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5月 06, 2005

手巻き寿司およばれ/「ドク・ホリデイ」「ファミリー・プロット」

遅く起き出す。
ブランチとして、冷蔵しておいたポトフの残りに茹でたアスパラと焼いた豚肉を入れてスープパスタに。
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あんまり具の残ってないポトフ汁をどうすっかと思っていたが、名案であった(おいしかった)。
三連休で「失われた時を求めて」5巻を読み通せればと思っていたが、まだまだ3分の1くらい。

晩は仙川に手巻寿司をおよばれしているので、それまでビデオでも見ようと、ずっと前に中古VHSで買ったフランク・ペリー監督「ドク・ホリデイ」を観る。

伝説的カルト映画「女優フランシス」で有名な監督フランク・ペリーは、かつては「泳ぐひと」などでニューシネマの旗手と目されていた一人で、この映画も極悪非道な権力者ワイアット・ア−プがクラントン一家を騙し討ちにする過程を描くという、オルタナティヴな視点を提供する(笑)西部劇。ステイシー・キーチ演じるドク・ホリデイは娼婦フェイ・ダナウェイを囲い、それまでの自分にケリを付けて新しい人生を歩もうとするが、その手は血に汚れきったものだ。
フェイ・ダナウェイが帰宅したドクを「痩せぎす!」と呼ぶとステイシー・キーチが「売女!」と返すようなシナリオを書いたのは、コラムニストとして有名なピート・ハミル。腐り切った権力を振りかざす連邦保安官ア−プの描写には気骨がみなぎっているのだが、映画として面白いかというと、微妙(^^;)(★★☆)

寿司のために大葉をスーパーで探したのだけど3店鋪巡ってもどこも売り切れ。子供の日って手巻寿司が売れる日だったのだと初めて知った。
およばれ先のお宅で子供たちとウノやったりオセロやったり。兄8歳弟6歳と、随分大きくなったものだが、6歳でもやっぱりノートにカブト虫のウンコとか書いて喜ぶもんなんだなあ。自分もそうだったろうか。
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仙川のリトル・リヒテル。光線の具合で妙に神格化(^^;)

帰宅してから、DVDでヒチコックの「ファミリー・プロット」を観る。遺作にも関わらずこれまで何故か観てなかったが、めちゃくちゃ面白い。

名前も住所も一切不明な大富豪の遺産相続人を見つける仕事を、インチキ霊媒師女とその恋人が請け負うストーリーから始まり、ここに絶妙のコンビネーションで身代金誘拐を達成していく宝石商とその妻(?)のストーリーが交錯していくスリラー。この二組の男女の対比も面白いのだが、回りのキャラクターたちのディティールの描き方がまた明快ながら実に細やかで、何と情報量の多い映画だろうかと感心せずにいられない。
また官憲の敢えて一面的なキャラクター造型や、緊迫する山中の取り引きシーンに子供5人連れた牧師がコーラ飲みに来る等といったヒッチ的話法も楽しく、実に芳醇きわまる映画である。素晴しい!(★★★★☆)

5月 05, 2005

ボーリング→飲み会の職員たち

13人が「死傷者多数」認識=懇親会で話題−3次会も、JR西のボウリング問題

参加者は全員非番で、13人は自宅のテレビや友人からのメールで死傷者発生に気付いた。 しかし、上司や先輩に遠慮し、誰も事故の深刻さや中止について言い出さず、うち5人は大会後の居酒屋での懇親会で飲酒していた。

ある程度大企業、または気分的に大企業な組織とかにいると、こういうケースはいくらでもありうるものだと思う。「自分のディビジョン以外で起きてることは別の島宇宙で起こってること」くらいのノリ、口をきわめて批判してる人たちの身の回りにも良く見かけられるんじゃねえの〜と思われるがいかがだろうか。
それよりは、周囲がそういうノリでありさえすれば簡単に迎合してしまう、組織員の主体性のなさこそが問題だったのだろうし、それは何もJR西日本だけの問題ではなく、「ちゃんとしてる組織」に属してる人にさえ及びうる問題ではないかと思う。
「組織の体質」が度々取り沙汰されるけど、単にそれは紙面に書きやすいからヤリ玉にあげているに過ぎない。

こういう主体性のなさをみると日本人って前近代的な民族だなあと思うし、これこそ天皇制が生きながらえている理由なのだろう。

レディースデー呪怨/「甘い人生」「クライシス・オブ・アメリカ」/夕食@ミス・サイゴン→カラオケ

4時からユナイテッドシネマとしまえんでジョナサン・デミ監督「クライシス・オブ・アメリカ」を見、その後カラオケに行くという予定がたっていたので、その前にアンゲロプロスの「エレニの旅」を見よう!と思い、初回11:30に間に合うよう息せき切って日比谷にかけつけたところ、立ち見/立ち見/立ち見の上に券売窓口前には大行列という状況。
なんでも「レデースデー」なるものが世間にはありそれが毎週水曜日なのだそうで、5/4はGWど真ん中休日なこともあってこんな有り得ない混雑になっているようだ。
前売を買いに走る余裕などない時間に到着しているため、すでにして一般1800円払うしかない状態なのだが、それでバカみたいに並んだ上、立ちでアンゲロプロスのクソ長い映画を観るのは消耗だなと思い、別の選択肢としてアレハンドロ・アメナーバルの「海を飛ぶ夢」を観るのはどうだと思ったのだが、これは「エレニ」を更に上回るド混雑。ホトホトうんざり。これじゃ男子にとっては劇場行く気がレデュース(reduce:(vi) 減る; 減量する)する日である。
日比谷を後にして別の映画を見ようと銀座を徘徊する。

しかし銀座のハコはマリオンもどこも蛇がのたくったように行列ができあがっていて、まあシネパトスなら女コドモは出入りすまいとも思うものの、「レジェンド/三蔵法師の秘宝」のために東銀座方面まで行くのもダルい気がしてしまう。どうせ4時には行くのだからと豊島園に転進。ああ、ムダな回り道で電車賃使ってしまった・・。
1時20分ころにユナイテッドシネマとしまえんに着き、キム・ジウン監督の韓国ノワール「甘い人生」を見る。
「ビョン様」などと呼ばれて変なロマンス映画っぽいものとかに出てるイ・ビョンホン主演の映画だが、「甘い人生」に関してはもちろんノワール映画だから見たのであって別段ビョン様に興味があるわけではない。「甘い人生」ってタイトルは一種の皮肉で、内実は暗黒街血みどろバイオレンス映画である。
マフィア親玉の愛人である若い女性のお目付を言い付けられた凄腕の男がイ・ビョンホンの演じる主人公。もし女性が他の男と密通をしていたら、すぐに報告するか相手を始末しろと言い付けられていたビョンホンは、女性が恋人と一緒に居る現場を抑えて一度は親玉に報告をしようとするが、つい目こぼしをしてしまう。このことで男はそれまでの順調な暗黒街人生を踏み外し、一転して親玉の復讐を受けることになる・・。「暗黒街の顔役」ならジョージ・ラフトの役柄かな?

予告編からはバイオレンスの間にこの女性とのロマンスが描かれるのかと想像してしまうのだが、女性との心情的交流はほとんど描かれず、とにかく「韓国人ってやっぱ流血好きなのかな」と思わずにいられない血みどろ脳漿飛散バトルが展開する。もうちょっとで人間を生きながら解体しそうな勢いのシーンさえあったが、そこまで行くのは流石にヤバいと思ったか。この暴力と悲惨渦巻く中に時折ヒロインの思い出が顔を出すため、大した思い出でもない割に美しく見えるのが演出の妙。報われない愛情は本人にとって(だけは)美しいものなのだ。
ここでもやはりレデースデー故におばちゃんが押し寄せており、映画前半でビョン様の上半身裸カットに眼福眼福という雰囲気が漂いかなりキモかったのだが、後半一転して極悪流血惨事の連続に、「あらまぁ」「あー」と劇場のあちこちから嘆息が。(ザマミロ!と思ったのは内緒)
この監督、映画上手いなあと思うし数々の興味深いショットなどもあるのだけど、肝心のビョンホンがラストあたりで泣きじゃくるのがいただけない。いや、人間なのだから泣きじゃくってもいいんだろうけど、ここでそれやったら「甘い俳優」に見えてしまうと思うのだがどうだろう。ここでハードさが一気に弛んでしまった。
黒めのユーモアも各所に入っており笑わせてくれる。(★★★)

映画がはけた後豊島園駅前のベンチでしばらく読書などした後、しおぴーさん、りいさんと合流して再びユナイテッドシネマとしまえんでジョナサン・デミ監督「クライシス・オブ・アメリカ」を見る。
ジョン・フランケンハイマーの1962年作「影なき狙撃者」のリメーク。私はオリジナルは見ていないのだが世評は良いようだ

暗号を電話なんかで言うと普段はふつうに生活してる人(実は洗脳されてる)が破壊活動を行なうってネタでは、他に「テレフォン」なんて面白いのもありました。今調べてみたらドン・シーゲル監督だったんですなー。
オリジナルは朝鮮戦争だが、こちらは湾岸戦争の戦功で英雄となった男が副大統領候補となりホワイトハウスに乗り込もうとする、しかしその湾岸での戦功は証言者たちに洗脳を施したことによるでっち上げであり、副大統領候補も母親の野望の道具として洗脳を受けたロボットに過ぎなかったという話。この母親がメリル・ストリープであり息子がリーヴ・シュレイバーというからかなりコワイ。リーヴ・シュレイバーのどことなく神経の細そうな顔だちって、あやつられて人殺ししそうな雰囲気あるからな−。
主人公のデンゼル・ワシントンも戦争後遺症+洗脳のために精神的に不安定であり、真相を追う過程でどんどん偏執狂的になっていく。ハタから見てると「タクシー・ドライバー」のデ・ニーロとあまり変わらん胡散臭さである。普通こういう映画では、不安定な主人公と対比して安定極まりないサブキャラが登場し観客をほっとさせるものだが、そういうキャラクターを一切配置しないジョナサン・デミは真性のS気質映画監督とみた。
ポリティカルサスペンスというよりサイコサスペンス、昔風にいうと神経衰弱系の映画である。(★★★)
一瞬「呪怨」よりコワく見えるカットなどもいくつかあった。
音楽は「サイダーハウス・ルール」「ショコラ」のレイチェル・ポートマン。こんな仕事もするんですねえ。

終了後は渋谷に移動し、ベトナム料理屋「ミス・サイゴン」で夕食を食べてからカラオケに。
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私は好きなように(特撮ソングとか)歌わせてもらいました。

5月 03, 2005

ひきこもり日和

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今日はゆっくり家で本でも読みながら過ごそうと思いつつ遅めの昼食。
トマト風味おじやのつもりだったが、ケチャップ足りなくていまいち味足らず。ゆでたブロッコリにマヨネーズかけて食ったがそれが一番うまかった。

ところで、例えばドラマなんかで

「私なんて幸せになれない宿命なのよ」

とか根拠もなく言ってる人が出てきたりするが、気持ちはわからんでもない。
そういう宿命とか水子(笑)とかといった、自分とは関連性のない他の諸力が働いているせいにした方が気がラクなんじゃないか?と思う時ってあるからなー。

私とて、これは早良親王の祟りだとか柳生一族の陰謀のせいだと思った方がまだ割り切れるのではないかと思うし、まあそこまではないにしても、占いかなんかに答え求めようかという気分にすらなることがある。

やらないですけどね(^^;)

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んで夜は肉じゃが。
こちらは癒されるほどのうまさ。
でもあぶなく煮くずれるとこだったぜ、ふー。

DVDでセルジオ・レオーネ監督「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」見る。

想像していたよりもずっと難解なマフィア映画だった(^^;)
電話のベルや鍵などの事物を引き金に回想が始まる手法は、プルーストの小説を連想させ、かと思うとドライヤー映画へのあからさまなオマージュがあったりと盛り沢山なのだけど、ちょっと詰め込みすぎじゃねえのとも思う。
何にしても、酒飲みながら見る映画じゃないですな。途中で寝たりはしなかったけど。

「人々の幸福を求めて」

JR福知山線脱線事故は、私たちが電車の運行というものに求める過剰な期待と、それを神聖な目的として「邁進」してきたJRという組織がどんな事態を生み出したかをまざまざと見せつけてくれた事態だった。

幸福の追求を目的として始まったはずの運動や機構が、いつしか自己目的化をきわめ、その活動が極端に「純潔」に運用されることによって、結局のところそれに関わる人々の不幸を呼び込んでしまうというプロセスは、実はわが国においては度々聞かれるところではないかと思う。
太平洋戦争におけるバンザイ特攻、連合赤軍の血の粛清、サラリーマンの過労死や自殺などを想起したとき、何かわが国の人々が共通して抱えている宿業のようなものを感じずにはいられない。

「目の前の人を幸せにするために自分たちの職務があるはずだ」と感じる仕組みがあるならば、運転手は安全を度外視してスピードを上げる必要はなかっただろう。
しかし、人々を乗せた運転手は目前のタスクが要求する重圧に負けて、崩壊へのアクセルを踏み込んでしまった。

何故、マスコミはこのわが国社会そのものが持っている根本的異常さについての検証を深めようとはしないのか?
彼らもまた、「社会の木鐸」としての矜持を自己目的化させることにより、「人々が幸せになるためには何を報じたら良いのか」を忘れてしまっているのだろうか?悲しいことに今回の事件報道は、頼まれてもいない仇討ちをかって出るヒマな用心棒さながら、勘違いした報道姿勢ばかりが突っ走っているようである。

この事態について納得できるスタンスを持ったblogエントリだなと思われる擬藤岡屋日記様によれば、こうした問題に関し指摘を行なっているのは国内メディアであるよりもNewYorkTimesのような海外メディアであるようだ。
日本の鉄道運行を巡って充満する"No Flexibility"や異常なまでの時間厳守(punctuality)への追求について直接的にふれたNewYorkTimesの記事を受け、擬藤岡屋日記では

安全第一が使命ともいえる鉄道経営とはいえ、経済性を度外視したfail-safe systemの導入は不可能であろうし、もし可能だとしてもそれを全て運賃に反映させることは利用者は簡単には容認しないであろう。このような我々および社会のpunctualityに対する信仰に近いdemandがある限り残念ながら今後もこのような悲劇を避けることは難しいように思われる。

と、適確なコメントが述べられている。

正確な運行時間とは、そもそも何のために保持されるもので、それによって誰が幸せになれるのだろうか?
それは乗客を危険にさらしてまでも手に入れるべき価値なのか?

「人々の幸福を求めて」という名の元に、関わっている自分や目の前の人の幸福が見えなくなるような傾向は、日本社会に無気味な通奏低音のように鳴り響き続けているものではなかろうかと思う。
そうした傾向の存在を認識しそれと戦うことが、この惨事を経験した私たちに求められることではないかと思う。

 ・・話広げすぎてましたらすみません(^^;)

5月 02, 2005

私はいまだにMac OS9.2ですが

Tigerという商標を持つ会社がAppleに対して差し止め請求を出したのだそうで。

米国のオンライン小売り業者であるTiger Directはフロリダ地区米連邦地方裁判所に対し、Appleへの差し止め請求を申し立てた。

Mac OS X“Tiger”、虎の尾を踏む - ITmedia Newsより

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0504/30/news002.html

こうなると日本人としては、あの会社の行動が気になりますよね!

tiger
↑あの会社

ねずみ帝国的テイスト漂うこんなキャラクターもいるのだそうで、熱いぞ、魔法瓶。

5月 01, 2005

ランチジャー買った

昨夜ドンキでランチジャー買ったので、今日はどっか持ってって昼飯食おうと思ったけど結局中で食べました。
いつもの画像にくらべて、何かプロモーションっぽいまでの日当たりの良さなのは、昼メシだったからでした。
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まだ残ってた鶏のハツを煮込んでリーフレタスといっしょに盛っておかずとしました。
うーむ、上天気だから映画でも見よう!(不明)と思ってシャンテ・シネにアンゲロプロスの新作「エレニの旅」を見に行こうと家を出るも、途中で間に合わないことが判明。
結局丸の内オアゾに入ってる丸善で「失われた時をもとめて」5巻,6巻をGET。

ようやく4巻読み終わったので、GWには一気に6巻読了まで・・ってのはムリにしてもある程度読み進めたいもので。30歳以前全10巻コンプリート、まだ諦めるには早い。
気分転換にはこんなのも読んでます。

明日の葛西臨海公園ピクニックのためのお弁当仕込みをしながら晩飯。
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なんとか日中は晴れそうな勢い。頼むでー。

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