« 小論文自動採点エンジン。 | トップページ | かぶき者、ほりえもん »

2月 19, 2005

「女性はなぜ自分の性を忌避するのか」という件について

昨日の飲みは面白かった。相手はこのときとかわりばえしないが・・2時半くらいまで飲んだかな。
ゴスロリはなぜメイド服風のファッションに行くのかという話から、彼女たちがそのメイド服を思わせるファッションで護持しようとする「少女性」と、秋葉系などの男がメイド服に萌えてる部分とは相当の開きがあるという話、それゆえにゴスロリはメイド服によって女性性を隠匿する方向にむかい男のメイド服好きはアンミラ的な世界にむかうことで、おのおのはメイド風という意匠だけを同じくしつつもその意味を乖離させていくのであるという説。また女の子たちはなぜ少女性を求めるのかという問題から、女の子は女になることがイヤであること、男性から性的対象とみられることを重荷に感じ、それを認めたくないと思ってしまう場合があるのはどうしてかという話まで展開していく。

二人とも見てはいないが、ソフィア・コッポラの「ヴァージン・スーサイズ」という映画があった。
見ていないので中身についてどうこうということはできないのだが、ヴァージンのまま自殺するという少女性の保存行為、それが暗に示している「女になることの拒否」があれだけ広く支持を集めたことからも、女の子は自分の女性という性を受け入れることに抵抗があるのだということは想像可能である。
男は別に積極的に童貞のまま死にたいとか思わないからな〜。「童貞であって何が悪い」という宣言や居直りはあっても。

この抵抗感が社会構造のなせるわざだということは簡単で、それはフェミニズム的視角として重要でもあり決して軽んじるつもりはないが、どうも論が大文字のハナシになるのが、私的には気に入らない。
といって、「やはりそれは月に一度の、自分の中の汚れを排出して小さな死を迎え生まれかわるという独特の性質が働いているのではないか」などという、まるで佐野眞一のような論法(笑)で説明しようとしてみたものの、やはりちょっと全てを言い当てているようにも思えないし、そもそも生理時の女子の出血が「ケガレ」であるという認識自体が民俗的な社会通念の一つであるとも言える。
生理を迎えることが女の子にとって何らかのアイデンティティ的意味を持つのは間違いないのだろうけど、やはりそれは男性には想像の埒外のできごとであるわけで、だからこそ女の子というのは男にとっては不可解で興味深い対象であるのだ。
(そういう意味では、男というのはまったくもって底の浅い、面白みのない生物だと思う)

けっきょく「なぜ男は自分の性を忌避することがなく、女にはその忌避があるのか」という問題の結論は出なかったが、あるいは単純に「男は自分の性を自覚することがなく、女には自覚がある」というだけのことなのかも、と今思った。
「男らしさ」なるものは確かに存在する観念なのだけど、「男性であること」は、意外と男自身には知覚されていないのではないか。だからこそ、フェミニズム的な用語として「セックス」と「ジェンダー」というコトバの区分けが発生してきたのだろう。
女はセックスとしての女性を自覚せざるをえないが、男は「セックスすること」には多大なる興味があるものの「セックス」=「性別」としての男性には驚くほど自覚を持っていない、であるがゆえに女性論の地平が出てくるまで、事実上「セックス」と「ジェンダー」は未分化だったのだ。というか男が考える限り、セックスはジェンダーの中に含まれる一部分でしか有り得なかったのだとも言えるのかも。
って、別にフェミニズムについて勉強したことがあるわけではないので、あるいは語義の捉え方がいちじるしく間違ってるかもしれません。ご了承あれ。

さらにハナシはエロ漫画の件に続いていく。男性向けエロ漫画で男の肉体が美的に描かれることはまずない。一方であまたいる女流エロ漫画家というのはやはり女の子のハダカを描くことの方に重点を置いている。これは男性向けエロ漫画であるがゆえに仕方なくという構図ではなく、女流エロ漫画家というのはやはり女の子の方を描きたいものなのだという。(同じ女性が聞いた意見であるからこれは本音だろう)
その結果、エロ漫画のコマが形作っている構図は圧倒的に男性の視線からみたもの、つまり上からのアングルである。AVのカメラワークなんかもそうだ。

では男性におけるセックスを女性の眼から描いて美しく描いたものがあるかという話になる。ボーイズラブというジャンルがあるのだがこれは逆に、女性における性の忌避からきているものである。いわば、女性が女性という性を忌避していることの逆さ鏡なのだ。
男性が男性であることの美を主張した表現としては、さかのぼれば古代ギリシア美術やミケランジェロの彫刻に見られる男性裸像の美しさがある。だがこれはその社会もしくはアーティストが少年愛を謳歌していたが故であると言える。
そこまで論をすすめると、さてこれまで性の対象にされてきた女性からみて、男性のセックスが美しくあり得るような表現がかつてあったかという問題はなかなかに深い。
南Q太の漫画などをみると構図的にはすぐれているものの、つまんないセックスをしてる自分って何みたいな表現とか、つねに「セックスしている自分」をやはり語っているよね、ということでここも意見の一致をみた。
現状、女性からみてセックスを忌憚なく、自分の女性という性を受け止めた上で描いた漫画というのは存在しないのではないかというのが我々の説だったのだが、もしそういう漫画を知っている人がいらっしゃいましたら私とSに教えて下さい。

いいかげん眠くなって寝てしまったが、別に性的関係を持っているわけでもない女とこんだけ語れるというのもある意味すごい(もちろん私が。エヘン)。
安全カミソリk-tanakaなどと呼ばれたりしたが、とはいえ、安全カミソリであることによってこういう実りある会話ができるのであれば、それは千人斬りとかやっちゃうよりも遥かに精神的に得るものがあってイイのではないかなーとも思わんではない。もちろん私とて大多数の男と同様、セックスすることに多大なる興味を持っているわけではあるんですが(いちお、ノーマルであることをアピール)。

この会話をしてる中でSちゃんからおすすめを受けた本がこれ。ケータイ小説から新潮社が単行本リリースするに到った「ネット発」本のひとつ。メモまで。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2930/2989878

この記事へのトラックバック一覧です: 「女性はなぜ自分の性を忌避するのか」という件について:

» ゴスロリとBLと少女から女性への壁 [B型悪魔系のキモチ]
いつものように、私のブランディングを破壊するような情報がリークされていないかと、 [続きを読む]

受信: 2月 20, 2005 02:50 午後

コメント

女性にとって、セックスを通じて、自分の性を受け入れるというのは、挿入される立場である自分、受け身である自分の体の存在というのを思い知らされるからじゃないですかね?挿入する側の男性は、自分で意識してならないと、受け身になることはないですが、女子は挿入されると受け身な自分の存在というのを意識せざるを得ないのでは?病院で、尿道カテーテルや、浣腸された私の経験からすると、見られちゃって恥ずかしいというのではなく、受け身な自分という、立場というか状態との遭遇が、ショックだった気がします。人間って、基本は能動的な生き物じゃないですか。

投稿 円海 | 2月 19, 2005 03:37 午後

私は基本的に受動的な動物なのですが・・・・(^^;)、
挿入される立場であるがゆえにというのは何となくわかりますね。

何と言うか、それが男根であれカテーテルであれ、何かに侵食されていくという事態がアイデンティティに引き起こす影響はただならぬものがある気がします。

別に円さんだからこんな例えをするわけじゃないんですが(笑)、「ウルトラマン」とかで「宇宙人に乗っ取られる人」というパターンがあるじゃないですか。
ex)バルタン星人にあやつられるアラシなど

あの過程にどうもどことなくエロティックなものを感じてしまうのですが(私だけか?)、それってある意味、アイデンティティが侵食されるという事態が性的なものと結びつきやすい性質を持っているせいではないかと思います。
毎回宇宙人に乗っ取られる隊員(アラシとかイデ、お前たちは何だ!?)にエロスを感じるというわけでもないので(感じてたまるか)、やはりそういう事態そのものに性的な臭いがあるのでしょう。

セックスによって自分のアイデンティティが侵食されるという感覚は、あんまり男にはないような気がします。こんなふうにウルトラマンから例を持ってこざるを得ないあたり、自分の男であるがゆえの限界を感じます(^^;)

投稿 k-tanaka | 2月 20, 2005 10:10 午前

とてもおもしろいご意見ですね!
でも、女性が自分の少女性を愛するのと並べて語るのに、童貞を持ってくるのは男性に対して意地悪ですねー。
男性のk-tanakaさんが語るには卑屈すぎやしませんか?
成人男性も自分の少年性を愛することはあるでしょう。「俺の中の永遠のトム・ソーヤー」みたいなさ。
男性の少年っぽさはむしろ女性にアピールすることもあるし、決してネガティブなものではないと思いますよ。
もちろん、女性が少女性を愛するのも、必ずしも大人の女になりたくないとかなんとかじゃないと思うので、性の忌避ということばには抵抗があります。


ヴァージン・スーサイズもソフィア・コッポラが小洒落た音楽をバックに、カワイイ金髪ギャルを集めてシュガーコーティングしたもんだから、ちょっとした幻のような映画に仕上がっていますけど、原作は男の著者による少女への妄想マルダシのキモイ小説でしたよ・・・。
5人姉妹の中心的存在のキルスティン・ダンストはヤリまくっていたので、“少女性の保存行為=処女のまま自殺”という構図からもハズレていますし。
“大人世界の侵食を拒む少女” の映画なら、ピーター・ジャクソンの『乙女の祈り』の方がリアルだと思います。


それから円海さんのコメントも拝見いたしました。
“挿入されるから受身”という説は昔からよく使われている表現ですけれど、私はむしろ、自分の中に進んで異物を入れるというのはかなり積極的な行動だと思います。治療のために何か入れるのはほかに方法がないから仕方なくそうするので受動的と言えるでしょうけど、セックスなんて好き好んでするものでしょう? 満足を得るためにやるピアスやタトゥーと同じようなものではないですかね。
第一、女性にとっての性行為は、初めてであれば痛みがあり、避妊に失敗すれば望まない妊娠をしてしまうリスクがある行為です。それでもヤルんですよ。それは“攻め”の姿勢ですよ。恋人や夫に請われて仕方なくという場合もありますが、それだってコミュニケーションの道具としてセックスを使いこなしていると考えれば、受身とは言い難いと思います。
そうは言っても結局は人それぞれなんで、生涯受身、マグロ上等! みたいなタイプの女性もいるんでしょうけどねー。不幸な生き方だわ。


・・・長々と反論ばかりして感じ悪いですかね。スイマセン。
これだからいつまでも“孤高の女一匹”なんでしょうね。

投稿 mick | 2月 20, 2005 10:36 午前

円海氏のところによく遊びに行っているはりまと申します。旅000行記のあたりからたまにやってきているのですが、ブログをめぐり友人とちょっとしたトラブルがあり、なんとなく直接かかわりのない人のところにコメントすることに躊躇を覚えるようになり、ロムってました。
女性の性に関する忌避感ですが、今はどうだかわかりませんが私が少女だった頃は、初潮がくるとまず周りにの大人に煙たがれる雰囲気がありました。その雰囲気こそが女性の性に対する抵抗感の始まりなのではないかと私は感じてます。それが表現されているのは、マンガ吉田秋生の「桜の園」です。女性がセックスを忌避してないマンガはわかりませんが、私が「そうか、男女間の性行為とはごく自然のことなのだ。」と感じたのは、小説「アンジェリク」(ゲームではない。)と最近では谷村志穂の「海猫」でした。
いかんせん頭の弱い私なのでもしかすると趣旨に反しているかもしれません。k-tnakaさんのブログとても興味深く読ませていただいてます。読まれている本もとてもおもしろそうでこれからの私の読書の参考にさせていただきたいなと思ってます。

投稿 はりま | 2月 20, 2005 02:18 午後

子供の頃再放送で見たマグマ大使に、いつの間にか家族が家族そっくりな敵にいれかわっているというのがあって、すごく怖かった記憶が。永井豪の「ススムちゃん大ショック」なんかも、自分と同質なもので構成される世界がいつのまにか異質な(精神構造を持つ)もので構成されていたというストーリーですよね。やはり侵食のもつ、一体化の甘さと完全なる隷属の恐怖が問題なのではないかと思いトラックバック。
mickさんの意見は、女性という性を受け容れられた側の女性に関しては間違いなくそのとおりだと思いますが、先のコメントは女性であることを忌避する女性に関するものなので。そこんとこ宜しく!!

投稿 円海 | 2月 20, 2005 02:49 午後

「ボーイズラブというジャンル」・・こんなジャンルがあることを3年前に知りました。・・仕事で。

投稿 さわや | 2月 20, 2005 08:01 午後

かつてない議論の盛り上がりを見せております!
みなさんありがとうございます(^^)

>mick嬢
mick嬢のコメントは話に多様性を与えてくれて、とってもグーですよ。
読み返してみると、「処女を捨てる=女になる=少女性を捨てる」と思いっきりざっくりな前提で話をすすめているため、逆にすると「童貞を捨てる=少年性を捨てる」というかなりの暴論に見えてしまうのだと思います。
男性の場合、少年性はむしろおおっぴらに謳歌されてますね。おそらくその最たるものはクルマへのこだわりで、消費経済にも大きく貢献するため社会的にはむしろ推進されているとも言えましょう(私は普免すら持ってないことでわかるように、この属性はまるでありません)。
もうちょっと先鋭化すると、ブリキのおもちゃ集めるとか、40過ぎても秘密基地作ってるとかになるんでしょうが(いるのかそんなヤツ)。

では「少女性を愛する」行為と「"女"としてみられることを拒否する」行為を切り分けて考えたとしても、それに対して男には後者の「"男"としてみられることを拒否する」という行為は基本的にほとんどないと思われるんですよね。
でも逆に、基本的に生物学的に女性である人が、社会的な意味での「女」という意味を負うのを避けて、それ以前の「少女/処女」の段階に留まろうとする事態というのが、一部ゴスロリにあって出現しているのではないか?というのがこの話のそもそもの出立点なわけです。
ありえないっすかね。Sちゃんの視点では、そういう部分はあるという説なんだけど。

それはそれとして、「自分の中に進んで異物を入れるという行為はむしろ積極的である」という意見には非常に説得力があるというか、男子としてはすげえ頼もしい気分になります。
私はむしろ受動的な存在である相手に勝手に積極的になって異物を(いちおう、ヒワイにならないように充分表現には注意しているつもりですが)挿入するという構図には抵抗があるので、積極的に受け入れてもらえてるかもしれないと思えるのは、何というか嬉しいですね。
なんて書くとmick嬢と何かあったんじゃないかと思われてしまいそうだが、完全にネット上の交流なので皆さん誤解しないよーに。
なお、孤高というのは私の勝手なキャラ設定でして(^^;)あんま気にしないでね。

>はりまさん
どもです。初潮は男子にとっては永遠のミステリーですね。何しろ男子が全く気付かない間に行われてますから。私なんか妹がいつおはつだったのか全く知りません。
大人は初潮を煙たがるのでしょうか?なんで煙たがるのかが良く分からないんですよね。赤飯炊いたりするらしいじゃないですか(って今どきはやらないのかな)。
なんでだろう。あるいは初潮を機に自意識過剰に陥ってしまうがゆえに周囲をそう見てしまうのでしょうか?謎です・・。

>円さん
そのマグマ大使の話ヤダー(^^;)
手塚治虫の「グランド−ル」とか。古くはアメリカ40〜50年代の侵略SFものはけっこう共産思想蔓延のメタファーとして描かれることが多いですが、なんとなく侵食されることのエロティックさを持っているように思われなくもありません。
最近だとホラームービー「呪怨」なんかもその圧倒的なイヤげな感じでなかなか気付きませんが、そういう構造を持っていますね。

>さわやさん
何の仕事や(^^;)
昔からあるジャンルなんだけど、ボーイズラブ/BL/ビラブと呼ばれるようになったのはここ最近のように思えます。3年前からこんな名前でしたっけ?

コメントレス長杉(^^;)

投稿 k-tanaka | 2月 21, 2005 02:00 午前

インターネットTVにてサイトプロモーションをやってました。その時に男性の声優さんが「BL」と言っていたので何かな?と思って・・数ヵ月後、意味が分かりました。(笑)

自分が担当してた頃は3年前くらいかな。

投稿 さわや | 2月 23, 2005 07:59 午前

>円海さん
レスをありがとうございます。
円海さんの使われ方はともかく、“女性の性行為や恋愛が受身である”という通説に対して反論を試みたのです。こういう考え方もありますよ、という。実体験から感じる前に、この手の通説を鵜呑みにして妙な先入観を持ってしまう人が結構いるのではないかと思います。それこそ女性が自分の性をツマラナイと思ってしまう要因にもなるのでは? 少なくとも、一方的に尿道に医療器具を入れられるよりは主体性を必要とする行為だと思うので、ボディピアスやタトゥーの例も出しました。ご了承ください。私自身、ボディピアス(ヘソ)を入れたときに、ロストバージンの時に似た感慨がありましたし。


>k-tanakaさん
そもそも私は“少女性=処女性”ってまったく思えないのです。むしろ、初めての性行為ってもっぱら少年少女時代に行われるものじゃないですか? 何歳までを少年少女と言うかによりますけど、まあ思春期ってことで。だからここで少年性について触れられていないのは不思議だなーと思ったのです。

 >男は自分の性を自覚することがなく、女には自覚がある

これおもしろいですねー。今ちょっと思ったのは、非処女は処女をバカにすることはほとんどないけれど、初体験を済ませた男子は童貞に優越感を持つ傾向がありますね。それを考えると、初めての性行為は男性にとっての方が重大事項なのかも知れませんね。経験する一瞬を重大視するあまりに、継続して持っているはずの性をあんまり実感できないのかしら。


ところで、ここで言われているゴスロリって何歳くらいの人を指しているんですかね。ゴスロリちゃんたちの大半は実際に少女と言われる年齢の子じゃないですか? 少女が少女性を愛していても不自然じゃないし、その世代の子が成長を拒んだり、奇抜なファッションで自己主張するのは男女問わずあることですよね。また、ゴスロリって自分の好きなビジュアル系ミュージシャンの世界観に近づこうとしている姿でもあるじゃないですか。それってかなり性的にギラついているわけですし、忌避しているようには感じません。Sさんやk-tanakaさんが言うような人もいるとは思いますけど、ごく一部だと思うの。ゴスロリ一般論ではないような気がします。彼女らは第三者が思うよりも軽やかにファッション性を楽しんでいるのではないかな。


 >女性からみてセックスを忌憚なく、
 >自分の女性という性を受け止めた上で描いた漫画

そういう漫画があったら私も読んでみたい。
有名どころですと、岡崎京子の『Pink』のヒロインは性を使いこなしていると思うし、ジョージ朝倉の『ハッピーエンド』に出てくるマリエちゃん(だったかな)のおおらかさには見習う部分も“多少”あります。


長くてスイマセン。自分のブログで書いてトラックバックすれば良かったか。そしたら1エントリ分かせげたのにー!

投稿 mick | 2月 23, 2005 01:35 午後

多分このブログ見ている人は、性の楽しみを十分にわかっている世代かと(^_^;)。そういうおにーさん、おねーさん達からみると、その手前で立ち止まってしまう人達、自身の性を忌避する人達というのは不思議なわけです。

自己の性を忌避する例の一つとしては拒食症(総ての拒食症がそうでないにしろ)のような病気があり、それは明らかに女性患者の方が多い事(男女比は1:20だそうです)から考えても、「男は自分の性を忌避することがなく、女にはその忌避があるのか?」という疑問は興味深いかと。これが一点。

で、そういう傾向をもつ女性のなかには、ゴスロリというファッション(ゴスロリのなかのメイドファッション?)を、自己の女性性を隠匿する方向に利用しようと試みる人がいるように思えるのは何故か?がもう一点。

この二点に絞って考えていくと、面白いかと思います。

ゴスロリ少女のすべてが、(というか大半は)性を忌避しているのではないのは、パタゴニアの服を着て歩いている人のすべてが、積極的なアウトドアマンではなかったり、環境問題に興味をもっているわけではないということと一緒だと思います。あくまで一部がであり、「かっこいいから」「仲間と同じだから」など様々な理由があるでしょう。そういう意味ではmickさんのおっしゃる通りかと。

あ、あとk-tanakaさん。自身の童貞歴を披露する必要はないですから(^_^;)長いとわかっただけで十分です。今週中に、上記まとめたうえで、k-tanakaさんが何故安全カミソリなのか?の謎をも解き、20代最後の年をどうすごすべきかに関しての提案をもまとめてエントリーして、トラックバックかけようと思います(悪?)

投稿 円海 | 2月 24, 2005 04:11 午後

>今週中に、上記まとめたうえで、k-tanakaさんが何故安全カミソリなのか?の謎をも解き、20代最後の年をどうすごすべきかに関しての提案をもまとめてエントリーして、トラックバックかけようと思います

トラックバック・スパムと判断し、謹んで削除させていただきます(^^)

(↑ここが人気サイトなら、「管理人の姿勢が問われる」行為ですが)

もちろん、本気で童貞歴を披瀝するつもりはありませんから誤解なきよう。

私には女を拒否しようとする一部の(それがゴスロリなどの表象として現れているか否かを問わず)女子が有り得るということよりも、なんで男には行為としての性はわかるのに存在としての性は自覚されないのか、と言う事の方が特殊な気がします。
もちろんそれは人類始まって以来の話なんだろうし、一般の中の特殊(なんだそりゃ)というべき特殊さなのでしょうが。

また後で続き書きます(^^;)時間ねえー。

投稿 k-tanaka | 2月 25, 2005 12:55 午後

ところで、

>経験する一瞬を重大視するあまりに、継続して持っているはずの性をあんまり実感できない

っていうところで思ったんだけど、男にとって性って通過するものでしかないのかも、とも思えます。
まーなんだ、まんま書くのも気がひけるけど男って射精で1クール終わるじゃないっすか。射精=エクスタシーに達してあとはまー気のきいたヤツだったら相手のケアに時間使ったりするけど、無精なヤツは早々にタバコふかしてたりとかして女の子に呆れられるという。
たぶん男にとって性というのは始まりがあったら必ず終わりがくる行為としてあるんでしょうね。
だから自分の相手の子が軽くエクスタシーに達したことないとか言ったりすると、意外とこっちはショック受けたりするのだけど女の子の方はそんなこともねーよ的に大きく構えてたりして、それって男にとっての通過行為としての性と女にとっての存在としての性の違いからくるもんだったりして?などと思ってみました。

どんどん話を大きくしている感じがするので、けっこう知ってる人が見ると「何言ってんの〜」と思われるかもなあ。
ともかく、こんなに論議できたのは驚き。みなさんありがとうございマス。

投稿 k-tanaka | 2月 27, 2005 12:58 午前

コメントを書く