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2月 28, 2004

女の子の隣に座るということ

小さな男の子のころ、女の子の隣に座るのは恥ずかしくていやな事だったものだ。別に女の子がきらいだったわけでもないはずで、それは単に女の子のもつ異質性(先天的なものか環境や教育によるものか分からないが)に対する、根拠のない忌避なのだろう。 いっぽう現在、電車で隣の席にかわいい女の子が座ってきたりするとそれは忌避どころかかなり嬉しいわけだが(^^;)、ひとたび自分が席を選ぶ側になると、何かそのような嬉しさを見透かされるのが怖くなり、わざわざおっさんの隣を選んで座ったりしてしまう。 だれにでもある事だろうけど、何かこれって小さな頃のあの異質性をいまだに飲み下すことができていないということだろうかと思い当たってしばし愕然となった。

ノンストップ

11日以来だと思うが、全休をとらないまま突っ走ってきた。
二日くらい半休とって昼まで寝たのでまだもっている感じだが、さすがに風邪の1つもひきそうだ、
というか、周りの人たちはこの2ヶ月の間にどっかしらのタイミングで風邪ひいて沈没しているのに、私は正月に既に一度ひいたせいなのか、単に頭がバカになってきているからか分からんが、風邪のカの字すらもない。
いいかげん、ひきたくなってきた。

しかし2週間以上走っているのに、いまだに日を跨いで仕事をしている。こりゃちょっと信じられん。さすがにちょっと体がつらくなってきている。
特に目にかなり負担かかっているのが感じられるこんな時、自分の目が日野日出志のマンガみたいになっている絵を想像してしまうのは、一人わたしだけではあるまい。
もう絶対湯治。湯治行くぞ湯治。

明日はお台場にめずらしくも近地出張である。
この仕事からみでは色々おもしろいことを発見したので、可能ならいずれここで書きたいと思う。
直行直帰の届けを出しているが、会社から直行することのないように頑張ります。

2月 26, 2004

近藤ようこ「遠くにありて」

ひと月くらい前に買ってよみさしのままだった近藤ようこ「遠くにありて」(小学館文庫)を読了。

魚喃キリコの「blue」でも新潟の街の描写にある感興を抱いたが、近藤ようこもまた、ふるさとの新潟を描いている。

新潟について主人公が感じている距離感が、私がかつて抱いていたものと似ていることもあり、
読み進めるにつれ、水気の多い雪がふりつもるように、しんしんと染みとおってくる名状しがたい切なさを感じた。

地方と東京の行き帰りの距離感を感じながら暮らしているものにとって、この漫画は誰に対してもひとつの共有できる価値をもっているのかもしれないが、
私にとっては個人的な一つの内面風景を言い当てている特別な作品だと思われた。

解説を書いている二代目一条さゆりは「彼女の作品を読んで泣いたことはない」と書いている。
でも私は、下宿のおばあちゃんを受け入れる次男夫婦のまなざしの優しさに嗚咽を止められなかった。
このまなざしの暖かさは何ものにも替えがたい。
いい作品だった。

2月 25, 2004

ひとのなさけ

今日、会社でゴールデンバットを喫っていたら、Y主任が私のふだん喫っているピース アコースティック2箱を買ってきてくれた。

また、夜も更け帰りがけにあまりにもお腹が空いたので「なにか余りのお菓子でもありませんか」と訪れた隣のフロアで、課長が三個の喉飴とキリン・一番絞りのミニ缶ふたつをくれ、さらに千円を貸してくれた。
藍色に刷られた夏目漱石に出会うのはじつに2日ぶりのことだ。

腸を地面に引き摺るようなと言っては本当に貧しいひとに悪いけれども、こんなふうに貧乏なとき、人の情けは格別に有難い。

正月に帰ったとき、くにの先輩にもらったまま封をきらないであった八海山の小瓶をあけて、帰り途で買ってきた餃子三つを食べながら飲む。

有難いことだ。

小泉ムカつく。

小泉、といっても首相のことではない。
森鴎外(略字失礼)の「青年」の主人公、小泉純一(・・ってほとんど同じ名だが)のことである。

Y県とあるので長州から東京に出てきたと思われるこの男、

学士や博士になることはあまり希望しない。世間にこれぞと言って、してみたい職業もない。家には今のように支配人任せにしていても、一族が楽に暮らしてゆかれるだけの財産がある。そこで親類の異議のうるさいのを排して創作家になりたいと決心したのであった。

というのだ。

こんなところ、別にふつう腹立つくだりでもなし、近代文学における「青年」とはたいていこういったものではなかろうか・・・などと普段なら斜め45度上の中空でも見つめつつ嘆息するところだが、懐に750円しかない現在の状況が私を立腹に駆り立てる。
 支配人任せにしていても、一族が楽に暮らしてゆかれる、だと?
てめえ・・。

この750円ですら、もとは日曜に当夜の飲み会に行くために古本を売って得た金である。
 って書いたらなんだか無頼派の作家っぽくてかっこいいな、
なぞとバカそのものな思いを抱いていたのも今日までのこと。(結局その飲み会も中止になったし)

ついに紙幣の一枚たりとも残らなくなった今、
そしてこれを打ちつつ夜食としてかじりついているアップルデニッシュも、会社の先輩が哀れんでめぐんでくれた食い残しの一品であるという今・・、
今ぞ真摯に生活設計を考え直すべきときだと思われるのだ。

そんな時にさらりと、

「君は財産家だから、なんでも好きな事をやるがいいさ。」

 ぶぶぶぶぶっ殺したくなる! (←パクリ)

 と思うのも詮無きことではなかろうか。

 昭和の陸軍関連ばかり読んですっかり暗澹とした心持ちになった昨今、次に読む書を蔵書の中から検討してみても、田中隆吉の「日本軍閥暗闘史」なんぞ出てきて、
「こんな善意のかけらもない顔の人間が書いた本を読んだら、ますます暗澹となる」と思い、「ひとついわゆる"文豪"でも読んで口直しをしよう」と思ったのだが・・。

 しかし先ごろ好きになった谷中や根津あたりが舞台として出てくるあたりは楽しく読める(根津神社あたりには、鴎外自身がモデルと思われる「毛利鴎村」などという人物が住んでいる)し、

「目前で大飯を食っている純一のattributeはこれで尽きている。」

などという表現がさらりと出てくるあたり、なるほど10年前の自分のごとき、尻の青くそして英語の点数は赤い高校生など、とうてい太刀打ちできぬインテリ小説なのであったなと思われ、そこはそれで面白いのである。

 はやく明後日(給料日)をむかえ、安らいだ気持ちで文豪ノリを楽しみたいものだ。

 煙草を買う金も惜しいので、以前買って二、三本吸ってやめたゴールデンバットを取り出し・・
 こんなとこだけ明治・大正。

2月 23, 2004

ご近所blogマップ

Weblogにも「ご近所さんを探せ」的なものが出てきたようだ。
d-s-jさんの-blog map-(直リン禁止ということなので、左のリンク先から探してください)
マピオン見つつ、中野ってこのへん?エイヤッという感じに登録。
ソーシャルネットワークとか何とか、色々な試みが出てきているものだなぁ・・(出会い系という形でなら、昔からあった気もするけど)。

町山智浩の怒り

はてなダイアリーの町山智浩アメリカ日記
ひさびさに町山節、毒舌大爆発の17日の日記が最高だ。
村上隆を大罵倒

「お前はインチキだ」と本人に言っても、しれっと「そう。僕はインチキですよ」と笑って答えそう。「お前のアートとやらはクソだ」と言っても「そうですよ。クソなんですよ」と笑って認めそう。だからいくら怒っても、真剣に怒るほうがバカに見えてしまうのだ。

そのズルさがたまらなく嫌だ。

「本気にならないでよ。恥ずかしいなあ」みたいなニヤニヤ笑い。

ズルい。

ぶぶぶぶぶっ殺したくなる!

秋元康も同じ種類の「そうですよ、サギですよ」と言ってしまうズルい奴だったが、この手の奴は80年代に全部滅ぶべきだった。あの3DOとか作らせた汚ねえヒゲ面のチビとかな。

笑ってしまった。

町山智浩は映画について何か書いている人の中でもっとも好きだ。
毒舌の根本に映画やおたく文化への愛があるので、どんなに口きったなく何かをののしっていたとしても、読むほうは快哉を叫ばずにおられない。

私ゃ安原顕も似たようなノリで読んでましたが、町山氏の方はいっしょにされるとイヤかもしんないなあ。どうだろう。

げんしじんからのインビテーション

げんしじん事務所から次回ライブのお知らせメールが来た。

雑音フェティッシュvol.11

おお、寒空はだか!そして流れ星!なにげにヒロシの笑いもなかなか好きだ。フレッシュコーナーのBBゴローも30過ぎてあのネタというのがなかなかに心温まる(笑)。
→流れ星に対する私のお気に入り度はこのエントリで。

前回の「雑音フェティッシュ」にくらべてさらに私好みの布陣になっているようだ・・。これは行くしか。

激情たぎり立ち

超・ひさしぶりに会社でキレてしまった・・・。
昔、前・社長のデスクを本人の目の前で蹴ったことがあるが、今回はマイ携帯ブン投げてアンテナが折れた。
おかげでただでさえ入りの悪い自宅から、なかなかメールが送れない(因果応報)。

これでも成長していると多分思っているので、これがもし自分のことだったらキレなかっただろう。
ガンガン来てみろ、逆境大好き。

しかし、私が自分よりも大切に思っている人たちに過剰な負担を強いることだけは、どうあっても許せない、
許せないのだ!!!!

もう二度とあの時の思いは繰り返したくないと、去年われわれは思ったはずではなかったのか?
納得できん!!!

と、叫んではみたものの、状況はそれを止むを得ないことと認めさせざるを得ん所に来ていることも確か・・
上司に猛然とかみつき、こんこんと話し込んだあげく、
説得させられはしたが、
いまだ、喉元に熱い何かがつかえていて、なかなか飲み下せない。

今日の休日出勤は、いつになく肩こった・・・。肩の全然こらない性格なのに。
昨日ドンキで買ったお香でも焚いて精神を落ち着かせよう。(←あたかもOL)

2月 22, 2004

ひさしぶりのCDまとめ買い

 半休ののち全休・・のつもりだったが状況がそれを許さない。オラ~。
 こんな時精神のバランスを保ってくれるのは、やはり音楽だ!
などと自分に都合の良いリクツで、タワレコ新宿で大人買い。
 しばらくCD売り場(※クラシックの)に来ていなかったので、スゲェ盤が続々リリースされているに違いあるまいと思っていたのだけど、いぜんツィマーマンのラフマニノフがチャート上位を占めているようだ。
 もっともトップはなんだか知らない男性ヴォーカルのクロスオーヴァーなやつ。最近この手の盤は売れに売れているみたい(ラッセル・ワトソンの歌う"ボラーレ"が入ったやつとか)だけど、あんまり私は興味ない。

 Virginから出ているヒリアード・アンサンブルの歌うジョスカン・デ・プレにも大いに心惹かれたが、結局買ったのは以下。

ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 クルト・ザンデルリンク指揮フランス国立管
 ショスタコ(ショタコンに非ず)の数ある交響曲の中でも最も好きなひとつ第10番に初めてふれたのは、やはりベルリン放送響をザンデルリンクが振った盤であった。  めんみつに聞き比べたりはしていないけど多分未だに最も好みの演奏だったと思う。今回のは78年シャンゼリゼ劇場でのライヴ盤。まだ聴いてないが楽しみダ!  まったくどうでもいいことだが、私はショスタコーヴィチと誕生日が同じ。(ほんとにどうでもいいな)
チャイコフスキー:交響曲第5番 ダニエレ・ガッティ指揮ロイヤル・フィル
けっこうもてはやされてきた印象があるのに最近あまりCDは見かけなかったガッティが、RCAからハルモニア・ムンディにレーベルを変えて新譜をリリースしていた。しかも曲目はチャイ5。定番かよ!って感じだがこの人の演奏なら「とにかく面白カッコいいはず」という妙な期待があり、もうこの曲は耳タコだろうに・・と思いつつ買ってしまった。  しかしこれが、特に第一楽章などは予想通りラインをやや上回ってすごーく面白かった。プロフ読みながら聴いてたせいもあるかと思うが、なんだかヴェルディのオペラでも聞いてるかと錯覚してしまうが如き、緩急自在のエモーショナル演奏。やるな、イタリー人。
ドヴォルザーク:ピアノ四重奏曲ほか アイザック・スターン/エマヌエル・アックス/ハイメ・ラレード/ヨーヨー・マ
 どんな曲か正直よく知らんのだが、ひょっとしたらの話、お仕事で関われるかもしれないとある案件のからみでお勉強。楽しみ~。
ヒンデミット:交響曲「画家マティス」 レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィル
タワレコ必殺の手書きPOPに惹かれた。ベルクだとかウェーベルンとか、「楽しく」ない音楽はお勉強で聞いたとしててもあまり好きにはならない私だが、ヒンデミットはどういうわけか好きである。楽しさのかけらもない風貌のおっさんが書くこの音楽、結局のとこ私的な楽しさのツボを突いてきているのかもしらん。未聴だがPOPを信ずるならかなりぶっ飛んだ演奏である筈。
ブラッド・メルドー・トリオ:ANYTHENG GOES
ジョン・ブライオン(映画「マグノリア」のスコア最高!)がプロデュースした前作「LARGO」はとても良かったが、この世に言う「鬼才ジャズ・ピアニスト」の音楽、白状すれば今いち私はよく分かってないとこがある。それでも感得したいものだと思わせる何かを発しているから買っちゃうのだろうなぁ。
オホス・デ・ブルッホ:バリ
フラメンコにヒップホップやファンク、ラテンの要素をとりいれ、フラメンコのダンス・ミュージック的魅力を提示した・・・ってふれこみなんだけど、聞いてて何というか私にはそぐわないものを感じた。ひょっとしたら私自身がフラメンコをダンス・ミュージックとしては聴いていないのかもしれない。なんでこんなにつまらなく思ってしまうのか。 ってまだ最後まで聴かないうちに止めてしまったので、また再聴したら感想が変わるかもしれませんが。
アライツ・エタ・マイデル:アライツ・エタ・マイデル
タワー新宿のルーツ・ミュージック棚でずーーーっと前からレコメンドされていたバスク音楽を演る女の子デュオ。一聴、これってガール・ポップinルーツミュージックっつーかその逆なのかよく分からんが、そんな印象を受けた。ルーツミュージックに抵抗のありそうな日本のアイドルヲタ兄ちゃんでもスッと聴けるであろう元気印のポップナンバー。私はガール・ポップは嫌いではない、と言うかけっこう好きなほうだと思うんだけど、やっぱり聴いてて気恥ずかしい感じも少しあって驚いた(<そんな自分に)。トシなんでしょうか。

そんなわけでここまで買ったらもう3回払いですよ。こんだけ投資してんだからおまいらオレを元気にしてくれよ。頼んだ。(ってそんなこと言う割にはひねくれた音楽も中に交じってますが)

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