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11月 20, 2004

おお、R・シュトラウスであったか!

今宵は、新宿の沖縄料理屋「海森」で痛飲・・(^^;)
しこたま飲んだ帰路、ハナキン帰りの酔客で押しくら状態な中央線に乗り込み、車中で
「おい、人の背中で寝てんじゃねえ、コラ」と背の高いサラリーマンに凄まれ目が覚める。
生命力落ちてんなぁ・・・。

帰宅後、先週金曜のヤンソンス/RSOのコンサートをNHK-BSで見る。
ラトル遭遇に気をとられてチェックできなかったアンコール曲が、R・シュトラウスの「ばらの騎士」組曲であったことを知る。
なるほどあの過剰さは、シュトラウスであると言われれば腑に落ちる感じ。

あと今日は、昨日のエントリに書いた「台湾 霧社に生きる」を中野中央図書館で発見し、さっそく借りてきた。
台湾の先住山地民族と植民地警察官との政略結婚により生まれた人々の諸相がまず語られるのだが、当然そうした血の交流はあっておかしくないのだけど、何か日本人の歴史としてそういう事もあったのだという事実には刮目させられる・・。

そんな感じの一日。

11月 19, 2004

雨ですなあ

めっきり寒くなった。

NHK音楽祭の最後、ズデネック・マカール指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団演奏会に行く。
スメタナ「我が祖国」より「ブラニーク」、そしてベートーヴェンの第九交響曲。初めて気付いたが今年の音楽祭のサブタイトルに付いてる「ラスト・シンフォニー」とは、取り上げた作曲家の生涯最後の交響曲ばかりを演奏する企画である由。そういうわけでこれまでも「新世界」とか「ジュピター」とかがプログラムされていた。
ショスタコーヴィチの第十五とかはない(^^;)
当夜の演奏はあんまり面白いところがなくて楽しめなかったけど、チェコ・フィルの音はめっちゃくちゃ美しくて、「第九」のラスト2楽章では陶酔させられた。途中から弦とホルンしか聴いてませんでした。

村上龍の「トパーズ」、高島俊男「本と中国と日本人と」読了。
じつをいえば村上龍の小説作品は初めて読んだ。「トパーズ」はけっこう面白かったけど、べつだん他の作品も読んでみたいと思わせるものではない。ようは好みじゃないということなのかも知れぬ。
「本と中国と日本人と」はとくに、中国学者たちを巡る記述が面白いのだけど、アカデミック直球な書物への書評よりは、その学者の人となりを語っているあたりに惹かれる。紹介されている本のうち、金子光晴「どくろ杯」、石川達三「生きている兵隊」、邱永漢「濁水溪」、河口慧海「西蔵旅行記」などは、いずれ読みたいものだけど、最も興味をひかれるのは柳本通彦「台湾・霧社に生きる」だろう。

霧社は、台湾のちょうど中心あたりになる山中の、村の名である。霧社事件とは、セイダッカという種族が公学校(山地人の子供がかよう学校)の運動会を襲って、子供を含む日本人百数十人を皆殺しにし、日本軍がこれを討伐して山地人数百人を殺した凄惨な事件である。

これは1930年の話だけど、いま現在は妙に生々しく思える。何か今現実にチェチェンやパレスティナで起きていることと何か共通点があるのではと感じるからかもしれない。

11月 18, 2004

南Q太「スクナヒコナ」2巻

南Q太の「スクナヒコナ」2巻が出ていたので買った。
1巻ではいかにも女の子女の子していた主人公の紺だが、じつは借金男だった恋人と別れることによって成長してきているのが、絵柄の変化で伝えられる。(逆にいうと1巻の女の子チックなノリはむしろ新鮮な感じだったのだけど、2巻になっていつもの南Q太作品っぽい空気に戻ってきている感じ)

この人の漫画は日常にただよう空気感の表現がすごくいい。
新しい部屋に引っ越したら日ざしが強くて、コンロの火が見えにくくて付けっぱなしにしてしまわないかと心配になりつつ「注ぎ口の小さいやかん欲しいなー」と思ったりする導入部からして「いいなー」と思ってしまう。

主人公の大石紺はすごくけなげキャラなのだけど、その生活に平行してすごく怖い事態が進行するのが2巻。なんだか最近の作品にはすごく厚みを感じるようになってきた。今後も楽しみ。

11月 15, 2004

久しぶりに早稲田どらま館で観劇

学生時代に体育でダンスの授業をとっていたのだが、その時一緒だった子がいまでもミュージカルで活躍しており、時おりDMが来る。
こないだもDMが来たのだけど、GREE早稲田会で同じダンス授業をとっていた男子とたまたま再会したこともあり、卒業後のそれぞれの姿を再確認したくてみんなでミュージカル観劇としゃれこんでみた。
そんなわけでOneOnOne「大きな木 小さな月 〜樹霊〜」at早稲田どらま館にGo。
早稲田どらま館といえばかつて学生劇団時代の拙者ムニエル公演で何度か行った小屋だけど、相変わらずの狭さ(^^;)まぁ、この狭さが近さになるあたりはイイんだが。
拙者も今では本多劇場で公演うつような劇団になったけど、どらま館時代の公演の近さによる爆笑度はたまらんもんがあった。
さて、OneOnOneの今公演を演出している浅井さやか氏の舞台は相当前に一回見に行った記憶があるが、その時にくらべるとストーリーも演出も歌もかなりこなれた感じになっていて、相当満足できた。さらに美術や効果に予算かけた公演が実現したら、売れるかも。
ってミュージカルにそんなに素養ないので(^^;)無責任な第三者的感想ではありますが。

終演後はかつての同級生たちと鳥やすで一杯。
黒糖焼酎でしこたま酔っぱらう。

11月 14, 2004

「甘粕大尉」読了

角田房子著「甘粕大尉」を読了。非常に興味深い歴史読物であると同時に、類いまれな人物評伝の傑作だった。
士官学校の純粋培養的環境の中で、もとより息詰まるような真面目さの中に己を律するタイプだった甘粕が、自ら「自分は天皇教の信者である」と自己規定をする姿は、恐らく戦渦の中にまっ逆さまに転落していく当時の日本人の極端なサンプルであっただろう。
天皇の軍隊の意向のままに、自己の個人的犯行と称して大杉栄とその幼い子供までもを扼殺したため(書中では断定を避けているが、数限りない証言からして軍の指令によるものだったことは明かだ)、「子殺しの甘粕」と後ろ指を指され嫌悪されるに到った甘粕は、その負荷を全て己自身の中に背負ったままその後も生き続けた。
満州国成立のために奔走した際のテロや謀略行為など、その行状の是非はと問えば否定せずにはおられないが、ベクトルが間違っていたとはいうものの、その行動にみせるひたむきさには響くものがある。

甘粕は、酒席ではかなり乱れた酔いっぷりを見せたということである。

「甘粕さんが座を立つと、家の子と芸者全員がわたし達を立たせて、大きな輪を作った。甘粕さんの発声で鳩ポッポが歌い出されると、皆手をつないでそれにならい、大広間の中を幼稚園の生徒のごとく跳んで回った。そして最後に万歳の三唱があって解散となった。『お互いにガン張りましょう』青年士官みたいな表情で、甘粕さんはわたしの手を握りしめた」「鳩ポッポ」が時に「お手手つないで」に変わることはあったが、これが甘粕宴会のお決まりの幕切れであった。それを何度か目撃した斉藤敏雄は「何と皮肉な寸劇ではないか。小柄な人殺しの指揮で、大臣も将軍も総裁も、みんな両手を繋ぎながら、童謡を唄い回っている。私はそこに、嘘と虚名が横行する人間社会への痛烈な復讐を見た。過去二十数年、大杉事件の真相を深く秘めてきた甘粕さんの鬱屈した反抗心を、まざまざと見せられる思いがした」

これなどは一本の映画にしたいような鬼気迫る、しかし哀切なシーンであろう。
強烈なパワーを持った超マジメ人間が、ねじれた国家主義のために強力なマイナスヒーローに育ってしまう悲劇がここにはある。

満映理事長として終戦を迎え、自決した甘粕の最後の仕事は、朝比奈隆の指揮による新京交響楽団の演奏旅行であり、これを甘粕は崩壊する満州国が次代に残す文化遺産であるとして、その実現に奔走したという。
読後、ファシズム的皇道思想と歴史の非情に洗われながら自分なりのひたむきさを生涯貫いた「アマカス」という男の有為転変に、かなりずっしりとした感銘が残った。安彦良和のマンガ「虹色のトロツキー」などで甘粕に興味をもった向きには、ぜひ一読をすすめたい一冊である。

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