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3月 30, 2005

私は変わったのかな?

なんだか29にもなって恥ずかしいことを書くのだが、
ごく最近まで、私はあまり他人と関わることに興味を持っていなかった。

まあ、分かりやすい例でいうと
「大学に入ったのは、色んな土地から来た色んな人と出会いたいからです!」とか、
「自分の財産は、これまでに出会った色んな人ですね!」とかあるじゃないっすか。
そういうのがいまひとつヒフ感覚として理解できなかった。
「人ってそんなに面白いか?」
「他人と関わることって、そのこと自体だけでそんな楽しめるもん?」
という思いを抱いていたというのが正直なところ。

これっていわゆる、ミザントロープ(人間嫌い)ってやつなのでしょうか・・・

いやいや、もちろん人間観察が嫌いなわけじゃないし、いろいろ分析したりとかするんですけどね。
結局それって、自分から見た世界の中にある一つの構成要素として、位置付けを目的として分析したりするわけである。
確かに、例外的に私の人間形成にとってなくてはならない存在だったと言い得る数少ない人は散見される。(高校時代の文芸部の先輩なんかは、まったくもって不可欠の存在でした)
ただそういうのは稀な話で、大きな影響を受けて自分をアップデートしていく青春の一時期を除くと、こういう観念的な人間はおおむね

自分|世界

の二項対立的構図の中で、世界を「観覧」する立場でモノゴトを見るものだから、
けっこうスタンスのブレがなく泰然自若とし、他人からのイイ影響だとか悪い影響だとか、そういうコト自体あんまり興味なかったりするわけです。
ひとことでいえばマイペースってことになるんだろうが(^^;)

いきおい、「"面白い人"にたくさん出会いたーい!」みたいな欲求って少量になってしまっていて、
どっちかっていうとそういう世界の面白い部分を拡大したり誇張したり歪めてみたりする芸術作品の方に、現実目の前に存在する人間より重きを置いていたりする。(失礼な話だ・・)

だからといって「寂しい人生だったんだね」なんて心配はご無用です。
[自分|世界]の価値観の中で世界を観察する人間、というのは面白がりが多いので、案外

自分<世界

という感じで、周囲の世界から色んなものを吸収するのが面白くてしょうがなく、あんまり自分のモノ寂しさを振り返ったりしないものである。
世界の面白さを自分の観念の中に導入していくことに全力をかけているので、寂しさってのは意外とたまにしか感じないわけです。
これは例えば博物学者とかに多い人格なのではないかと思う。

逆に、「人に関わったりすることが楽しいんです−」とか吹聴する人の中には、けっこう

自分>世界

な価値観の人がいたりするんじゃないかと類推。
そういう価値観自体は、悪いことばかりじゃなくていい働きをすることもあり得るとは思うけど、
[自分>世界]という価値観を極端におしすすめて、世界のモノゴトはすべて自分の欲望を充足させるためにある、とか思っちゃってる香ばしい人なんかを想定してみると、なんか世界のどこ切ってきても自分の役に立つか立たないかで色分けされてて、多分自分の役に立たないものなぞ存在する意味すら有り得ないものどもであったりして、それって極端に寂しくてつまんねえ世界に包囲されてる状態なんじゃん?等とも思うわけです。(いや、あくまで想像ですよ、想像)

恐らくこういう自分の観念的人格が形成されたルーツには、自分の幼少年期における、いじめられっ子時代とか、クラスのすみっこにいるよくわかんないキャラ時代とかが関わっていることだろうと思う。
長い幼少年期に私は、自分のおたくな志向が周囲のコミュニティに受け入れられないせいで、排除されたり壁のむこうに追いやられているのだろうナとずっと思っていた。
そういう自己意識の積み重ねは、観念的な人格形成に到らないはずがない。
幼少年期に他人とのつながりに充足を得られたためしがないとしたら、観念の世界に身を置くことでしか、自らの存在を守り世界を楽しむ方策はないと思われるからだ。
多くの観念論的青年を描いたかつての文学作品は、実はそういう同じような青春を辿ってきた人たちにとっての「ああ、この本の中にもオレがいる」的な魂の避難所として働いてきたのだと思う。

えーっと何の話だっけ。
そうそう、自分が長く他人と関わることにキョーミなかったよんって話でした。
ところがここ最近、こんな自分を受け入れてくれるコミュニティが増えてきたこともあるのか、
何か妙に「人」に出会うことが面白くなっていたりする。
それなんで結構マメにパーティーとかなんとか会とか出席したりしているわけですが、
30前にして、ようやく他人が自分に関わってくれること、自分の存在が他人に関わることでなんらかの影響をおよぼし得る(と思うだけかもしれないが)ことが、実はけっこう面白いことなんじゃない?って思えるようになってきたということでしょうか。

これは徐々に、静かに認識されてきたことで、まだはっきりした輪郭を持った自覚にはなっていないのだけど、
実は自分はこれまでの観念的人格を変えつつあるのかもしれない・・、と、ちょっと驚きとともにワクワクを感じている最近なのでした。

マジで自分以外わかりにくい文章だと思いますが。乱文失礼(^^;)

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コメント

今晩は。
私の場合、中国人に対しては「違った環境と文化で育ってるから理解できるまで丁寧に説明しないと」と我慢できるのですが、その反動(?)で、日本人なのに理解できない人には、非常に腹がたったりする事があり、やっぱ新しい出会いみたいなのはできるだけ勘弁!!って感じでした。
昔沖縄の国際通りで「あなたは見逃し三振ばかり。ホームラン打てなくてもいいからともかく振りなさい」とアドバイスを受けた私ですが、最近はやっぱ外出ると素晴らしい人(女性とかでなくて)と出会える事も多いのに気づきました。犬も歩けば棒にあたる。人間でも閉じこもっていたら棒にすらあたらないって感じですか。
学生時代って友達は一緒のクラスの中からとか、与えられる状況の中から選ばなければならなかったりするけど、ネットが今みたいな状況になると、興味の対象が似ている人から選べたりするようになるし、歳とともに、それなりに人付き合いもそつなくこなせる(?)ようになるからですかねえ~。
でも異業種交流会みたいなのは・・・交流することに意味があるって、仕事ならしょうがないけど、プライベートの時間を使ってやることとしては不純さを感じてしまいます。効果に関しては理解できますが。

社交性は人並みに持っているつもりだけど
人との交流で面白さを感じたことはそれほどありませんでした.
出会いそのものが面白いとも思わないなぁ.

30を前にして、角質ポロポロ取れるといいねー。
悔いのないよき人生を。

>円さん
こんばんわー。
けっこう、ネットの存在ってその意味強いですね。

ネットを使う人がネットに見いだす意義って
「情報取得ツール」
と、
「たまり場」
の2つあって、片ッぽだけの人もいれば両方あってそれぞれ軽重あるという人もいるのだと思うのですが、
意外と現実社会じゃなんかモノ足らんなあという人は、比較的後者に傾いてる感じがします。
それはある意味「出会い」を求めているのかもしれないなと。

私の場合は情報取得ツールとして色々なブログを見たり、そのレスポンスを自分のブログに書いたりして情報発信したりしてるのですが、それって特定のサイトではなくてネットのある特定のエリア自体をたまり場にしてる、的感覚だと思います。
だからmixiもハマるし。「たまり場」としてのネットが好きなんだろうなあ。

仕事してる時間は前者限定にしとかないと怒られちゃうので、後者にぐーっと傾きそうな魅惑をギリギリ抑えながらやってる感じ(^^;)

前に書いた「交流会」みたいなのに私が抵抗あるのは、意外とそういう「場」をツールとしてしか見てない人とか、なんか出会えばスカスカな自分にもどっか輸入できるとこあるかもしんない的スタンスの人がいそうな感じがして、そういうのとは波長が合わなそうなので敬遠してるのだと思うのです。
うーん、この抵抗感を表現するのは難しい。

>加藤さん
こんばんわー。
私はあまり社交性を持っていない方だと思うのですが(^^;)交流おもしろいっすよ。最近。
これまで「人との交流」っていうと、交流の場なんでそういうノリに合わせてますというスタンスで来てたのですが、
なんか人の存在自体が自分をアップデートするきっかけになることって、滅多にないだろうなという考えを持っていたところが、いやいやそれは、面白い部分を持ってる人に会えれば大なり小なり自分に影響あるだろう、そこに積極性を見い出す時期もあっていいのかなという思いに最近変わりつつあるわけです。
他人を見ることって、それを通して自分を見ることでもあるんですよね。そういうところが面白いなと思ってます。
(そういう可能性を全然持っていない人というのもいて、そういうのと出会わざるを得ない場に行っちゃうと苦痛なのであんまり行きたくはないのですが・・(^^;))
こういうのはあくまで自分の中で一時期で、そのうちまた一人遊び大好きっ子期に突入していくのかもとも思うのですけれども。

あと、先天的に人をいじくって面白いところを引き出すのに優れてる人というのもいて、自分には持てないすげえスキルだなと思うのですが、なんかそういう人にいじられてみたいという欲求も多分ありますね。(Mなので^^;)

>たどん
懐かしー!お元気ですか?
人生振り返って悔いるつもりはないので、一日一日楽しくやりたいと思いながら東京の空の下で生きてマス。
最近は、自分の大人力のなさ自体をネタとして生きていこうと思ったりもします(<追い込まれるぞ)

このコメント欄も長文のうえに乱筆(^^;)まことに失礼。

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