヤとうるさいテルミニ駅のホームに降り立った。

「ドロボーはあいつか?それともこいつか?」

などと、疑心暗鬼に満ちた眼で周囲を睨む私。

と、バックパッカー二人は私に向き直ってこう言った。

 「じゃ、僕らこのあたりで宿探すんで、ここで」

 えt?

一瞬何を言われたかよく理解できていない私を駅に残し、快活に手を振りながら夜のローマに消えていく二人。

この精神状況で置いてきぼりはあまりにもツラすぎる!と思いはしたものの、日本のYH協会から今夜の滞在を予約している以上このまま「じゃーオレもおんなじとこ泊まるー」とか言ってホイホイついていくわけにもいかず・・・いや、本当はこの時そういう行動をとっても良かったはずなのだが、その時の私にそんな機転などありはしなかったのである。

かくして取り残された私には、一人になって悩む余裕はなかった。ローマのYHには門限があり、何としてもそれまでに宿に到着せねばならぬ。しかも地上ですらものすごーく不穏な雰囲気なのに、ユースに行くにはさらにこの駅の地下にある地下鉄乗り場へ降りていかなければならなかった。

ザワザワと地下から這い登ってくる、いかにもガラの悪そうな声。
私は意を決して地獄の釜のように口を開いた地下鉄行き階段へと踏みこんだ。
そこは・・・。

03_1

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山川静夫似

こんなネタで描きました。
mozartandsho

演奏曲のメイン2つ、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」とショスタコの弦楽四重奏曲第二番から引っ張ってきてるわけですが、モーツァルトはともかくショスタコは「むしろ山川静夫アナに似ている」と関係者間で絶賛。
山川静夫って本も書いてるんですねー。知らんかった。→はてな「山川静夫」

1月 16, 2005

結婚式二次会〜「天井桟敷の人々」で寝ちまった

土曜はグリークラブ時代の同期結婚式に出席。
同期は披露宴司会も先輩に頼み、グリー色強烈な披露宴となった。
私のいたテーブルは元グリーメンだらけのテーブルで、披露宴の間中「民明書房が云々・・・」「カニベースはイタリアの超人なんですよ云々・・」などといった、およそ30歳を間近に控えた男どもとは思えぬ話題に満ち満ちており、実にかぐわしい。
かと思えば新郎のお色直し時の退場テーマが、どこかで聴いたような女声合唱。
「これは・・・メタルギアソリッドだ!!」
おそらく会場でこの曲の出自を知っているのは我が属するテーブルのみ。
そのような香ばしい選曲であることなど新郎新婦の親族は一切分からぬ中、悠然と退場していく新郎の背中に「勝利」を見た私なのだった。
これって完全犯罪だよな・・・。騙された者が騙されたことにも全く気づかぬという意味で。

会場となったホテル東京の和食ならびに洋食のコース料理に舌鼓を打ちまくり、ただただ「もうちょっとムリしていっぱいご祝儀包めばよかった」という念に満たされる。

二次会に行くべく新宿へ移動。
ここでは私とA井氏でギャグ寸劇をやることになっていて、到着早々近場のフレッシュネスバーガーで仕上がり間もない台本のリハ。
酒飲んでるにもかかわらず30分くらいで一切噛まずに暗記でできたのには自分でもびっくり。まだまだ捨てたもんじゃない。
「悲しいときー、披露宴がいつのまにか"究極vs至高"になってて一触即発だったときー」他のマニアックなネタが新郎以外多分ウケてなかった件については、もう気にしない〜♪

二次会終了後、100%グリークラブのコアなメンツで4時まで飲む。超楽しかった。

翌日はしおぴーさん、りさん、しんさん、えのちんというメンバーでシネ・リーブル池袋のマルセル・カルネ監督「天井桟敷の人々」リバイバル上映を鑑賞したのだが、
「ごらん、あれが天井桟敷だよ」
って劇場の桟敷席に文無しながらも芝居大好きな民衆がハチの巣のように群がっているあまりにも幸せなカットに涙しつつも、第二部開始早々、前夜の疲れが出て爆睡。

隣に座っていたえのちんに
「いびきかくのやめてください」
と言われてしまった。

申し訳ない。

りいさんおすすめの池袋裏路地の楊という中華料理店で「激辛ナンコツ」ほか、めっちゃ旨い品々に舌鼓をうつ。
ここでの私は、本来「天井桟敷の人々」がいかに美しい映画であるかについて語るべきところであったのにもかかわらず、前夜の結婚式二次会くじ引きクイズの賞品に「マスターグレードシリーズ ドム」3体(ジェットストリームアタックを完全再現可能!)という物凄い賞品があったという話題から、ファーストガンダムのテーマ性の深さであるとか、「ウルトラセブン」がメイン脚本家である金城哲夫と上原正三によっていかに多層的な意味を託された特撮番組であったか・・等といった、いわゆる「大きいオトモダチ的話題」で熱弁してしまう。
30代も間近になってかぐわしい人間とはまさに私自身ではなかったかと後で自問自答(^^;)

なお、「ウルトラセブン」に託された多層的意味とは何であるのかを手軽に知りたい方には市川森一脚本によるNHKドラマ「私の愛したウルトラセブン」をご覧になることをお勧めする。私もこないだファミリー劇場で再見したが、NHKドラマ的にちょっとあざといかな?と思うのもそこそこに、ベトナム戦争中の日本の立場を「地球防衛軍=日本 セブン=米軍」といった政治的メタファーに託して子供番組の中に織り込ませた脚本家たちの思いが語られたり、さらに脱走したアメリカ兵をかくまう撮影スタッフといった「べ平連」的エピソードが入るのもスゴイと思う(このページで知ったけど、中野区にもべ平連のグループってあったんですね。機関紙読んでみたい)。ラストの「セブン音頭」のシーンに至っては「青春の終わり」を感じさせる夢うつつの祝祭的光景にもはや滂沱の涙。まことにこれは名編だと思う。

なお、同様にウルトラシリーズのメイキングをめぐる話として秀逸である実相寺昭雄の小説「星の林に月の舟」(ちくま文庫所収)もまた、'89年にTBSでドラマ化されているらしいが私はこちらは未見。誰かDVD持ってないかなぁ。

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