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5月 14, 2005

すごい

みなさんタテノリです!

050514_18210001.jpg

****追記****

帰宅しました・・・
二次会をパスして帰ってきたのだけど、途中「そういえば"のだめカンタービレ"12巻が出てるハズ」と思い出し、あおい書店で買ってフレッシュネスバーガーにて読了。


オクレール先生ステキです。

タイフードフェスタ

気付けばけっこうな酒量です。050514_14260001.jpg

ばか

お昼ころ、銀行ATMで5千円をおろそうとしてたのだが、
ふつう5千円というお金をATMから引っ張り出す場合、タッチパネルで「5」「千」「円」って叩くじゃないっすか。
ところが指が滑って、「5」「円」って叩いちゃったわけです。
でもまあ千円未満は出ないべ、とささいなタッチミスを行なった自分に寛容な気持ちでいたのですが、
すると

 「処理中です・・・」

ん?なんか一旦タスク処理だけはすんのかな?
その後「千円以下のお引き出しはできません」とかエラー出んだろう、と思ってると

 チャリーン。

 ンガーッ(フタの開く音)。

そこにはまごうことなき5円玉 ◎ が!

「すげえっ、銀行ATMって5円からでもおろせるんだ!」という思いと
「ATM使えないなんてオレってひょっとして脳みそサル並みなんじゃないか」という思いが相半ばしつつ、まあ一応ここは前者の「新しいことを発見した」喜びで後者の指摘を覆い隠していたわけです。

そこで気を取り直し、もういっぺん今度こそ「5千円」を降ろそうと再びタッチパネルをたたいたところ、

またしても指が滑って、「5」「円」と叩き

 「処理中です・・」

 チャリーン。

 ンガーッ(フタの開く音)。

再びそこには揺るぎなく5円玉 ◎ が!

あまりに文字どおりの猿行動に、久方ぶりにホモ・サピエンスとしての自分を疑ってしまった、そんな13日の金曜日でした。 _| ̄|○

5月 11, 2005

ロッセリーニ監督によるスタンダール映画化作品-「ヴァニナ・ヴァニニ」

ずっと前にWOWOWで放映されたのを録画してあった、ロベルト・ロッセリーニ監督の1961年作「ヴァニナ・ヴァニニ」を見た。
ロッセリーニといえば「無防備都市」などレアリスモの旗手として有名だが、この映画はフランスの文豪スタンダールのロマンティックな短編小説「ヴァニナ・ヴァニニ」の映画化という珍しいものだ。

この「ヴァニナ・ヴァニニ」、私の最愛のフランス小説であり、この映画化作品があるということを「映画千夜一夜」で知り、しかもそれがロッセリーニ監督だと読んでますます興味をそそられたものだが、いざWOWOWで放映されたのを録画して以来今まで見ていなかった。
なかなかこういうのはタイミングを逃すと後まで引き摺るものなのである・・・

原作はリソルジメント前夜のイタリア、ローマ〜教皇領を舞台に展開する。
ローマの貴族令息たちの偽善と退屈さにあきあきしていた美しいヴァニナ・ヴァニニは、ある日父親が秘かに屋根裏部屋に傷ついた婦人をかくまっているのを見掛け、その不可思議に好奇心をそそられて屋根裏部屋に会いに行くが、そこに居たのは刑務所を女装して脱獄した若き炭焼党(カルボナリ=貴族制と外国勢力支配に反抗する反体制組織)のリーダー、ピエトロ・ミッシリッリだった。彼女は貴族の身でありながら、自分達が属する貴族制を崩す活動をしている炭焼党員の多大なる情熱に心を動かされ、恋の炎に身を焦がしていく・・というストーリー。
とにかく、ヒロインであるヴァニニ公令嬢ヴァニナ役のサンドラ・ミーロの美しさが素晴しく、またリソルジメント期のイタリアを再現する美術も質の高いものである。
原作の端正かつ省略の多い文章では描かれていない、炭焼党vs政府軍の戦いが描かれているのも注目どころで、原作ファンとしてはかなり楽しめるものだった。
ミッシリッリの女装が即バレするところ、また後半でヴァニナが男装して警視総監を脅迫するくだりが変更されているあたりは逆に原作ファンとしては残念。ここがかっこいいのにね。手元にある岩波文庫版(生島遼一訳)から該当部分を抜粋すると

閣下はあわてて寝台に走りより短銃を握った。そうして窓のそばにおずおず歩みよろうとすると中から家のお仕着せをきたたいそう若い男がやはり短銃を持ってあらわれた。それを見るや、総監は短銃にねらいをつけて射とうとした。と、青年は笑いながらこういった。

「なんですか閣下。ヴァニナ・ヴァニニがおわかりになりませんか」

「こ、これは何のためのいたずらだ!」総監はすっかり腹を立ててとがめた。

「まあ落ちついてお話しましょうよ。それにあなたの短銃の弾丸はぬいてありますから」


このあたりのやり取りはぜひ映画版で見たかったところである。冒頭のミッシリッリの女装/終盤のヴァニナの男装という対照の妙はスタンダールも狙ったところではないかと思うのだが、ロッセリーニにとってはちょっと荒唐無稽にすぎると思われたのかもしれない。(★★★★)

原作小説は削りに削って凝縮された文体と情炎ほとばしるストーリーが素晴しいもので、スタンダールをこれから読む人や、何か読んだことあるけど今イチだったなという人にもぜひ読んでほしい名編である。
現在比較的手に入りやすいのは前掲の岩波文庫版だと思うが、個人的には角川文庫から出ていた宗左近訳を推したい。

5月 10, 2005

止の字が気になる日。

何の気なしに缶コーヒー「WONDA SHOT&SHOT」を飲んでたんですけどね。
缶の脇に「止まらない新・微糖」って書いてある。

・・って、何が止まらないの?
「どんどん微糖になっていく、この缶コーヒー微糖化の流れは誰にも止められないぜ
ってことかな。
でもだったら「微糖化が止まらない」or「止まらない微糖化」だろうしなあ・・
と思って首をひねっていたのだが、WEBサイトを読んでみると「甘さスッキリ→何本でも飲める→止まらない」
ということらしい。

「(飲むのが)止まらない新微糖」ってことかフーンと思いながら、なんか飲下せない日本語だなあと思うのだった。

そんな折帰宅途中の自販機をふと見てみると、どうも身勝手駐輪に困っているらしく、力強い貼り紙。
050510_21530001.jpg

ん?!

050510_00

050510_01

050510_02


お、惜しい誤字出たーー!!


PA・KU・RI☆ >パクリ元はこちら

こちらはよほど駐輪の流れを止めたかったらしく、二文字の中に「止」という字が二回も登場している。
日本語としては間違っているが、その勢いは買える。

ということで「止」の字が妙に気に止まる日なのでした。

(↑上記文章の中に1箇所、誤字が含まれております)

夕食(夜食)blog

手持ちの金子が少ない時に、鶏の胸肉はありがたい。
ホールトマトとほうれん草といっしょにしてトマトソースパスタにしてみる。味付けにはケチャップを使いました。
050509_dinner
ちょっと乗ってるのは雪印の切れてるチーズ&チーズ。ゴーダチーズとチェダーチーズを重ねて3層にしました、ってものなのだが、これを短冊状に切ったりサイコロ状に切ったりすると彩りになっておもしろい。

明日の朝食&弁当のためにシャトル鍋でトマト煮込みを仕込んでおく。
そういえばGWが明けたのに、「失われた時を求めて」5巻はまだようやく5分の3程度読みすすめられたくらい。
日々、寝る前に少しずつ読み進めるしかないか。しかし、もうパリの社交界の話はいいかげんうんざりしてきたぞ(^^;)。
舞城王太郎が解毒剤。(←ってのも珍しい話だと思うが)

マレーバクへの思いがどんどん高まり、ついに会社PCの壁紙に設定してしまった。
ちょっと無気味に思われていやしないかどドキドキもの。

5月 09, 2005

表参道ブランチ会〜「ゴッホ展」

りいさんのお声がかりで表参道のカフェで行なわれた「新緑を楽しむ」ブランチ会へ。
時間があればまた→この時050403_15500001_zoomのようにキモノ出撃かと考えていたけど、気付いてみるとけっこうな時間で慌てて家を出る。
20人くらいで盛況。福岡から飛行機で駆け付けた、ぶしょうひげボーボーのしんさんとも会えたしよかったよかった。

りいさんと千葉の動物園にマレーバク(→こんなやつだ)を見に行くか!?という案もあったが、ブランチ会をはけてみると、千葉についた途端に閉園してしまいそうな時間帯だったため、断念。
そこで、竹橋の東京国立近代美術館で催されている「ゴッホ展」を見に行くことに。
大混雑っぷりがムカつくこの展覧会、やはり20分ほど待たされたが、しかし混むだけの内容はあって、かなり満足できた。

個人的に気に入っている版画に気に入りの詩文を装飾的に書き付けて弟にプレゼントするなど、幼少期のゴッホは気の効いた文科系少年だったようである。パリに出てからはゾラ、モーパッサン、ゴンクールなど多くの自然主義文学を好み、それら本の絵をいくつも書くなどしており、本好きの属性が強いことをうかがわせる。
ゴッホが印象派・浮世絵の画法を貪欲に取り入れてきたことは良く知られているが、オランダ時代からその絵を愛し続けてきた先進者ミレーが開拓した「種まく人」というモティーフを、自分なりに再構築して描いた作品なんてのがある。このゴッホ版「種まく人」、彼なりの輝きにみちた色彩や、太陽を画の中心に置いた構図などに感じられる意志の強靱さが非常に面白い。(この強靱さがのちに狂人さに転じるわけですな・・などと不謹慎な地口)
展覧会のプロモーションで多用されている「夜のカフェテラス」は、まるでお伽話絵本の挿画のような柔らかさに包まれた「夜」が実に素晴しい雰囲気を伝えているし、晩年の「サン=レミの療養院の庭」「糸杉と星の見える道」なども素晴しい。

この展覧会がいいのはゴッホだけでなく、ゴッホ美術館、クレラー=ミュラー美術館の両館に所蔵されているゴッホ周辺の画家たち(シニャック、ピサロ、ミレー、ベルナール、セザンヌなど名品が多い)の作品が展示されていること、それとゴッホという人をしのばせる、身の回り品などが展示されていることである。
色の補色同士を寄り合わせた毛糸玉が詰まった朱色の木箱が展示されているのだけど、これなどはその中から時折毛糸玉を手にとっては色の配置を考える画家の横顔を想像させるもので、非常に興味深いものだった。

休日の日中は激混みの展覧会のようだが、会期中は木・金・土・日・祝の午後8時まで開館するということで、平日の夜などは狙い目ではないかと思う。

お壕を臨める館内のレストランでディナーを食べ(ブイヤベースなどがおいしかった)、さらに常設展も夜8時の閉館ギリギリまで観て、近代美術館を堪能した午後でした。

5月 08, 2005

「エレニの旅」は3部作の今後に期待/で、DVDで「忘れじの面影」観ました

何度か「見れなかった」ばかりエントリに書いてきたテオ・アンゲロプロス監督の最新作「エレニの旅」
いいかげん見ようぜ、検索ワードでこのblog来てる人もいるわけだし、ということで午後から日比谷シャンテ・シネへ。
思い返してみるとこの現代ギリシアの巨匠の映画、それほど観ているわけではなく、一番最初に観たのはやはりシャンテ・シネで「ユリシーズの瞳」だったが途中寝まくり、今となってはハーヴェイ・カイテルの全裸がキツかったことしか覚えていない(^^;)。
次に観たのが「永遠と一日」だったのだがこれは余りにも琴線に触れまくる大傑作であり、音楽も素晴しかったのでエレニ・カラインドルーのサントラも買い、たまに取り出して聴いている。

ブルーノ・ガンツと難民の少年がめぐる時間を超えた旅、永遠を凝縮した一日の出来事、生と死、霧の中で呼ばわる声、ほんとうに詩に満ちた素晴しい映画だったと思う。
「永遠と一日」の素晴しさに当てられてビデオで観た「シテール島への船出」もやはり大傑作であり、これで一気にアンゲロプロスの個人的株は上がったものの、やはり長いんでなかなかその後手を出しかねていた。

そんなわけで久方ぶりのアンゲロプロス作品ということで結構意気込んでいたのだが、今回の「エレニの旅」はどうも今一つ彼の語る現代史の世界に浸りきれなかったきらいがある。
こんなことをいうとファンには怒られるかもしれないが、彼の映画で繰り返し出てくるモティーフはややもすると自己模倣の退屈さに陥りかねないところがあるのではないか?水没する村「ニュー・オデッサ」をデジタル処理を一切使わず自然の中に構築した映画としてのエネルギーは凄いと思うし、カットの長さも本当に贅沢だと思うけど、残念ながらノリきれなかった。ラストも「投げっぱなしか?」などと思ってしまったし。
とは言え部分的に素晴しいシーンはあって、テサロニキに落ち延びてきた難民たちが当地のオペラ劇場を住宅にしており、みんなボックス席に寝泊まりしているのだが、住民でもあるオペラ歌手の歌うソプラノが場内に響いていたりするシーンはすごく素敵だった。
今回の作品は3部作の劈頭を飾るものということなので、次回作に期待することにしよう。(★★☆)

これ1本で今日を終わらせるのももったいないなと思いつつ中野のRAREに入ってみたところ、まるで準備されていたかのように適切な映画を発見。マックス・オフュルス監督の「忘れじの面影」である。
これは実はまだ高校生のころにマイク水野(^^;)がセレクトした深夜名画劇場で一度観ているのだが、その時はジョーン・フォンティーンの「恋に夢見る乙女」っぽいところが鼻につき、いかにも自分に合わないラブロマンスと思ったものの、後にオフュルスの素晴しくソフィスティケイテッドな映画(「輪舞」とかね)を観るにつけ、もう一度見返しておきたい映画だと思った1本なのだった。
そんなノリで観たのだが、こちらは実に美に満ちた映画時間を楽しむことができた。
ツヴァイクの小説「未知の女からの手紙」を原作に、20世紀はじめのウィーンを舞台にさやかに語られる一人の女性の生涯に渡る愛。甘い陶酔と、その裏腹の苦さがウィーンの石畳の上に描写されるこの雰囲気、オフュルスの面目躍如。
ジョーン・フォンティーンが少女時代を演じるくだりは流石にちょっとムリがあるでしょ、と思ったが、後半の貴婦人役では素晴しい光を放っており、このへんは高校生の頃にはちょっと目に入らなかった魅力だなと再発見。フォンティーンが尽す相手のルイ・ジュールダンよりも、彼の執事として2人の知られざる物語を見つめていくアート・スミスの脇役ぶりが非常にいい仕事。
いい映画とはとりもなおさず、脇役の存在が光る映画なのだと思うのだった。(★★★★☆)

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