twitter


2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Flickr

  • www.flickr.com
    This is a Flickr badge showing public photos and videos from k-tanaka. Make your own badge here.

読書メーター

  • 読書メーター
    unpyouの今読んでる本 unpyouの最近読んだ本

« 2005年6月12日 - 2005年6月18日 | トップページ | 2005年6月26日 - 2005年7月2日 »

6月 24, 2005

「『ホテル・ルワンダ』の日本公開を求める会」のHPができた

以前このエントリでもお知らせしたが、ドン・チードル主演による、ルワンダ虐殺を材にとった映画「ホテル・ルワンダ」の日本公開を求める会がmixi上で出来ている。
ついにWEBサイトが立ち上がったということなので当blogでも告知をば。

rwanda
『ホテル・ルワンダ』日本公開を求める会

どのような映画かについては、既出ながら以下。
「ホテル・ルワンダ」は現実版「ドーン・オブ・ザ・デッド」だ - 町山智浩アメリカ日記
現状、公式WEBサイトにはトップとBBSしかコンテンツがないが、これから具体的な署名の方法なども詰めながらコンテンツを追加していくという。

mixi上の当会コミュニティに参加してから判明したことなのだが、運動の主要メンバーの1人が実は私の大学時代の同期だったりして、もちろん個人的にこの映画が見たいという思いが主動機ではあるけど、その意味でも他人事には思えない。
私はこの運動、できるだけ協力していくつもり。

6月 23, 2005

ミュージカル・バトン

Musical Baton というのが「ガーター亭別館」様から回ってきました。ありがとうございます。

海外のブログに端を発する、音楽に関する企画。 音楽に関するいくつかの質問が「バトン」として回ってきたら、自分のブログ上でこれらの質問に答え、次の5人を選びその人にバトンを渡す、というルール。

なんだそうですが、あんまりこういう企画を回して大丈夫だろーと思われるクラシック関連bloggerの知り合いって、私にはほとんどいないのですよ(^^;)
誰に渡していいものか迷っているうちに夜更かししてしまいそうなので、「渡す相手を指名する」以外の質問に回答してみよう。終わらせるのもバトン(指揮棒)を持った人に委ねられてるそうですので。

Q:コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量
A:8.2GB
普段からiTuneで音楽聞いてるのかというとそういうことではなく、お気に入りCD焼いたりしてるので。

Q:今聞いている曲
A:メンデルスゾーン オラトリオ「パウロ」
ブリリアントから出てた超安いやつで、ヘルムート・リリング指揮、チェコ・フィル他。「エリア」とセットで2,000円くらいだったような記憶。だってそれぞれ2枚組ですぜ。内容も素晴しい。
明るく救われたい時はメンデルスゾーンは必携アイテム。
ただし毒に侵されている場合は逆に落ち込むぞ!気をつけろ!(長井秀和?)

Q:最後に買ったCD
こないだ書いたなー。A:パーセルの歌劇「ディドーとエネアス」
トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサート&合唱団。左のマイリスト「聞いている音楽」にamazonリンクあり。

Q:よく聞く、または特別な思い入れのある5曲
最近取り憑かれたようにフィンジ聞いてたのだが、何か今はそうでもない。でもとりあえず一曲はそれでいこうじゃないの。
A:
・フィンジ「弦楽オーケストラのためのロマンス」
・マーラー 交響曲第8番「千人の交響曲」
・マーラー 交響曲第9番
・バルトーク 弦楽四重奏曲第3番
・ショパン 舟歌

マーラーについては以前にも別企画で書いたと思うのでノーコメント。バルトークは以前関わった演奏会でプログラムされており、必要に応じて聞いたら見事ハマって実演でシビれまくり。こういうのは稀で幸せな聴取体験ではないかと。舟歌は自分が死んだら出棺の時にかけてほしい曲。(寒い?)
演奏者については特に指定なし。舟歌は自分にとっての究極のベスト演奏がまだ見つからず。こないだのグリモーもかなり良かったけどねえ。

Q:バトンを渡す5人
ということで、今日はもうメシ食って寝ます(^^;)

P.S.
僕秩のヨシナガさんにも回ってきたみたい。流行してるんだなー。
というか、クラシック周辺だけの流行りかと思った(^^;)

6月 22, 2005

そーめん

050621_23590001.jpg
今夜も自炊モード。素麺と豚の味噌炒め・刻みキャベツ・あとお惣菜で買ってきたコロッケ。
3,000円とか言ってるわりには肉使ってんじゃねえかと言われそうだがちゃんと明日の弁当のおかずにもなりますので(^^;)

6月 21, 2005

チャルメラ

また金曜日まで3,000円で生存せねばならん状況に。
もやしを最大限に活用じゃ!
ということで、今夜はチャルメラにキャベツとWinnyみたいな皮なしウインナーを炒めたやつ+もやし炒めを投入して晩飯(っつーか夜食)に。
050621_dinner

毎度文無しなので、こいつさてはスロットか何かでスってんじゃねえかと思う向きもあろうが、私はギャンブルはマジでやらない。
それは節度というよりも、単に金を賭けることの愉しみが良く分からないからで、これは一種の想像力の欠如ではないかと思う。
つまりギャンブルで金が増えれば買えるものが増えたりやれることが増えるはずなのだが、想像力のないバカなため、手元にある金を増やすことによるメリットよりも、今買える本とか音楽とか観れる映画とか飲める酒に投入してしまうという金欠プロセスを毎月繰り返しているといった次第。

そんなわけで株や利殖などもやる気力が湧かない。まあ、その前に現状では原資がないので問題にもならないが。

6月 19, 2005

読了本と進行本

最近メモってなかったので一気に。
とりあえずはプルースト「失われた時をもとめて」5巻<ゲルマントのほう 2 >-読了。ようやく全10巻のうち前半にあたる部分が終了したわけだが、それにしても「ゲルマントのほう」にあたる2巻は超キツかった。主人公が憧れるゲルマント公爵家付近の社交界が舞台で、大半が気取り澄ました貴族たちの二重にも三重にもわかりにくい「才気」が振りかざされる、鼻持ちならない会話に彩られているのだ。これがスタンダールの嫌ったフランス流の偽善だというなら納得もでき、フランス革命で民衆が奴等をギロチンに送り込んだのもむべなるかなといったところ(←言い過ぎ)。ちょっとエモーショナル的に盛り上がるのは4巻終盤から5巻はじめにかけての祖母の死のくだりと、また同じように死のふちにあるスワンを置いてゲルマント公爵夫妻が舞踏会に出かけていくシーンくらいだ。
そこへいくと6巻からはじまる<ソドムとゴモラ>は、前巻でいきなりびっくりするような神経質ぶりを見せたゲルマント公爵の弟シャルリュスが、実は同性愛者(つまりソドミーな人たちっつーことですね)であることが明かされ、「ソドムってそういうことかー」といきなりわかりやすい展開を見せる。じゃあゴモラの女ってのにはどういうキャラクターが出てくるのやらドキドキドキ。まさか「怪獣王子」の方じゃねえだろうな。

2冊目は中公新書の吉見俊哉著「博覧会の政治学 -まなざしの近代- 」。水晶宮そびえたつ1851年ロンドン万国博から1975年大阪万博までの歴史をなぞりつつ、国威発揚と帝国主義の場であった万国博が、消費する大衆の欲望を引きつけるようになり、その欲望が百貨店やテーマパークなどの常設的消費空間に拡散していくプロセスを語り明かしていく著作。別に読みにくいわけではないが、アカデミックな視点で語られているため時間はかかった。
おもしろいのは博覧会の見世物/アミューズメントパーク的側面である。戦前の日本には内国勧業博覧会を中心に様々な国内博覧会が展開していた。明治政府は第一回内国勧業博の注意書きに「内国勧業博覧会の本旨たる、工芸の進歩を助け、物産貿易の利源を開かしむるにあり。徒に戯玩の場を設けて遊覧の具となすにあらさるなり」と述べてアミューズメントパーク的要素を排除する方針を示す(少し前に東京国立博物館で催された「世紀の祭典 万国博覧会の美術」展では巨大な有田焼などムヤミヤタラに工芸力を誇示した笑える出品物が展示されていたが、これなども肩にかなり力の入った明治政府の博覧会イメージが現れ出た側面と言えるかもしれない)が、人を入れねば巨大な赤字を抱えることになる博覧会運営の都合もあって、その方針からはドンドン逸脱したアヤシゲな見世物空間が続出していくようになる。

当時「快回機」と訳された「木馬に跨がり、愉快に回転する機械」すなわちメリーゴーラウンド、

↑ちょっと怪しい
「乗客を小艇に乗せて、高さ四フィートの台上より、長さ三百十四尺の斜面の軌道を走らせて、池中に墜せば、艇は乱波飛沫の間に没して、暫時、その姿を失ふ」とされたウォーターシュート。

↑余情あふれる表現

などといった遊園地的設備が登場し、人々を単純に楽しませることとなるのだった。
これらのアミューズメントパーク的ノリが明らかに出てきた明治36年の第五回内国勧業博覧会の跡地は、阪堺鉄道系列の大阪建物会社によって開発され、やがて大衆娯楽地「新世界」になっていく。

このように博覧会場を娯楽地として求めてきた大衆の前には、植民地主義に基づく「人間の展示」などといった展示物も供され、興味をひきつけることとなる。1889年パリ万博では会場内に「原住民集落」が建設され、セネガル人・コンゴ人・ニュー・カレドニア人・ジャワ人らが現地の集落を模倣した環境の中に押し込められ、「未開人」として展示された。
4年後の1893年、シカゴ万博における「ミッドウェイ・プレザンス」で実施された、より徹底的な「人間の展示」についてふれた以下のくだりには恐怖さえ覚える。

ミッドウェイの「未開人」は、人類学者たちにより「偉大な実物教材」として迎え入れられ、非白人の世界を野蛮で子供じみたものと見なすアメリカ人の見方を「科学的」に正当化していた。

ここにおいて、人種的偏見と人類学的まなざしと大衆娯楽は相互に絡まり合い、博覧会を訪れた白人たちに心地よい自己確認の場を提供していたのである。

日本でも上記の第五回勧業博では初めての海外植民地である台湾を中心に、学術人類館などといったパビリオンで「人間の展示」が行なわれ、また1910年の日英博では
二箇所は、「アイヌ」村落及び台湾村落にして、(中略)一は蕃社に擬し生蕃此の処に生活し、時に相集りて舞踏したり

といった形でアイヌ民族や台湾の高砂族など、日本帝国にとって「原住民族」と捉えられる人々がこうした人種展示のために輸出されていったようだ。かつて読んだ名著「台湾・霧社に生きる」に登場する、高砂民族の対日蜂起と報復虐殺は、この20年後の昭和五年に起きたできごとである。

最後に村松友視(←正しい字はPC辞書にないみたい)著「ヤスケンの海」
旅先の夜に酒飲みつつ泣きながら読了した。同じ職場の同志としてまたライバルとして働いた著者でなければ描けない、細緻にわたりかつ情熱的な人物伝。村松友視はかなりの記憶魔のようで、ひとつひとつのエピソードの細に入った叙述に驚くが、その人のその人たる所は細かい仕草や反応に出るものなのだなあと思わせる。
これは薄い本なので一気に読んだ。

続きを読む "読了本と進行本" »

映画「ホテル・ルワンダ」を日本で上映させよう運動

というのを趣旨にしたコミュがmixi上にあって、入ってみた。

mixiコミュ「ホテルルワンダ」

映画好きなmixiピープルのみなさんはぜひ入りましょう。

アフリカの小国ルワンダで起きた、多数派フツ族の少数民族ツチ族に対する民族浄化(ジェノサイド)。
その中で、普通のホテル副支配人が自らの知恵・世渡り術だけを頼みに、自動小銃を持った虐殺者たちを騙しすかしながらサバイバルしていくのだが、
その過程で1,000人以上の同胞の生命を救う羽目になっていく、という。
しかも実話が元になっている!
フツ族、ツチ族という名前はずっと昔のニュースで聞いたような、って人は多いと思うが、映画評論家でもある柳下毅一郎氏の訳本「ジェノサイドの丘」ではこの民族浄化の悲惨が綴られている。

次の給料でまず買う本はこれだな。(あとは「59番目のプロポーズ」?^^;)

この映画については、以下の町山智浩氏の日記を一度読めば、映画が好きな人であれば誰でも見たくなると思います。

「ホテル・ルワンダ」は現実版「ドーン・オブ・ザ・デッド」だ - ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記

また以下も参照。

「ホテル・ルワンダ」の日本公開について - ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記

・・見たくなったでしょ。
ちなみに上記記事の最後で町山氏が触れている「売春窟に生まれついて」という映画も激しく見たい。
→町山氏によるレビューはこちら

mixiをやっている人はぜひ「ホテルルワンダ」コミュに入ってほしい。
また、そうでない人向けにも、署名集めサイトなどが立ち上がる情報があれば、当blog上でお知らせをするのでご協力ください。

それにしても・・・

上記記事中で触れられている「エド・ウッド」配給の経緯などを見ていると、おもしろい映画を見分ける能もないオッサンが仕入れ口シメてんのかなあと不安にもなる。
そういう能無しをもプレゼンで落とせるようにマーケティングばっちりやって作りました♪的ハリウッド映画を金払って見させられることもあるが、そんな能無しもマーケティング映画も、全部まとめてゴミ箱に放り込んで火を付けたい。
「映画とは何か」、なんて神学的問いに発展させるつもりはないが、映画はまかり間違っても工業製品じゃねえし、ましてや保険やなんかのサーヴィスでも、ディズニーランドのライドでもないからだ。そんなことは至極当然のこと(南伸坊にならって言えば、アッタリマエのキマリキンタマ)なのだが、不思議と分かっている人はあまりいない。
逆に、そこが分かってると自覚できる人は十二分に「映画好き」なのでしょう。

全然話がそれたが、そんなわけで「映画好き」を自覚できる同志諸兄は、私とともに「ホテル・ルワンダ」の日本公開を希望する声を上げましょう(^^)

熊本いろいろ

050617_kuma01
熊本はとってもいい街だったが、特にイイ感じなのはこうした路面電車の走っている風景。
新潟にも私がコドモの頃は新潟電鉄という路面電車があったのだけど、中心部のターミナル駅が姿を消したのを皮切りに、次々と市の中心部から身を引いていき、オトナになる頃には電鉄そのものがなくなってしまった。

路面電車が現役の頃は、新潟の市内にも古い石造りの建物があったりしたけれども、取り外されていく路面の線路とまるで歩調を合わせるようにそうした風景は着実に死んでいき、やがて東京の裏日本支店みたいなつまらない街に堕していった。
かつては堀端に揺れる柳並木から「柳都」と呼称される風情ある街だったというが、堀も全て埋め立てられた今の新潟からはその面影を垣間見ることもかなわない。

熊本で久しぶりに乗った板張りの路面電車は、10数名の乗客を乗せて自動車道の真ん中を悠々と進んでいくのである。

意味不明なほど巨大なアーケード街「下通り」の中途にあったレコード店の看板。
050617_kuma02
ばってん荒川キター!

050617_kuma03
同じレコード店の店先にあった置き看板。
やはり熊本でも真宗がメジャーなのだろうか?
それに些細な事ながら、熊本といえば天草のある土地だが、現在のキリシタン率は他県に比べて多いのだろうか?県勢要覧のデータを見てみると、宗教法人の数でいえば総数2,847のうち、神道系1,465、仏教系1,186に比べてキリスト教系は50と、大きく水をあけられているようだ。これが全国のデータと比較してどうかは不明。WEB上で公開されている最新の国勢調査結果をみてもよーわからん。あんまり国家的には気にしてないってことかも。

熊本の話からズレたが、もっとも驚いたのは街の昼の貌と夜の貌の違い。
あんなに酔っぱらいが右往左往しキャバ嬢が立ちまくるようだと、アーケードもサイズがでかいわけである。暴走族も走ってるし、色んな意味で盛り上がってて興味深い街なのだった。

住みてぇ〜。
目に入る全てが商品化されていてウザいことこの上ない東京ライフに少々イヤ気がさしてる昨今、地方での暮らしが魅力的に思えてしょうがない。
自動車運転できないため、地方都市では生きていけない身と思われる点がジレンマ。

« 2005年6月12日 - 2005年6月18日 | トップページ | 2005年6月26日 - 2005年7月2日 »