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2月 21, 2004

せんたく

2週ぶりに半休。もう出ねば・・
たっぷり12時間寝てしまった。
明日着る靴下に困るほどに洗濯物がたまっていたので、4分の3くらい洗って干す。(全部は洗濯槽に入らないのだ)

中野美奈子を・・、とは言わん!
通い妻プレイしてみたい婦女子求む。

エロス抜きも可。(←それじゃ家政婦だろ)

中野アナ&伊藤英明が熱愛発覚(デイリースポーツ)

「ノモンハンの夏」の怒り

「ノモンハンの夏」もいよいよ事件がどうにも止まらぬ無謀突撃状況に陥り、著者半藤氏の怒りの筆にもますます力がみなぎってきた。
 半藤氏は、日露戦争勝利の美酒に酔った日本軍が愚かにも戦勝の内容分析を怠り、リアリズムの欠片も見当たらぬ精神主義に埋没していったことを、日露戦時代の(明治の御世ですよ)三八式歩兵銃を太平洋戦争の終戦にいたるまで採用し続けた理由と結びつけて断罪する。
 そして自らの情報分析軽視と突撃主義を棚にあげ、おっとり刀で方針変更する無定見ぶりや、加えてそれを恥ずる雰囲気もみられない関東軍作戦参謀たちに怒りをぶつける。
 以下の文章などは思い察するにあまりある。

 ほんとうの話、十日から十三日まで、いったい服部(作戦課主任参謀)も辻(参謀)も小松原(師団司令官)も安岡(戦車部隊指揮官)も、何をしていたのかといいたい。歩兵部隊が屍山血河の肉弾攻撃を実行しているそのときに、関東軍作戦課と前線指揮官のこのていたらくは、何と表現したらよいものか。

 一行一行記していくのも阿呆らしく、かつ難儀な仕事と思えるほどに、情けない。かれらがそろって陸軍大学校で学んだのは、保身と昇進と功名と勲章の数を誇ることだけであったのであろうか。

 士官参謀たるに値するべく国費をかけて教育されたエリート集団のこの独善・視野狭窄、それを恥じることさえ知らぬ思いつきだらけの作戦指揮に対する半藤氏のこの怒り、まったくもって正当である。この一文を「虹色のトロツキー」8巻クライマックスの、ノモンハンの死屍累々たる荒野を、友軍戦死者を蹴立てながらすすむ辻参謀の独白と結びつけて思うほどに、・・なぜこのような「悪」が生み出されてしまったのか?と、底冷えする思いの中で考え込まずにいられない。

 「今!世界情勢の中心がここだ!このノモンハンだ!   東亜の命運がこの一戦の帰趨にかかっている!     正義王道の楽土をこの大東亜に実現し!   ユーラシアを打って一丸となす大使命を果たさんがためなら

  百万の命もオレは惜しまんぞ !!」

 おそらく、こうした人間の存在を許す空気さえあれば、かくのごとき悪は大手をふってまかりとおることが可能であったのが、戦中の、保阪正康氏いうところの「日本の文化大革命」渦中にあるわが国であった。
 しかしどうだろう、現代にはあり得ない話なのだろうか?
 本当に「戦後民主主義」なるものは、かくのごとき悪を取り除き得たのだろうか?
 
 かぶりをふって"ノー"と言い切ることのできぬものを、今の私は感じている。

2月 20, 2004

ロマンティックな話(クラヲ向け)

mick嬢が素敵な話を書いている。

コアに巨大なダイヤモンドを抱えた星が見つかったとか。 ビートルズの“ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド”から“ルーシー”と命名。

私も今日、別の素敵な話を読んだ。クラヲタむけのネタではありますが。
元ネタは「拍手は指揮者が手を下してから」さん。
エルガーがアラビアのロレンスに宛てた手紙が見つかったという。

「我々は今あなたの第2交響曲をかけ終わったところです。…そして,あなたに手紙を書いて,この交響曲がクラウズ・ヒル(ロレンスが隠遁のために買ったコテージ)のレコード・ライブラリーにあるほかの何よりもわたしたちを感動にふるわせたということをお知らせしなければならないということで一致しました。たいていわたしたちはこの交響曲を一番最後,夜中近くにかけます。なぜならこの曲のあとには何もふさわしくないからです。」

このロレンスが書いた文章を読んで、砂漠の夜、テントの中でエルガーのシンフォニーを聴くロレンスと、その響きが半月の浮かぶ中近東の夜空に吸いこまれていく光景を想像してしまった。

よく読めば、たぶんこれはロレンスがイギリスに戻ってから書いたものであろうと思えるし、
もし同じテントの中でベドウィン族がロレンスに聴かされてたのだとしたら、けっこうベドウィンの方はメイワクに思ったかもなぁなんて笑える状況もありうるのだが(^^;)、
「砂漠の夜にロレンスがエルガーを聴く」というのはあまりにも美しい情景なので、それはそれで私の中では本当ということにしておきたい。

おりゃー

忙しいだけならともかく、なんだかこのごろ、どんどん職場で孤立している気がしてならない。
やらなければいけないことが放置されていたので、特に拝命しているわけでもない使命を率先してかって出て走り回っているのだが、
やればやるほど、会社組織というものが、いかに定義付けられていない仕事に冷たいかという思いばかりが募る。

最初からその任が課せられているならば、まだやりやすいのだが、
その任にあると公式に認められたわけでもない自分があれこれと指示したり頼みごとをしたりするのは正直言ってヘンでもあるし、
結局のところ自分ではできないこと以外は全部かかえこんでしまうことになる。
まぁこんなのは、仕事のやり方がまずいだけなのかもしれませんが(なので私のような奴が「リクルートのナレッジマネジメント」とか読むと、内容の面白さもさることながら、プロジェクトの主唱者の人をまきこむうえでのうまさにも感心してしまう)。

せめて誰かに「本来そんなことはお前が考えているべきことである」と明確にしてもらえる方が、まだ楽になるのにとも思える・・。「なんで俺が?」と思いながらやっていくのは精神的にによくない。

一人で考えているとどんどん考えが煮詰まってきて、「ノモンハンの夏」を読んでることもあり、ひょっとして自分のやっていることは関東軍参謀の独断専行に近いものであるのではないか、などと思ってしまう。
周囲の人間を見下した参謀どもが「馬鹿にまかせてはおれん」などと言わぬばかり、上をまるめこんで命令されてもいない国境侵犯を決行するグロテスクな歴史。
そのアナロジーを自分が踏んでいるとしたら、あまりにも怖いではないか。

あーもう、考えれば考えるだけ煮詰まる。
そんな中、昨日はMasa blogさんの「残業ライブ」を見たのが面白かった。
シャレ気のある苦労の仕方がいいなあ。
煮詰まってもストレスと悲壮感しょうだけだし、それじゃ健康に悪いよね。
もっともっと軽やかに苦労しようと思ったのでした。まだケツが青いんじゃないのか自分。

2月 19, 2004

きゅうり力士

LA DOLCE VITAさんより。

栃東&魁皇がきゅうりパック

たまらんなぁ~。一挙に元気出ました。
でも気づいてみると衝撃写真とタイトルのほかは何も読んでなかったゼ。
もう一回読もうっと。
なんかドラクエの敵あたりで出てきそうな雰囲気もある。

それにしても、タイトル的にもインパクト強い。
以前、小ネタblog~純情派さんで紹介されていた
横浜がドリフ資金で大魔神ゲット
に次ぐ笑いを提供していただきました。

恐るべし、スポーツ界。

前からの知り合いがblogを始める時。

 私がかねてよりお知り合いであるmick嬢がweblogをはじめた。
 というより、はじめていたのに私は気づいてなかったのだ!別のサイトはデイリーチェックしていたのに、なんたる不始末。腹切ってお詫びします。

 もともとブロガーじゃない人がblogを始める瞬間に立ち会えるというのは、なんだかうれしい。
 伝道師的という意味で、フランシスコ・ザビエル的快楽とでも名づけられようか。
 しおぴーさんがはじめた時もなんだかそんなうれしさがあった。
 もっとも、しおぴーさんは私が「blogいいですよ~」って言おうと言うまいといずれ始めていた人であろうし、mick嬢に到っては私が気づかないうちにとっくに始めていたのだったが。

 そんなmick嬢のblogだが、
タイトルは「ウサギヘイホウ」。
 その言わんとするところの意味はよくわからんのだが、「映画的箱庭」より全然センスあると思う。

 こう見えても私は、ネーミングが死ぬほど苦手である。
 たいていその場に追い詰められて勢いでつけ、後で狂おしいばかりに後悔する。
 以前から使っていたハンドルネーム「ハレー彗星」も、大学時代に合唱団で歌ってた合唱曲のタイトルから単純に引用したところ、同窓から散々からかわれる羽目になった。

 なにより、将来結婚したとして、子供ができた時が恐ろしい。
 まさか子供の名づけを後悔するわけにはいかんではないか。

 あ、でも待てよ、コレって、もし結婚できなかった時には言い訳にできるのでは・・・。(<コペルニクス的弁解)

 さいきん川柳ひとつもひねり出せず、家元にも叱咤され(川柳サークルじゃないんですけど w)、いよいよ文学的才がコカツせんとしているが如きわが状況に対して、mick嬢は軽やかかつ芯のある女一匹ぶりを見せてくれるのだった。
 あー、しかもスタイルシートいじってる。私はいずれやりたいなと思いつつ全然、手をつけてない。
 いいなあ。

 ところで、さっきから嬢、嬢って勝手に書いてるけど、もし私より年上だったらどうしよう。
 確か聞いたことないっすよね。
 もし私よりお姉さんだったらゴメンなさい。

 (その時はmick姉様って呼んでもいい?)<バカ

カウンタ削除しました。

 アクセスカウンタがまたリセットされてしまい、二度ならず三度となるとさすがに腹立ってきたので削除してしまいました。
 最近は「インターネットマガジン」でも紹介されていた忍者なアクセス解析が人気を集めているようなんだが(「小ネタblog~純情派」さんなんかが入れている<blogの中身はとっても面白い!)、私はあの右上についてくる手裏剣がいまいち気になり、導入する気になれない。
ビジネスやってるわけでもあるまいし、別に気にしなきゃいいやってことで、めんどくさいのでしばらくカウンタ類はつけるのやめます。
 代わりに、ココログル提供によるサイト内検索を設置。これは非常にスグレモノではなかろうか。→つけ方は、Curryさんのblogを参照

 「ココログル」もそうだけど、ココログを始めて実に面白いなと思ったのが、こうしたツールを作ったり裏ワザをどんどん提供していくニフティユーザーの層の厚さであり、面白いことや便利なことを自分たちで見つけて遊び倒そうという好奇心旺盛なユーザー文化の存在である。

 これはニフティを見直すきっかけになった、だけではなく、ココログ→blog文化と視野を広げていく中で、はじめて「インターネットの真の主役はユーザーである」というごくごく語られ尽くされたセオリーを初めて肌で感じることができたのが、本当に面白かったのだ。
 利潤追求という限定条件やら、くだらぬ組織文化の中で馬鹿げた視野狭窄に陥りがちな企業(供給側)に対し、ユーザー自身が発信することによってどんどん豊かになる文化のフィールドを作り上げたということ、これこそ真にインターネットの功績なのではなかろうか・・・。

 って今さら何を当然なことに気づいているのかという感じもあるが、私自身にとっては、これまでの自分は井の中のツボに入った蛙であったと自覚できたという意味で、大変に面白い体験なのであった。

 面白いといえば、Orkut。私はFilm Soundtracksというコミュニティーに入っているが、みんなの音楽の趣味をみるとけっこうロックやポップスとかが多い。
 んでこういう人たちはけっこうそういうのに並べてフィリップ・グラスとか聴いてるんですね。なるほどなぁー。
 でもやっぱりFilm Soundtracksというからには好きな音楽の欄に"Max Steiner"だとか"Miklos Rodza"とかいった名前を見たいものではなかろうか。(ちなみに私はすこし優等生的に"Willam Walton"御大の名を掲げさせていただいている)
 なので、そんな中で"from old-school Bernard Herrmann to John Barry to John Williams to Hans Zimmer..."なんてプロフィールに記載している人を発見すると本当にうれしくなってしまうものだ。
 バーナード・ハーマン!いいねえー。
お友達になりたいところなんですが、彼が自称するように自分は"Soundtrack geek"ってほどでもないしなあ。それにもろ米国人だから言葉の壁もある・・。

うーん、ひょっとしてこれって、生まれて始めて言葉の壁を意識した瞬間かもしれない。
こんなことが言葉の壁を意識する瞬間だなんて、やっぱり十分自分はgeekなのだろうか。_| ̄|○

geek=変な奴とか、オタクとか。「大道芸人」という意味もあるらしい。

2月 18, 2004

逆境か?

CLASSICAの「無人島へ持っていく一枚」を投票するときに、
「座右の銘」を入力する欄があったんで、あんまり一つのコトバを携えて生きていくタイプじゃない私は、高校生の頃に好きだったコトバを書き込んだ。

「逆境大好き 苦しくったって我慢するから平気だもん」

これって座右の銘じゃないだろ。ってな指摘はおいとくとして、これは高校のころ、部活の中でいつも口ずさまれていたコトバであり、当時はそれなりに活動の前に立ちはだかる障害を打ち砕くうえでリアルに力をもっていた言葉であった。
(※部活といっても私が運動部なぞやる筈もなく、文芸部の部長として益体もない歴史小説を書いたり、ディックとかバルザックとかを後輩に読め読めとすすめて迷惑がられたりしていたのだが、それなりに逆境はあったものだ)

でもそれから幾年月。このいささか懐かしい言葉をCLASSICAの投票欄に書き込んでいた私は
「あーあ、最近、逆境なんて呼べるほどの逆境がねーなー」
なーんて思っていたものである。

しかし今日は、久々に逆境の感覚を味わったっすよ。

いいね。逆境。

たまにはこういう、「もうコイツはバネにするしかねー」ってくらいの負のパワーをもった状況が襲いかかってこないとつまんねえだろう、なんて、今はそんなふうにヘラヘラ思っていたりするが、
つい一時間前はかなり煮詰まっていた。

もちなおしたのは、コレを見たおかげである

「逆境」などと語るのであれば、せめて9回裏・100点差からの逆転ぐらいのことを成し遂げてから言え!
とでも言われているようで、何だか急に気恥ずかしくなったりもする。

一人でウチで煮詰まったり怒ったり気恥ずかしくなったり、客観的にみるとなんだかバカみたいだが、
何よりバカ丸出しなのは、「逆境ナイン」の表紙見てるだけでなんか元気出てくるという己の単細胞さかげん。

2月 17, 2004

昭和史本横断中。

保阪正康著「瀬島龍三 参謀の昭和史」を読了。こりゃ名ノンフィクションと断言できる。本の分量としても比較的コンパクトであるし、歴史評伝としても組織論としても内容充分。一読をおすすめします。
 戦時は参謀、戦後は官僚というテクノクラート集団に牽引されるままに、民意の反映という民主主義的理想も、デモクラシーを支える民度の向上も共に放置されてきた親方日の丸国家な我が国で、国家のハンドルを握るべく成り上がっていったのは一体どういう人物だったのか。
 その一類型としての「瀬島龍三」が、いかに無定見かつ無責任な世渡り野郎であったかを告発する書であるように私には思える。
 そういうエリートの風上にも置けぬ連中がのさばりやすいのが戦後日本の風土というものなのだ、ということを、我々は認識しておく必要がありそうだ。

 続けて、半藤一利著「ノモンハンの夏」を読み始める。こちらの登場人物は安彦良和の漫画「虹色のトロツキー」(傑作!)でも悪の限りを尽くしていた辻正信・服部卓四郎の関東軍暴走参謀コンビである。
 半藤の筆致は保阪よりもより雄大で歴史小説風だが、暴走するエリート軍団への批判の視点は確かなものである。現在快読中。

2月 15, 2004

なにか休めない日々。

普段は別に休みがとれなくても口惜しくもないのだが、今日みたいに春の息吹を感じる素敵な晴れの日には、さすがに休日出勤して打ち合わせだの資料作りだのをしている身が恨めしくなるものだ。

昼休みにすこし自転車で外へ出て、ウォークマンで「魔笛」序曲を聴きながら空を見ると、実に羽根が生えたように軽々した気持ちになる。普段はマーラーみたいにこの世にお別れを告げんとするが如き音楽や、ショスタコーヴィッチのようなこの世が墓場に思える音楽(笑)ばかり聴いている自分だが、こんな日にはモーツァルトがじつに耳に心地よい。
小室等のうたう谷川俊太郎の詩「赤いクーペ」も、このようなモティベーションの中に漂うモーツァルトの、明るさとはかなさを歌ったものなのだろう。
歌詞の引用ってJASRACがこわそうなのでやらないけど、モーツァルトが歌ってくれる中をこの世界が終わるまで赤いクーペで走っていきたい、ってな感じの歌詞。

保阪正康の「瀬島龍三 参謀の昭和史」非常に面白いっす。
情報参謀によってもたらされた「アメリカ空軍に対しての海軍大勝利」が虚報であるという電報を、大本営の一参謀が握り潰したことによってレイテ島玉砕が引き起こされてしまったという事実を解き明かしていくあたりは、実に圧巻。
その「一参謀」瀬島が戦後も生き残り、第二臨調の中心的存在になって中曽根政権の行財政改革に取り組んでいたというのは、まったく度し難い事実である。
「沈黙のファイル」もなかなか面白くはあるが、この評伝に比べると少しジャーナリズム的で散漫な印象は確かにあった。
が、大本営の作戦参謀とは、戦中日本にはじまる典型的な「悪しき組織人」の類型ではなかろうか・・という問いは共通しているように思われる。

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