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トップページ | 2004年1月4日 - 2004年1月10日 »

1月 03, 2004

今日買った本

保阪正康「昭和史 七つの謎」(講談社文庫) 吉村平吉「吉原酔狂ぐらし」(ちくま文庫) 安野モヨコ「さくらん」(イブニングKCDX) ※携帯からの投稿に初挑戦。うまくいくことをいのる

1月 02, 2004

いつでもそこに帰っていきたいラーメン屋

誰にでも、そういうラーメン屋ってあると思うんだけど、自分としては新潟市西堀通りの三吉屋。
盆正月で帰省した時にしか食えないが、
極細・ちぢれ麺・醤油・あっさり。
自分的ラーメンのホームベースがここのラーメンなのだ。
先月28日に食いにいったが、また年が明けたら行きたくなってしまった。

健康川柳

所属しているDネットMLで、「健康」「景気」をテーマにした川柳募集という。
さっそく、朝風呂につかりながら一つひねってみることにした。

・低カロリー やぁ有り難いと 二倍食い

うーん、既出の可能性高いかも(^^;)

重力ピエロ

伊坂幸太郎「重力ピエロ」読了。
いささか先が読めてしまい、「アヒルと鴨のコインロッカー」ほどには楽しめなかった。
キャラクターに湿度や体温が感じられないのはこの人の味なのかもしれないが、三冊読んでいてもまだ慣れない。
そこここに現れる衒学趣味も少し鼻につく時がある。
しかし、エピソードのつくりかたは抜群にうまいし、すごく読ませる力量をもっていると思う。どんどん読まされた。「このミス」3位というけれども、それだけ支持されるのは分かる。
この本をイイなぁと思った人や、もう少し面白いといいのにと思った人は、「アヒルと鴨のコインロッカー」を読んでみるといいと思う。私はあちらを先に読んだが、構成が面白くて、ずっと楽しんで読んだ。

ストーリーに深く関わらないレベルではあるが、「オーデュボンの祈り」の登場人物が少し顔を出す。バルザックお得意の人物再登場法というやつだ。こういうのは作家の愛読者には嬉しいプレゼントだろう。私は伊坂幸太郎の愛読者というわけではないが、それでもやはり嬉しくなってしまうものだ。

バッドボーイズ2バッド

ワーナーマイカル新潟のレイトショー。
マイケル・ベイ監督「バッドボーイズ2バッド」を観る。
実は1作目は見ていないが、まったく問題ない感じ。も~無茶苦茶。船酔いを起こしそうなカメラワークとテキトーなストーリーを度外視すれば、見せ場盛りだくさんで何も考えずに楽しめる。
タイトルバックで語られるエピソードの物凄い速度には感心してしまった。これぞMTV風味か。

この映画で一つ得したなと思うことは、キューバ国内には米軍基地が存在するというのを知ったことだ。不思議な話である。
アフガニスタンで捕らえられたアルカイダの捕虜が拘禁されているのがこのグアンタナモ湾米軍基地というから、最近のニュースで見かけていてもおかしくはないのだが・・。ちょっと自分の不勉強さを反省。
→グアンタナモ拘禁中の捕虜について人権侵害の疑いがあると伝えたアムネスティのニュース

1月 01, 2004

1月の抱負

あけましておめでとうございます。
今年で29かぁ・・。
「30歳前に『失われた時を求めて』読破」という目標を達成するためには、今年の前半には少なくとも5巻までは読んでおかねばなるまい。
一昨年の年末に目標をたてて以来、現時点で3巻の途中。
やばい・・。
1月中には、3巻読了。
とりあえずの抱負です。

12月 31, 2003

虐殺の美学

「ラスト・サムライ」のクライマックス、ガトリング砲による虐殺シーンには、一種の美があるのではないかと30日の記事で書いた。
ほかにも、たとえばリンク先にしめすアンドレア・マンテーニャの絵画「聖セバスティアヌス」なども、銃弾ではなく矢ぶすまではあるものの(ローマ時代の話だからね)、虐殺の美学という点で通じるものがあるのかなと思う。
マンテーニャにはさらに画的に残虐なバージョンもあるが、この画家は矢ぶすまになる聖人という画題について一つの美学を確立しているといっていいだろう。
聖セバスティアヌスは結局矢ぶすまになっても死なないので最終的には棍棒で叩き殺されるのだが、画題としては「聖セバスティアヌス=矢ぶすま」といっていいほど矢ぶすま虐殺シーンが多い。棍棒では美しくないからだろうけど、棍棒より矢ぶすまが美しいと感じるのは、矢なり銃弾なりで身体を「貫かれる」というところに一種エロティックな美学が生まれるのかもしれない。

聖セバスティアヌスのエピソードには三島由紀夫もコーフンさせられたらしく、ダヌンツィオの戯曲「聖セバスチャンの殉教」を訳したりしているようだ。→この写真は、あまりにもナルシシズム入ってて笑ってしまうが・・

日本で矢ぶすまというと即座に武蔵坊弁慶を思い出すが、あれは一種の英雄譚であって少し性質が違うのかなと思える。弁慶をまんまやってるのが「さらば宇宙戦艦ヤマト」の真田さん。あそこには全くエロティシズムは感じられない。

12月 30, 2003

今年のベストは?

2003年も残すところあと2日。それにしても今年は自分のソースを書きかえてしまうような強烈な傑作映画にはついに出会えていない気がしてならない。
もっとも例年にくらべ、全然劇場映画を見ていないということもあるんですが。
それぞれに、いい映画はたくさんあった。

タイトル:監督:一口で書くなら

「グレースと公爵」:エリック・ロメール:"映画史に貢献してきた"なんぞと表彰され、周囲からは余命を数えられているのではないかと思われる老巨匠の冒険に感服。
「許されざる者」:三池崇史:武知鎮典とのコンビ作がやっぱり一番好きだなぁと再確認。
「アカルイミライ」:黒沢清:話は正直、理解しきれていないことを告白するが皮膚感覚への浸透度は今年一番。
「戦場のピアニスト」:ロマン・ポランスキー:傍観と逃亡を続けてきた歴史の脱線者が最後に弾くショパンのバラード一番に涙した。
「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」:ピーター・ジャクソン:この映画を、余計な世評や事前情報など意に介さない中学生のころにみる事が出来たらどんなに幸福だったか・・と悔しくてならない。
「X-MEN2」:ブライアン・シンガー:今年のベスト悪役はなんといってもマグニートー、メタルの粒を身体の周囲に飛び回らせる超カッコいいシーンのいっぽうで「変なヘルメット被ってるよね」とまっとうな批判を受けるところまで最高だ。
「めぐりあう時間たち」:スティーブン・ダルドリー:3ヒロイン&エド・ハリスの演技、ストーリーの構成、フィリップ・グラスの音楽など、邦題とWEBサイトURL"jikantachi.com"を除いて実に素晴らしい。
「チョムスキー9.11」:ジャン・ユンカーマン:他の映画と同列に論じるのもどうかと思うが、今年の自分にとってはとても重要な意味をもつ映画だった。でも公開は去年。

格別にとりあげたいといえば以上のようなところだろうか。「SWEET SIXTEEN」:ケン・ローチ、「座頭市」:北野武、「パンチドランク・ラブ」:ポール・トーマス・アンダーソンも良いは良かったのだが、特筆大書したいというほどではない。PTAの新作にはあまりにも期待しすぎたのかもしれない。しかしフィリプ・シーモア・ホフマンの「シャ、シャ、シャシャシャ、シャラップ」は、たぶん今年のベストギャグ。
旧作まで含めさせていただくならTV鑑賞の「スカーレット・ストリート」:フリッツ・ラング、リバイバルの「愛の昼下がり」:エリック・ロメールがおもしろかった。
ワーストは、とにかく何を置いても「スパイ・ゾルゲ」だろう。この映画の救いは、こんな作品を作ってしまった監督がもう映画を撮らないということだけだ、というほど退屈で、久し振りに途中退場したくてたまらなくなった映画である。

一本だけあげるなら「めぐりあう時間たち」かなぁ・・。逃した魚がたくさんあったので、なんか偉そうにベスト10とか作りづらいのが今年という年だった。

「ラスト・サムライ」の奇妙さ

「ラスト・サムライ」について。
 この映画は、西郷隆盛が戦った西南戦争をモティーフにしているのだろうが、征韓論敗れ去った怨念が蜂起への踏み切り板となった史実のいっぽうで、サムライ・ライフスタイル堅持という精神論だけに結晶した蜂起というのはいささか非現実的ではないかと思う。
 まあ、そのへんは物語という大嘘をつくという意味で別に大目に見るとしても、大嘘をリアルに見せる小さな嘘のつき方が下手なのかなという風には感じた。(いくらそこにメッセージを込めたつもりになっても、明治後期に戦国時代の具足をつけた侍軍団というのはミスマッチに過ぎるだろう)
 そもそも物語の構造としてはこの映画は古典の香り漂う西部劇映画である。
 フロンティアスピリッツを蹂躙する存在としての鉄道と、それを武器に古き良きものを否定し去ろうとする資本家(映画では、大村[益次郎?]のキャラクターに仮託されている)、それに対して戦うガンマン=サムライたちという西部劇映画の構造がこの映画を支配しており、それに土着文化(インディアン=サムライ)への愛着というスパイスをまぶした所が「ラスト・サムライ」のアイデアではあるのだが、日本の天皇はアメリカ大統領と違って「ガイジンさん」の意見に心震わせたりはしないだろうし、インディアンへの虐待が極東島国の武士階級の滅亡にオーヴァーラップされるのにも、無理くりなこじつけを感じる。
 語り口を変えた「ダンス・ウィズ・ウルブス」だという表現がされているみたいなのだが、「ダンス・ウィズ・ウルブス」ほど不快なナルシシズムは感じられないものの、大枠としては日本文化の異質さを身体ごと受け止めていないアメリカ人のひとりよがりなストーリーに思えた。
 ガトリング砲に代表される凶悪な近代兵器になすすべもなく滅びていく古来の美学・・というのは美しい構図だし、それなりに感動はしたのだけど、「やっぱりハリウッド映画だなぁ」という感じはぬぐい去れなかった。
 
 こうした構図の美学は、ヴィスコンティの「地獄に落ちた勇者ども」で、黒ずくめの冷酷な武装親衛隊にサブマシンガンで次々と射殺されていく古風で粗暴な突撃隊員たち、という構図に通じていると思う。
 機銃で蹂躙される肉体には、どこかしらエロティシズムが漂うものなのかもしれない。似たようなイメージは古今東西の映画にもみられるだろうし、たぶん刑事ドラマの殉職シーンなんかにまで通奏低音として鳴り響いていることだろう。

見合い/原風景

見合いする。
初めての見合いゆえ、緊張と弛緩の連続。
すっかり、疲れる。
これから仕事に出るというお相手と別れ、万代の紀伊国屋書店でひさしぶりに書籍渉猟。
伊坂幸太郎「重力ピエロ」、山本夏彦「完本 文語文」、多木浩二「ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』精読」を購入。萬松堂となりの喫茶エトアール(高校時代はよくここで先輩と議論したものだ)にて、「重力ピエロ」を少し読む。
「アヒルと鴨のコインロッカー」「オーデュボンの祈り」と読んできたが、この人のセックスと暴力に対するモラリズムの対置ぶりはちょっと執拗にすぎるのではないかと思う。
宮部みゆきにも、しばしば作中にモラリズムの片鱗が現れるが、それは鼻につく感覚ではない。
伊坂幸太郎の場合には、何か少し牢固ともいえるこだわりを感じる。何だろう。

田んぼのかなたの営業所までバスにゆられ、実家が属する団地まで、農道の中を足元を見ながらトボトボと歩く。
学校がはけた後、古町の本屋をあさり、新潟交通のバスで家路にむかい、田畑の中に孤島のように寄り添っている家々のかたまりに歩いていくこの繰り返しが、自分にとっての十代そのものだったなと思う。
懐かしさと孤独さに満ちた原風景のむこうに、オレンジ色の光に照らし出されたバイパス道路が見える。
白いヘッドライトや赤いテールランプの星が視線のむこうの空中を横に滑っていく光景を見ているうちに、新潟に戻ってきた感慨が薄ら寒く、コートの下の肌に染みとおってきた。

12月 29, 2003

木更津キャッツアイ 日本シリーズ

一回目。簡単に書きましょう。
ワーナーマイカル新潟、レイトショーで金子文紀監督「木更津キャッツアイ 日本シリーズ」。

観客数は10人くらいといったところ。
新潟でもたぶん木更津キャッツアイは放送していたことと思うけれども、どれだけ見られていたのだろうか?
あまりにも笑いが少なかったので、たぶん、ドラマを見ていた人は少なかったのだろう(私もビデオ借りて見たくちだ)と思う。
本当にドラマ版がもう一回分、おみやげでついてきたという感触なのだ。
角度を変えて言うなら、ドラマにくらべて格段にゴージャス、デラックスだとも思わなかった。
別に否定的意味ではなく、それだけドラマ版が毎回面白かったのであろう。

哀川翔は好きなので、彼がカメオ出演すると思わずはしゃいでしまう。
日頃素直さの足りない自分が、カメオ出演を見てはしゃいでしまうのも、このシリーズがもつ雰囲気ゆえのことだろう。
楽しく見た。

読書進行中の佐野眞一「だれが『本』を殺すのか」、図書館、書評のあたりまで来るといささか退屈な面もありながら、また電子出版にふれるあたりになると、就職活動のころ「本とコンピュータ」を読んで大いに刺激された思い出がよみがえってきて、ページを繰る指にささやかながら熱がこもる。
「東電OL」でも思ったが、佐野眞一の書き方はかなり主観的だ。それがときに抵抗を覚える部分もあるけど、割り切ったというか自覚的に書いているのでイヤミには感じない。たぶん根の正直な人なのだろう。

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