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11月 13, 2004

ロイヤル・コンセルトヘボウ管コンサートのロビーでラトルと遭遇。

NHKホールで行われているNHK音楽祭で、マリス・ヤンソンス指揮によるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏を聴いた。
ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」とチャイコフスキーの交響曲第6番<悲愴>が当夜のプログラム。ヤンソンスは私が初めてショスタコーヴィチの交響曲10番をCDで聴いてシビレた時の指揮者だったのでけっこう期待していたし、特にヤンソンスが振ったらカッコいいに違いないと踏んでた<悲愴>の第3楽章はやはり立派なものだったのだけど、それより何より終演後のロビーで何気なくサー・サイモン・ラトルとすれ違ってしまったことに驚いた。
この週末に転入すべく札幌から東京に出てきたばかりのクラシックファンのKさんは、30cmと離れていない距離でベルリン・フィルの音楽監督とすれ違った動揺のあまり、手にしていた財布を取り落としたほど。
私も颯爽と楽屋に向かってこちらに歩いてくるチリチリ毛頭の外人をみて「あれ、ラトルじゃん」と意外と平静に口走ってしまい、一瞬後にコトの重大さに気付いたのだった(^^;)
ベルリン・フィルと一緒に来日しているのは知っていたが、ヤンソンスと語り合いたくて出現したのか、ラトル。
なんとなく同系統のカオだと思うんですけどね、この2人。
すごいことだ!と話し合っているとKさんは
「私東京に来てから有名人と会うんですよ、上京祝いと思って居酒屋で閉店になるまで飲んでたら、山崎まさよしが同じ店にいて、そのあとカラオケ行って」と事も無げに話すのだが、そっちはそっちでスゴい話。この人は一体どういうツキなんだ?

「で、山崎まさよしは山崎まさよしの歌を歌うの?」
「なんか周りの人に勝手に入れられてたけど、酔っぱらって寝てましたよ」
なんか寝顔が想像つくね・・(^^;)

それにしても毎度思うが、<悲愴>は4楽章イラネっす。
予想していたとおり3楽章のラストでフライング拍手が出たけど、ある意味一ひねりして正しいような気がしないでもない。

11月 12, 2004

もうやんカレー初体験

一部で有名なカレーの名店、西新宿のもうやんカレーに初めて行ってきた。
ホントはこのお店のサポーターでもある加藤さんと一緒に行きたいところだったのだけど、ご本人がカミングアウトしているとおり直腸ガンであることが判明してしまったため、さすがにお腹にずっしりくるカレーは無理となってしまった。残念。

私の母もガンが腸にできたことがあり、何年か前に(正確に覚えてなくてゴメン^^;)切ったのだけど今はピンピンしている。
人徳者である加藤さんであれば、なおさら生存するものに違いないと私は思っている。

切断された癌細胞を母の術後に直視したことがあるのだけど、ものすごい悪のオーラを放射しているのを感じるとともに、すごく反感(というのも変な表現だが、たぶん生理的な反応によるものだ)を覚えた。

あんなもんに私の好きな人達が負けてほしくはない。
大変な戦いだろうと想像するほかない身ですが、絶対に勝ってください。

カレーの話でした。実は私、最近ココイチのカレーを食うと80%くらいの確率で腹を下してしまったりするので入店前に「お腹もたれるよー」と聞かされて少し不安を感じたのだけど、確かにすげえもたれ度だったがゲリにはならなかった。
カレー自体もおいしいけど、「きのこチーズ焼き」がすごかった。ざく切りの茸のうえにたっぷりチーズがかけられており、まん中に花火がたてられている。そいつを店員さんがバーナーでゴーッと焼き付け、花火がバチバチ燃えながらチーズがとろとろになっていくという、物凄いイベント的な演出。
ふられ話でクダを巻きに来たのにこの祝祭性は何だ!?と思わず苦笑(^^;)

自分の色んな面での立ちいかなさに、すこし成功本でも読んでみようかとGREEでリンクしているtsunoさんがおすすめしているGMO熊谷社長の「一冊の手帳で夢はかならずかなう」を買ってみた。
私のGMOに対するイメージはどっちかっていうと悪い(^^;)。それにこの本の最初のくだりで「私はこの頃からかなりの数の本を読んでいました。とくに成功した人の体験記や記録などです」なーんて書いてあったり、「教養・知識」をつけるという目標は結構だがその中身が「外国人や有名人など、自分とは縁が遠い人たちとも交流できる教養を身につけたい」というものであったりするあたりも、全く私の価値観とそぐわず寒いモノを感じるのだが、まるで人生観の違う人の自己の律しかたを学んでみるのも益があるだろう。私なんぞ考えたことをさっさと忘れるタチだし、ついこの間の妹の誕生日もさっくり忘れていて怒りのメールをもらったりしたので、手帳術は身に着けておいて良いスキルかなと思う。

「甘粕大尉」は満州事変勃発、そして満州国建国のために甘粕が奔走するあたり。清国廃帝溥儀を天津から護送し保護するが、関東軍上層部では満州を大統領制とするか帝国とするかを本人そっちのけで議論の最中。「皇帝としてお迎えします」と言われて満州にやってきたものの、そのまま旅順のホテルに監禁された溥儀は不安な日を送ることになる。
この議論で甘粕は「日本帝国の分家に大統領は置けぬ」と明言して軍上層部の尻たたきをしたという。至上の存在である天皇とその国体の正当性を目して疑わぬ甘粕の峻烈な姿勢が伝わってくる。
世界から非難された石原莞爾らによる錦州爆撃なども行われたこの情勢だが、何か遠い日の話とばかりも思えない。
至尊のデモクラシー政体を中東圏に確立するというタテマエを掲げて軍事力を振るうアメリカ軍と、大東亜共栄圏を掲げた帝国主義日本、関東軍との間に差はいくらでもあるだろう。しかしいずれも国際協調を無視し、自己の価値を異国の民族に強要することに何の疑問も抱いておらず、民間人を巻き込んで対ゲリラ/対テロリスト戦を異国で展開している点は、少なくとも共通しているのではないか。

11月 10, 2004

本の山を譲り受け

活字をひきよせるフェロモンでも出ていたものであろうか。

夜中の22時ころにスタジオでSP用の景品写真を撮影しようと降りてみると、そこらじゅうに大量の本の山が出来ている。
スタジオ奥の納戸から出てきたNさんは「いや通勤途中に読み終わった本をそのまま会社に置いてたら、こんなにたまっちゃって」と言うのだが、これがもう並の量じゃないのだった。

整理してみていらないのは捨てようと思ってるそうなのだが、かなり私的にツボな本も散見されるため、捨てるくらいなら貰いますと言ってデパートの紙袋2つ分くらいの古本を譲り受けた。

自分でもこの中から選り分けて不要本を捨てるというのは結構な作業だけど、でもこんな本が入ってたら貰わずにはいられません。↓
バルザック「海辺の悲劇」(岩波文庫復刊本)
バルザック・山田登世子訳「風俗のパトロジー」(新評論)
ヨハンネス・ファブリキウス「錬金術の世界」(青土社)
ヘーゲル・長谷川宏訳「精神現象学」(作品社)
大岡昇平「中原中也」(講談社文芸文庫)
種村季弘編「泉鏡花集成・6」(ちくま文庫)
邸永漢「食は広州に在り」(中公文庫)←これも高島俊男氏の「本と中国と日本人と」で丁度出てた本。巡り合せだなぁ・・
ジャン・コクトー「ぼく自身 あるいは困難な存在」(ちくま学芸文庫)
鶴見俊輔「限界芸術論」(ちくま学芸文庫)

中でもスゴイのが、あの「ゆきゆきて神軍」に登場する"神軍平等兵"こと奥崎謙三の著書「宇宙人の聖書!?」だ。
こんなもんどこで買ったんですかと聞くと古本屋で買ったとか。

「奥崎はどうでもいいんだけど、付録にひかれて・・」

と、目次をみると何とあの「風流夢譚」が付録でついている。なぜ戦後最も有名な発禁小説が!しかも付録とは?
「勝手に載せちゃったんだろうねえ」
すごいぞ奥崎。付録部分のトビラに「皇室顕彰会編」とあり、「天皇・皇后両陛下の秋季西欧御旅行を記念して」などとある。完全にケンカ売ってる(笑)
こればかりはあげられないけど貸してあげる、と言われてこれも持ちかえることに。

思わぬ収穫。手当てはなくても残業してみるもんだ。(って違うか)

併読中「本と中国と日本人と」「甘粕大尉」

中国の大盗賊・完全版」がしごく面白かった高島俊男氏のブックガイド「本と中国と日本人と」(ちくま文庫)を読みつつ、書中に登場してきた角田房子著「甘粕大尉」(中公文庫)を読んでいる。

高島氏のブックガイドは、東京帝大の中国学の大教授たちが彼らの先生にあたる学者を論じた「東洋学の創始者たち」のようなアカデミズムおたく本から、檜山良昭の諜報(スパイ)小説「スターリン暗殺計画」のような娯楽まで縦横無尽である。一冊一冊の紹介も簡潔かつ面白い。そして何より、高島氏がどういう本を好きな人で、なぜその本に惹かれるのかが伝わってくるのが良い。
(ブックガイドで最も重要なのは、誰が読んでも理解できる客観的記述などではなく、実は書評者の人格やスタンスである)

そんな高島氏のおすすめ本群の中に、「甘粕大尉」「李香蘭 私の生涯」と、自分の書棚に入っている積ん読本が二冊も入っていたので、高島氏のおすすめにノッて棚から掘り出すことにした。

まずはやはり「甘粕大尉」だろう。漫画界でも密かなリバイバルが起こっている(安彦良和「虹色のトロツキー」を嚆矢として、今も村上もとかの「龍(RON)」で甘粕は活躍中だ)、満州国のフィクサー甘粕正彦の評伝。
甘粕正彦が国民的に知られるようになったのは、関東大震災直下の東京でアナーキスト大杉栄とその家族を虐殺した憲兵隊大尉時代である。角田房子の記述は、まずこの関東大震災というクライシスを生々しく描写し(新潟中越地震を間近に体験した今現在の我々にとってはいっそう生々しい)、そのさなかに起こったアナーキスト殺害という異常事件を法廷証言などを精緻に積み上げながら解剖していく。
この中で浮き彫りにされていく甘粕正彦の人物像が実に興味深い。特に獄中の手記。「国家有為の人柱になるべくして生まれてきた自分」という自意識を強烈に持ちながら、天皇の軍隊に奉公したせいで自己実現を奪われる監獄生活に投げ込まれた苛立ちが叩き付けられている。陸士という純粋培養環境が生み出した国家主義的超マジメ人間という面が伝わってくるのだが、しかし単純なファシスト的肖像だけでは飲下せないのが、自らの殺害した大杉栄一家の三周忌に獄中で独り拝んだというくだり。

陸士同期生・麦田平雄の「満州時代の甘粕が『大杉は人間として立派だ』と私にいった」という言葉が思い出される。

現代では受け入れられない人格であるけれども、こうした自らの国家主義的狂熱を、立場のまったく違う無政府主義者の狂熱とシンクロするものとして認めるスタンスは面白い。恐らく、ここで彼が重要視しているのはイデオロギーの違いを超えた、主義者同士の共感なのだろう。(もちろん、国家権力を背後に相手を不法に虐殺した行状は非難されるべきだし、そこに一種の御都合主義を感じざるにはおれないのだが)

後半はもちろん渡満後の協和会・満映等を舞台とした八面六臂の活躍が描かれるのだろう。読みすすめるのが楽しみだ。

11月 08, 2004

小説「ランドマーク」〜漫画「夕凪の街、桜の国」〜映画「2046」

ここんとこ読んだ本。

吉田修一の最新作「ランドマーク」は、

村上龍絶賛!「倒壊の陰にある希望、裏切りと同意語の救済。閉塞と共存する解放、虚構に身を隠す現実。」

というのがオビの売り文句なのだけど、到底絶賛できるシロモノではないと私には読めた。
(1)何の肯定も否定もなくただ生を繰り延べることに飽いた青年がインターネット通販で男性用貞操帯を入手し、それを着用しながら大宮の空にそそり立つねじれたランドマークタワーを建設する。
(2)この特殊なランドマークタワーを設計した建築家は、妻と愛人との二重生活を続けていくが、それぞれの関係が微妙なズレを重ねていく。
という二つのプロットがらせん状に屹立する建築を巡って進んでいくのだけど、正直、安易な類比構造に思えてしまう。こんなふうに観念的な仕組みを露出するのではなく、もっと描写で自然に見せてほしいと思うのは勝手だろうか?
吉田修一自体は好きなんだけど・・・。まぁ、次作に期待すべきか。「長崎乱楽坂」もまだ読んでないな。

こうの史代のコミック「夕凪の街、桜の国」は、しおぴーさんにすすめられて読んだ一冊。
中野の麺次郎でみそつけ麺食いながら読んでたら、突如こみあげるものがあって店内で号泣してしまった。
これは平和の主張を叩き付けるような作品ではない。
あくまでも静かに、人間の悪意の総体のごとき「核攻撃」という巨大な抹殺行為に直面してしまった普通の人達が、
どのように生きていき、どのように生を終え、そしてどのように今も生き続けているのかをささやかに描いた珠玉の小品である。
これを読んで、私の「20代のうちにやっておきたいことリスト」に「広島に行く」が加えられた。

ウォン・カーウァイ監督の最新映画「2046」も見たんだけど、そっちの話は→東京シネマホルモンblogにて。

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