「ジェノサイドの丘」(★★★★★)読了
「ジェノサイドの丘 ルワンダ虐殺の隠された真実」を読み終えたので感想など。
mixiに書いたレビューの転載ですので、そちらで読んだ方は読み飛ばしてください。
上巻
------------------------------------------------
幼い時、「自分はいつか必ず殺される運命の人間に生まれついたのだ」と知ったら、人はどうなるのだろう?
政府によってそれが周到に準備され、遠い西欧の国から自分たちを皆殺しにするための兵器が次々と輸入されていると知ったら?
ある日ラジオから不吉なニュースが流れ、一晩中鳴り続ける無気味な音楽とともに、昨日まで挨拶を交わしていた隣人が、自分の首を刎ねるための山刀を持って飛び込んできたら?
昨日まで信仰を捧げていた教会に「お前たちは死なねばならない」と門戸を閉ざされ、やってきた国連軍の見てみぬふりの前で無惨に友人が辱められ殺されていく、そんな状況が目の前に展開したら、私たちは耐えられるだろうか?
本書、「ジェノサイドの丘 ルワンダ虐殺の隠された真実」では、1994年のルワンダで国民の1割にあたる80万人のツチ族が多数派フツ族に属する隣人や先生や親戚たちによって殺され、国際社会がそれを無視した事実が描写される。
民兵たちはフランスから輸入された小火器を使用したが、最も多く使われたのは一般人でも持っている山刀である。プロパガンダに汚された多数派フツ族は木々の枝を払う作業でもするように、犠牲者に斬り付け、首を刎ね、内蔵を引き摺り出したという。女子供も目こぼしの対象にはならなかった。民族自体が「消えればいい」と考えられたのだ。
本書の上巻では、その空前の「ジェノサイド」状況の中で苦しんだ人、隣人殺しを指揮した人、「当たり前のこと」として人々を死から救った勇気ある人たちのことが語られる。
下巻
------------------------------------------------
国中で隣人が隣人によって殺される。あまりにも忌わしい事態は、事態が終了した後も決してその影響を途絶えさせはしないという意味で、いつまで経っても終わることのない悪夢である。
本書の下巻は、「ジェノサイド以後」のルワンダで生きるということがどういうことだったかを丹念に伝える内容だ。
反政府軍RPFはジェノシダレ(虐殺者)に支配されたフツ族政権を打倒する。RPFに追われたフツ族の民衆は、ルワンダの国境を超えてザイールに流れ、そこで難民キャンプを形成する。民間人の中には多数のジェノシダレが入り交じり、彼らは再軍備を整えて逆襲を企図する。その難民キャンプを、国連や人道保護団体が「難民キャンプ」であるという認定の元に援助するという逆説。
やがてこの動きは反撃するルワンダ新政府とウガンダによるザイール政権を打倒する戦い、はてはコンゴ内戦につながっていくのだ。
またその一方で、本書の下巻ではジェノサイドを経験した人々がジェノサイドを実行した人々を再び受け入れて国を再建しなければならない、これまた想像を絶する苦悶と模索が物語られる。
このような状況下では何が正義と呼びうるのかが常に問われる。指導者となった痩身のポール・カガメ将軍、親族を殺された老婆ギルムハツェら無名のルワンダ人たちの横顔、彼らを指して「被害者面し過ぎる」と評する外国人たち。
「恐ろしい状況を経験した痛みには同情する、しかしあなたたちは憎しみを捨てて生きなければならない」と私たちは説きがちである。しかしそうした態度は果たして正しいのだろうか?それは最初から彼らの痛みや苦しみを意識外に置き、シャットアウトする態度ではないのだろうか?。
皆殺しを生き延びてなお生きることの苦しみ−そのような苦しみを耐えてルワンダの人々は今日を生きている。その事実を知る事の意味は、虐殺の事実を知る事と同じくらい大きいのだと、この下巻は説いているかのようだ。
------------------------------------------------
| 固定リンク | コメント (11) | トラックバック (0)


最近のコメント