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3月 20, 2004

メノ・メイエス監督「アドルフの画集」

テアトル・タイムズスクエアでメノ・メイエス監督「アドルフの画集」を見る。
最終日の最終回だったので、定時にダッシュで会社を出た。
途中TSUTAYA新宿店で鑑賞券を買おうとするも、置いておらず(信じられん)、通常一般料金1,800円をバーンと払って入場する。(このパターン今月で2回目)
ウイーンで一画家志望の青年として青春時代を送った若い日のアドルフ・ヒトラーを描くという非常に興味深い題材の映画だったが・・・

画家ヒトラーと、大衆扇動家ヒトラーと言う二つの顔の葛藤を描くために、ドラマの舞台はヒトラーがナチ党員としてデビューしたミュンヘンに移されている。鉄工所を使って画廊を営む裕福なユダヤ人の画商マックス・ロスマン(ジョン・キューザック)は、自分の画廊の前に佇んでいた小男の復員兵アドルフ・ヒトラー(ノア・テイラー)に出会う。ヒトラーの抱えていたスケッチブックに興味を抱いたロスマンは彼に画家として生きていくことを勧めるが、ヒトラーは陸軍の寄宿舎で勢力を伸ばしつつあった民族主義的右翼グループの主張に魅惑され、政治活動に関心を持ち始めていた。ロスマンはヒトラーに「その不満を絵画にぶつけろ」と鼓舞するが、いっぽうで右翼グループの世話役でもある陸軍大尉(ウルリク・トムセン)は、本来純潔たるべきアーリア人の国ドイツにおける獅子身中の虫がユダヤ人だという主張を吹き込む。

ヒトラーはここで、自分の感じている敗北感を認めたくない強がりが裏腹な自尊心・尊大さになって現れているという、どこにでもいるような人間として描かれている。
彼を取り巻く状況は、彼が尊大な人間であるがゆえにどんどん真っ当な道から外れていくような具合に働いてしまう。彼を芸術家として育てようとするユダヤ人画商ロスマンの存在自体がその最たるもので、彼の洗練された物腰や裕福さがますます、ヒトラーに自分で認めたくない劣等感を植え付け、彼はその弱さの否定から発して叫び、熱狂するアジテーターとしての自分を鍛え上げていくのだ。

こうした描き方は面白いのだけれども、いかんせんヒトラー自身とその周囲の葛藤に盛り上がりが無く、広がりも乏しくて平板な印象を与えてしまう。
おもにヒトラーに劣等感を抱かせる装置として働く、画商ロスマンの裕福さや芸術品に取り巻かれた生活ぶりなどは、なにか1930年代ドイツ文化のカタログから切り出してきた安っぽいパロディのようだ。ロスマンの住居を撮ったショットには、しつこいくらいバウハウスの家具調度や抽象絵画の額などがフレームに入れ込んであって、「わかったわかった、そんなに言わなくても」と多少食傷気味になってしまうのである。
こういうのは、プロダクション・デザイナーの趣味に帰すべき問題なのだろうか?ヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」を何度か思い出したが、あちらの方がわざとらしさがなく、好ましく感じられるように思う。

また、ヒトラーが芸術上のライバルと目していたワイマール・ドイツ芸術家の代表選手として、実在の画家ゲオルゲ・グロッスが登場するのだが、ストーリー上での役割はせいぜいヒトラーが自分より先にグロッスの個展が開かれることを妬む程度で、どうこうという葛藤は描かれない。これなどももっと明暗際立たせ、両者の対比を描けばより深みのある話になっただろうに、惜しいことである。
(グロッスは、ピーター・ゲイの名著「ワイマール文化」に於いて「ワイマール精神の具体的な表現」と絶賛されている、風刺的絵画・漫画を数多く描いた画家である)

全体としては取り組みの視角は面白いのに、存分に展開できなかったためになんだか惜しかったなあという印象の残る作品であった。
そういえば画商ロスマンを演じているのはジョン・キューザックだが、ティム・ロビンス監督「クレイドル・ウィル・ロック」でも絵画の大好きな金持ちを演じていた。あちらはロックフェラーセンターのホールの壁画をディエゴ・リベラに描かせたところ、資本家が梅毒にかかる絵なんぞ描いたのでブチ切れるという役だったが、こちらは願い果たせず一人の青年が稀代の政治的怪物に育っていくのを止められなかった哀しい金持ちという役だというのもちょっと面白い。

イギリス/カナダ/ハンガリー合作映画。ロケはブダペストで行われたそうである。
またブダペスト行きたいなぁ・・・

3月 19, 2004

今日買ったCD

今日が最終日である映画「アドルフの画集」を見にテアトルタイムズスクエアへ。
この小屋には、出るとすぐHMVがあるという恐ろしいトラップが仕掛けられている・・。
→で以下買いました
エマーソン四重奏団:ハイドン「十字架上の七つの言葉」
ガッティ指揮ロイヤル・フィル:バルトーク「管弦楽のための協奏曲」
ツァハリス他:モーツァルト/ピアノ四重奏曲1,2番
ペライア指揮&ピアノ:バッハ「ブランデンブルグ協奏曲」5番
カルロス・クライバー指揮バイエルン放送響:ベートーヴェン交響曲第6番「田園」(去年の超話題盤!ようやく入手)
リヒテル:バッハ「平均律クラヴィーア曲集」(例のCLASSICA無人島企画で、やはり聴かんでは通れぬかと思い・・)
B00006AUNP.09.MZZZZZZZ.jpg
私的に世界最強のギタリストであるパコ・デ・ルシアの5or6年ぶりの新作"COSITAS BUENAS"。
(HMVのPOPでは一か所で「じつに6年ぶりの新作」と書いてあったかと思うともう一か所では「5年ぶり」とあった。どっちやねん・・ちなみにフラメンコです)

3月 18, 2004

兵士としての一日目に遅刻(?)

志願して従軍することになった。

とある地方都市に在る連隊に配属されることになったので、電車でその街まで行く。連隊本部に出頭して、明日から一兵士として働くための手続きをする。
2,3の簡単な手続きが終わり、赤レンガの門をくぐり、つづら折りの坂道を下ってホテルへ帰る。

帰り道、ともに手続きをした志願者たちの三、四人と同道する。
それぞれに生活感がある人たちだ。中には髪にすこし白髪の混じった、眼鏡をかけたインテリ風の男性もいる。

空は晴れていて空気は乾いている。お互いに色々と話すのだけれど、ふしぎと気分の高揚だとか、逆に暗くて落ち込んだ雰囲気みたいなものもなくて、妙に空漠感だけが漂っている。
誰いうともなしに決まって、街で飲んで騒ぐことになった。連隊に入ってしまえば簡単に飲みに出られなくなるからだと思うが、とにかく歌ったり踊ったりとえらく張り切ったことのほかは、あとは記憶がない。

起きてみるとホテルの一室にいた。ぼおっとした気分はすぐに消え去った。
日が妙に高いのだ。急いで時計をみて確信した。
どうやら私は、軍隊に入って訓練の初日だというのに、遅刻してしまったらしい。

大急ぎでホテルを駆け出す。
今ごろ、昨日いっしょに騒いだ同じ志願者たちは、帽子かなにか授けられる式にでも出ていることだろう。私だけが不在のまま、粛々と式が進行していくさまが脳裏にうかぶ。
どんどん走っているのに、なかなか連隊にたどり着かない。
昨日はたいした距離でもなく思えていた宿から連隊までの道のりが、異様に遠くてそして迷いやすい道に思える。
あちらこちら街を行きつ戻りつして、ようやく連隊本部に上っていく坂道のふもとまでたどり着く。そこから例のつづら折りの坂道が延々と続き、私はもう心臓も割れぬばかり息せき切っているのだが、心臓など割れてもよい。だって、軍隊で遅刻する以上に恐ろしい遅刻はないではないか?

そこで目が覚めた。
時間は11時半。そう、私は軍隊に遅刻する夢を見ながら会社に遅刻してしまったのだ。 (ーー;)
情けない・・・

昨日の今日のことだからかどうか分からないが、課長とNさんが心配して、営業のついでに車で様子を見にきてくれていたそうだ。
そのころ私は夢の中よろしく自転車で会社に爆走していたのだが、あとで聞くとその車中、Nさんは
「そういえば私が学生のころ、同じバイトの女の子が過労死しまして・・一人暮らしだったので発見が遅れたそうです」
とボソリと言ったらしい。

このくらいで私は死にません(^^;)。
というか↑こんなノンキな夢を見ていたなどと、とうていNさんに聞かせられない・・・

8時だヨ!全員ポスティング(泣)

会社でジャンボなトラブル発生。
対象ユーザー宅を一件一件まわって、対策マニュアルをポスティングすることに!
その数1,300件。
リストが出たのが7時近く。
そして対象世帯を地図から発見しマーキングしていく作業をしているうちに、はやくも夜8時に・・・

8時・・・・

8時だヨ!全員ポスティング!
ちゃんちゃちゃらんちゃんちゃんちゃんちゃん~
「イッテミヨ~!」(行くしかねえよ~)

80軒ばかしのリストと地図を手に、自転車で向かい風吹きすさむ夜の街へ・・・
ペンライトで地図を照らし、表札を確認しながら一軒一軒ポストしていく。
番犬に吠えかけられ、連鎖反応のように地域一帯の番犬が吠え始めたり、
ポストしたら在宅していたユーザーさんが出てきて、直接サポートする局面も。

様々な事態が起きつつも、普段外回り業務がなくユーザーさんとの直接のふれあいがない私にとっては、
ユーザーさんの住む町のそれぞれを足をつくして歩き回る作業を結構楽しんでいたりもする。
データベース上のユーザー情報でしかお客さんと付き合わないというのでなく、お客さんと同じ空気を吸いながら仕事ができるというのは恵まれたことではないかと思う。(サ○バーエージェントとかにこんな楽しみはあるまい)

しかし、この作業内容は徒労である・・・
そもそも、夜10時過ぎにポストされた配布物を、誰がその日のうちに見るというのか?
こうしてポストしているブツがユーザーさんの目に触れる前に、電話がかかってきてサポセンがパンク・・・
配布物がポストの中で眠っている間に、問題は勃発、対応、終息という一つのサイクルを終え、無用の長物となった配布物が明朝ポストから掻き出される絵が容易に想像できる。
「シーシュポスの神話」ではないが、まったく無意味な徒労を繰り返しやっているような気もする。

さんざんやって夜12時近くに帰社。
そんなわけで泥のように疲れた、仏滅にふさわしい日でした。

3月 16, 2004

Qちゃん派一人だった

まったくどうでもいいようなことなのだが、今日のYahooニュースで
「Qちゃん派一人だった」というヘッドラインを見かけ、
「藤子不二雄の漫画の中でどれが一番傑作か」と大議論している男たち・・というイメージが脳裏をよぎった。

結果は、ドラえもん5人、プロゴルファー猿2人、魔太郎2人。 Qちゃん派は1人だった。(ロイター)

 「ブラック商会変奇郎」とかも私はけっこう好きである。

本物はこちら→1対9選考委員会…尚子五輪マラソン落選

おすすめ記事・Blog

町山智浩アメリカ日記を見て思わず眼を見開かされた。

天安門事件を覚えているだろうか。1989年、北京の天安門広場に集まった民主化を求める学生たちを人民解放軍が虐殺した、とされる事件だ。

「とされる」としたのはウソだからだ。

 以下、「広場で学生を踏み潰す装甲車」としてTIMEに掲載された写真が虐殺のイメージ涵養を大いに手伝い、人民解放軍による虐殺というイメージが世界のマスコミを踊り狂ったが、それが実は事実ではなかったと判明した後もひっそりと修正記事が載せられるばかりで、誰も真剣にはとりあげなかったことが記述される。
 かくして、「天安門広場では学生が人民解放軍に殺された」という一度流布したイメージだけが、あたかも歴史的事実であるかのように一人歩きすることになる。
 私もそのイメージを持っていたので、この記事は非常に面白かった。
 この記事なども、町山氏の一連の「インチキをほっといて誰も言わないと、とんでもないことになるからオレが言う」という文脈だろう。村上隆猪瀬直樹~天安門広場虐殺。それから、"天安門広場虐殺"という誤解にみられる「たいてい人は自分の見たいものしか見えない」というテーマから、「千と千尋の神隠し」=風俗産業論をめぐる問題に展開する。これも非常におもしろい。

 あと、こっちはただ笑えるという意味で、このblogもおもしろい。
B型悪魔系
 爆笑つるべ打ち。これだけ笑ったblogは他には「腐女子の行く道、萌える道」の最近の記事くらいだ。文章もとてもうまい。

極私的記録:マイルーツ1(イタリア)

自分のルーツをたどる趣旨の記事カテゴリを作成してみた。
人と出会って色々話すと、まあ自分のような者が他人に表出するものはせいぜいがその趣味というくらいのものだが、
いったいそんな自分の趣味はどこからきたものなのか?と自問自答してしまうことがある。
そんな来歴をたぐろうという、人にとっては何らの価値もない、自分だけを想定読者にした備忘録がこの「マイルーツ」カテゴリだ。
私以外は読まないことを推奨する。

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さて、今日の午前中は立て続けに色々な仕事が湧いて出てきたのだが、午後になるとようよう落ち着きはじめた。そこで土曜日に名刺をやり取りした何人かの方にご挨拶メールを出してみた。
Y川さんはイタリアはトリノの学校に料理修行に行くことを話し、「そのときにはイタリアの歴史も興味があるので、色々見てきたいと思っている」という趣旨の発言があったのを私は聞いていた。
で、メールに近代イタリア史は自分も興味をもっているところだという一文をおりまぜてみると、Y川さんからの返信メールが戻ってきて、塩野七生の本からイタリア史に入っていったということが書いてあった。

なるほど、塩野氏からイタリアに興味をもつ人は世に多くいることはよく聞く。ところが、恥ずかしながら私は一冊も読んだことがない。(正しくは「コンスタンティノープルの陥落」から読み始めようとしたことが一度ある。が、どうも文体が肌にあわないのか、薄い本にもかかわらず途中で投げ出してしまったのだった)

そこで、一体自分はなぜイタリアの、それもリソルジメントを中心とした近代史になど興味を持つに至ったのだろうか?としばらく考え込んでしまったのだが、よく考えるとそれはOrkutにも全く盛り上がらないコミュニティが形成されているフランスの文豪スタンダールのせいだということに思い至った。
高校生のころ、初めて長編海外文学の面白さに痺れたのはスタンダールの「赤と黒」だったのだ。

この小説ぜんたいを覆っているのは、王政復古期の偽善と倦怠に満ちたフランス社交界への呪詛、それとは裏腹に情熱的で偽善のないイタリアへの作者自身の憧憬である。
それは地方の一高校のコミュニティから疎外されていると感じていた当時の自分の心境に至極マッチしていて、私は大いにのめりこんだものだった。

同時に読んでいた「イタリア年代記」と称される中短編群も素晴らしかった。今でも愛してやまない傑作「ヴァニナ・ヴァニニ」はリソルジメント前史ともいうべき炭焼党(カルボナリ)運動がストーリーの根幹にすわっていて、思えば近代イタリア史への門はこの時のスタンダール体験が開いたものだといえる。

コミュニティからの疎外は誰でも通る青春時代の一頁ではあろうが、それがどうしてスタンダールだったのか?と考えると、そこには岩波新書の教養主義が深い影を落としていることに気づく。すなわちサマセット・モーム著「世界の十大小説」が私にスタンダールへの扉を開いたのだった。

この著は今は岩波文庫におさめられているようだが、私はカバーのついていない、たしか青版の岩波新書でこれを読んだ。当時にしてもすごい古本で、おそらく祖母の下宿屋を出て行った大学生が置いていった蔵書の中から抜き出したものだったと記憶する。

この著にあげられている十大小説は、他にフィールディングの「トム・ジョウンズ」、オースティンの「高慢と偏見」、ディケンズの「ディヴィッド・コパフィールド」、ブロンテの「嵐が丘」、バルザックの「ゴリオ爺さん」、フローベールの「ボヴァリー夫人」、メルヴィルの「白鯨」、トルストイの「戦争と平和」、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」、といった調子で、当時の眼で見ても既に古色蒼然としたラインナップだった。

これらを読んでみようと思ったのはたぶん高尚な理由ではなかった。今にして思えばおそらく、疎外を感じたいち地方高校生が、古色蒼然たる教養主義の世界に逃避することにした、というところだろう。
私はその後、図書館の隅で埃をかぶり、読書カードに一名の名前も記されていないバルザック全集を一冊一冊と読んでいった。「ふくろう党」や「暗黒事件」はこのころに読んだものだ。

なかなか恥ずかしい、暗い青春時代だが、それでも黄ばんで所々ページの外れかけたバルザックやスタンダールは、疎外にうちひしがれた精神に情熱を与えてくれたように思う。(その情熱を誰かと共有することはついに出来なかったが・・)

こんな風に時代からはずれた逃避行動をとる淵源は、さらに遡って自分の父の家系にあるような気がする。
自分の曾祖父は、新潟の農村の地主の家に生まれた人だが、別に貿易港があるでもない田園地帯の真ん中でロシア語なんぞを勉強しており、太平洋戦争中にはソ連のスパイではないかと噂されたという。
ひとつの面識もないのに妙に親しく感じられるこの曾祖父についてはまたいずれ書くことにしたい。

3月 15, 2004

イタリア人気質?

Red Panda's Blogさんのところで紹介されている以下のFlashアニメ、
めっちゃ面白いっす。
Italian cartoon
特に何の語学力も不要なので、ためらわず"Play"をクリッククリック!

私はイタリアには旅行でしか行ったことがないので、それほどイタリア人気質的なものに出会ったことはない。
せいぜいが学生時代にミラノへ立ち寄った折、作家の旧宅を改装したアレッサンドロ・マンゾーニ記念館を見ようとした時の思い出くらいだ。
12時まわったころに行ってみると守衛に「もう昼休みだ。午前中開けてるのは10時から12時まで。次に開くのは14時だからまた来んしゃい」と言われ、仕方なく他の所をまわった後また16時まわったころに行ったら時既に遅し、閉館済みなのだった。

「・・・って開館正味4時間かよ!!アリか!?」と思ったものだが、まあ小さい記念館だし国がやってるミュージアムでもなかろうから、そんなんでいいのかも知れん。
(なお、マンゾーニは伊国の国民的作家で、ヴェルディの傑作「レクイエム」はマンゾーニの葬式のために作られた・・というほどの大物。代表作「いいなづけ」はクソ長いのに高校で必修なんで一般イタリア人の間では評判が悪いらしい。私はもちろん読んだことないです)

ミラノでは他にリソルジメント記念館に行ったが、ガリバルディの持っていたサーベルなどを「燃える~!」と食い入るように眺める東洋人の背後を、社会科の授業かなにかで仕方なく来させられてるっぽい地元の中坊が、珍獣でも見るような眼でみて通り過ぎていたことを思い出す。

イ・チャンドン監督「オアシス」

きわめて寡作ながら「グリーンフィッシュ」「ペパーミント・キャンディ」など、ほんとうに素晴らしい珠玉作ばかりを撮ってきた韓国の映画監督イ・チャンドン。
近作「ペパーミント・キャンディ」は、「グラディエーター」や「バトルロワイヤル」等良作の多かった2000年、もっとも印象深く素晴らしい作品で、私的には韓国映画・・いやアジア映画の中でも現存最高の監督こそ、この人イ・チャンドンだと思っている。→昔書いた「ペパーミント・キャンディ」の感想

そんなイ・チャンドン監督の待望の新作が「オアシス」。私はあらゆる事前情報を絶って公開しているル・シネマに向かったのだが、ロビーに貼られている雑誌切抜きで、彼がノ・ムヒョン政権の文化観光部長官(日本で言えば文化庁長官といった役職らしい)として入閣しているということを知る。アンドレ・マルローか?いつのまにそんなエラい人になってしまったのだろう。
(調べてみると、入閣したのは2003年2月のことだというので、この映画がつくられた2002年の直後のことだったのだろう)

あまり詳しくは語らぬが花というものだろうけれども、この映画を見るのはものすごく重くてきついことだ。
しかし、見終わった後に感動が絶え間なく寄せて打ち返す。

話の大筋を述べると、暴行・強姦未遂・過失致死という3つの前科をもって刑務所から出所したばかりのソル・ギョングが、過失致死罪の被害者だった清掃員の孤児であるムン・ソリの家を尋ねる。
彼女は重度の脳性マヒで、自分ひとりでは外出すらもできない状態である。(ムン・ソリの迫真の演技は物凄く、私は途中まで本当の脳性マヒの人がやっているのだと思っていた。彼女はクランクアップ後に骨盤や脊髄が麻痺してしまい、リハビリを受けてようやく運動できるようになったという)
途方もなく不器用で、29歳にもなっているのに小学生の悪ガキみたいな行動しかとれないソル・ギョングは、何年かぶりに出てきた刑務所にも誰ひとり迎えに来ないほど家族から疎まれているのだが、なぜかムン・ソリの住む公営アパートには果物を持っていったり、花束を持っていったりと足しげく通う。
一体どういうつもりなのだ、とムン・ソリの兄からは追い払われるのだが、そんなムン・ソリの兄は彼女との同居を厭って妹をダシに障害者介護用の高級アパートに自分たちだけ引越し、妹をボロい公営アパートに一人で置き去りにするような奴なのだ。
ソル・ギョングはある時ムン・ソリが一人の時に彼女の部屋に入り込み、そして抵抗もできない彼女を犯そうとする・・。

いったいこんな人でなし野郎ばかり出てくるストーリーの、どこが感動を誘うというのか!?と思われるだろう。
ところが、これがこの上ないほどに切なく、深いラブストーリーに展開していくのだ。

野島伸司みたいな話がウケる日本の土壌から見ると、文化庁長官にまでなった人が重度脳性マヒのヒロインをテーマに恋愛映画を撮るといったら、ものすごくいかがわしい映画ができそうに思える。
ところがこの映画は今どき珍しいくらい、実にまともなのである。少なくとも、「ここで出てくるハンデキャップだとかマイノリティ性とかいったものは、単にドラマのカタルシスに利用されているだけではないか?」という、レオス・カラックスあたりの映画でよく疑問に感じるいかがわしさは微塵もない。
(↑敵を作る表現だなぁ・・)

パンフレットに掲載されている監督インタビュー中で「ヴェネツィア映画祭での反応はどういったものでしたか」という質問への答えを引くと、

 想像以上にすんなりと受け入れてもらえたようでしたが、実はそこは私の反省点でもあります。
と、意外な答え。
 もともとは、観客に最初のうち窮屈で居心地の悪い思いをたっぷり味わってもらおうと意図していたんです。ああした疎外された人たちを受け入れ理解するのは簡単なことではないですし、居心地の悪さを感じながら徐々に理解していくものだと思うので。私の意図したよりも観客は優しく受け止めたようで、あまりにも受けいれやすい形にしてしまったかもしれないと反省しました。

 イ・チャンドン監督の本気さ、まともさが伝わってくるインタビューではないだろうか。
 パンフレットもル・シネマにしてはよく出来ていて、冒頭の「フォーリング・ラブ・アゲイン。」なぞと馬鹿げた表現のふくまれた感想文を除けば、ムン・ソリの来日記者会見も泣けるし、韓国では、4月14日にはバレンタインデイにもホワイトデイにも縁の無かった人がジャージャー麺を食べるという風習があるというのも初めて知った。(←さっそく実践したい。それにしても一体なぜジャージャー麺なのか ^ ^ ; )

 このようにまともな映画監督が文化政策の中心人物になっているという韓国は幸せなのかもしれないが、願わくば大過なく公職を終え、また刺激的で印象深い新作映画を撮ってほしいところである。

3月 14, 2004

今日買ったブツ

漫画:福島聡「6番目の世界」、松本充代「潜む声・鏡の中の遺書・その他の短編」(<以上はシオデさんからすすめられた作家♪)しばらく欠番していた安彦良和「虹色のトロツキー」4巻、近藤ようこ「アカシアの道」。
買って早々に読了したのは星野之宣「エル・アラメインの神殿」。表題作をはじめとする新谷かおるみたいな戦記ものよりも、「一体何があったんだ!?」と不安な気にさえさせられる大バカギャグ短編「国辱漫画」が凄い。あの大真面目な線でギャグをやるとは・・短編集「サーベルタイガー」所収の「めざめ」を上回るこれは爆弾である。

CDはゲルギエフ指揮によるショスタコーヴィチ:交響曲第5番/第9番。今後もショスタコのリリースが続くのならとっても楽しみ。意外とゲルギエフの振る1番とか聴いてみたい。
B000197JDQ.09.MZZZZZZZ.jpg


ついに見たイ・チャンドン監督の映画「オアシス」についてはまた稿を改める。

ヘリコの世界

ヘリコプターの空中遊覧って、他にもいろいろな会社がやっているみたいだ。

朝日ヘリコプターは楽天に出店している。
飛行時間8分のコースは昼間で7,500円。夜間の方がちょい高くて8,000円。チャーターもあって、10分間43,000円であと1分追加毎に4,200円。いやー、ヘリコっておいそれとは飛ばせないんですねえ。

エクセル航空のページは、VIP輸送の料金表なんかも載っていておもしろい。こちらは横浜上空クルージングなんてものもある。

ヘリコプター関連では、このページもおもしろい。
学生のころ、オウム事件裁判の傍聴券をとる抽選に参加するというバイト(時給+当選するとインセンティブ)をしたが、麻原初公判時の日比谷公園上空にはウンカのごとくヘリコプターが集っていた。
そんな時の上空は、↓こんな感じらしい。(長文引用失礼します)

 そういうときには、現場上空には10機近く集まる。 遠くから見るとまるで「蚊柱」のようにグルグルと旋回している。 よく見ると、蚊柱には二つのグループがあることがわかる。 ひとつは1500~2000フィートを廻る、「TV関連機系」。 そして500フィート付近の低空を徘徊する、「新聞社機系」。  (中略)  すでに起きてしまった交通事故なんかだと、わりとグルグルと各社整然と旋回してるんだけど、例えばオウム麻原の護送の瞬間だとか、マラソンのスタートの瞬間だとか、そういう「タイミングもの」 だと、その瞬間を狙うポジションというのが限られてきて、さながら「イス取りゲーム」のように、その瞬間を狙って旋回のタイミングを計り、イッキにそこに殺到する。 ゲームと違ってぶつかったら死ぬので、けっこうシビアなのである。 とくに「新聞系」の攻防は熾烈を極める。

 過熱しすぎると、ビッグイベントの上空でイス取りに失敗したヘリ同士、衝突して墜落したりするのだろうか。まあそんなマンガみたいなことは現実にはそう起きないんだろうけど・・。

湾岸フライト~ホームパーティー

今日は色々盛りだくさんな日であった。
チケットをもらったというお友達と一緒に新木場、東京ヘリポートへ。
日本フライトセーフティ株式会社の提供するヘリコプター遊覧飛行である。
flight.jpg
機種は、警視庁とか新聞社がよく飛ばしているベル206Bジェットレンジャー。名前は知らなくても映画やドラマで必ずみな一度は目にしている機種だ。プラモなんかでもよく出ている。
新木場駅からほとんど客のいない(休日だからね)都営バスにゆられて東京ヘリポートまで行き着くと、ちょうどこのジェットレンジャーが着陸するところを目撃。
か、かっこ良すぎる!
久しぶりに、乗り物大好きな男の子の血が騒ぎました。

フライト時間までしばらく待合室で時間つぶし・・・これがまたけっこう待たせるのですよ。
一人で待つなら本でも読むんだが、間がもたないなあと思って殺風景な待合室にポンと置いてあるテレビをつけると、ちょうど地上波で近く放送するらしい映画「トータル・フィアーズ」の予告が。

あっ、核爆発の衝撃波で同型のヘリが吹き飛んでる。

ヤなもん見たな。

そんなブルーな心持ちもそこそこに、ヘリポートへ出て機上の人に。
これは空撮のまたとないチャンス!とばかりに家からもってきたDVをまわす。
気分はもはや、刑事ドラマのOP映像(もしくはED映像)です。
(私は飛行中、脳裏に「西武警察」のテーマが・・・人によっては「大都会」だったりしそうだけど)
flight.jpg

いや~~~、気持ちいいです、空中遊覧。
10分間ばかりの飛行ではあるが、けっこう楽しい。
今回はもらいものチケットだったが、もしきちんと料金を支払うなら一人あたま10,500円(税込)、夜間飛行だとちょい安くて8,000円。
価格的に決して安いとはいえないけれども、スロットでめちゃめちゃ当たったとか、小金の使い道に迷っているような人は、一度体験してみてはいかがでしょうか。

それからすかさず渋谷でHさんと待ち合わせ→それから→三軒茶屋に出てしおぴーさん宅のホームパーティーに。
某著名多国籍企業を辞めて今年からイタリアに料理修行に出るというYさんの心づくしの手料理に、次々と来訪される多方面のお客様のキャラクター、さらにお酒のうまさ、非常に楽しいパーティーだった。
ハッピーな気分の中、またも暫しうたた寝。(←よせよ)

さらにしおぴーさんからはみなもと太郎の「雲竜奔馬」(坂本竜馬を描いたマンガ)全5巻、さらにおすすめという日野日出志の「胎児異変 わたしの赤ちゃん」というレアな漫画を端無くもお借りする。

帰宅途中でフレッシュネスバーガーに寄り、鴎外の短編「かのように」「余興」を読む。
「かのように」は近代科学と日本的な祖霊信仰・記紀神話を歴史の基点とする保守思想との相克を描いた、ちょっとカタいが面白い短編。
山県有朋の依頼で書いたといわれるそうだが、太平洋戦争当時の陸軍であったなら、軍医将校たるものがこんな小説を書くことは許されなかっただろう。そういう意味でも興味深い小説だ。

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