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11月 28, 2004

ルネサンスな休日

現在開催されている「フィレンツェ 芸術都市の誕生展」のチケットがあったので、シャンテ・シネの映画「ジョヴァンニ」と合わせて鑑賞することで、今日という日を「ルネサンスなモノを見る日」にしてみようと思い出かけてみた。

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上野の東京都美術館で行われている「フィレンツェ 芸術都市の誕生展」は、絵画や彫刻の傑作群というよりそれら豊穣な芸術を生み出した場としてのフィレンツェ文化を見ていく企画展。呼び物としてポライウォーロの「貴婦人の肖像」とミケランジェロの「磔刑のキリスト」が挙げられている。しかし単なるルネサンス美術ミーハーとしては、これら呼び物からあまり感慨は得られない。特に後者はミケランジェロというと思い浮かぶ豊穣な肉感や生き生きした動線が、主題が主題だけに全く感じられないものであり、色合いのせいもあって「なんだか切り干し大根みたいだな」と罰あたりな感想を抱いてしまった。まあよーくよーく見つめてみれば引き延ばされ釣り下げられた肉体の描写に常人ならざる表現力をそれなりに感じはするのだが、あくまでもそれなり。「ダヴィデ」とか「モーゼ」とかのあまたの傑作を見てる目でこれ一品を見てもうーんという感じ。

どちらかというと2回のフィレンツェ訪問でも見られなかった、サンタ・マリア・デル・フィオーレ(花の聖母大聖堂)内にあるというドメニコ・ディ・ミケリーノの「ダンテとその世界」が見られたことの方が重要だろう。この展示物の界隈には両替商組合の紋章が彫られた彫刻や貨幣などが飾られ、この展覧会はむしろそういったフィレンツェという都市の当時の雰囲気を見せる方に傾注しているのだろうと思われるのだけど、閉館前1時間の駆け足鑑賞ではなかなかその雰囲気に浸りきることができず、後半の織物展示などはほとんど見られなかった。フィレンツェという街の当時の基幹産業は繊維だったので、これをじっくり見ないのは展覧会の意図から外れることだっただろう。建築方面では建築家アンマナーティの「建築の書」なる本が展示されていたりして建築マニアには垂涎モノなのかも知れぬのだが私は正直よく知らない

調和と美を尊んだフィレンツェ・ルネサンスの黄金期が戦争の不安の中で揺らぐなか、レオナルドがヴェッキオ宮殿に描いた「アンギアーリの戦い」は渦巻く時代を反映するように絵も渦巻いていたようであることが今回展示されている模写から知れる。さらにこの絵を模して作られたジョヴァン・フランチェスコ・ルスティチという人の「馬上の戦い」という彫刻はより直接的に人がダンゴになっている(^^;)

不安を経てルネサンス美術はマニエリスムというやたらうんにゃらうんにゃらしてたり妙に冷たくて何考えてんのか良く分からない様式に発展していったが、その代表選手である画家ブロンツィーノの「コジモ一世像」と、彫刻家ジャンボローニャの「小さな悪魔」は面白い。ロレンツォ豪華王以来の繁栄をフィレンツェにもたらしたトスカーナ大公が自らを描かせた「コジモ一世像」は別バージョンあわせて25点もあるそうで、デジカメで撮るわけでもあるまいに、さすがに金のある奴はいくらでもこだわれるものだと嘆息せずにいられない。人間というよりレプリカント的な風貌の冷たい魅力を持つ肖像画で、これの最も有名なバージョンが展示されているウフィツィ美術館のトリブーナを別にすれば、SMクラブのプレイルームに展示されてたりするとかなり効果抜群(何の)な絵画だと思う。「小さな悪魔」は珍妙さと異様な禍々しさを兼ね備えた装飾物で、こんなものを喜んで発注するというのは確かに何か時代の趣味が曲り角に来ていたのであろうし、爬虫類がカワイイといって飼われたり寄生虫が女子高生のストラップになったりする今どきもきっと同様のステータスに到っているにちがいない。

さて、そんなメディチ家再興の主、コジモ一世の親父がジョヴァンニ・デッレ・バンデ・ネーレといわれたメディチ家のジョヴァンニで、エルマンノ・オルミ監督の映画「ジョヴァンニ」の主人公である。
ジョヴァンニって名前の奴はイタリア人にはいっぱいいてメディチ家にも沢山いるので誰が誰だか良く分からないのだが、勇猛な将軍として名を馳せたこのジョヴァンニは、神聖ローマ皇帝カール五世がイタリアに差し向けた皇帝軍と戦うも大砲をくらって戦死。そのまま皇帝軍はローマに攻め入って悪名高いローマ劫略(サッコ・ディ・ローマ)を引き起こすというわけで、イタリア・ルネサンス史の折り返し点に位置していた人のようだ。
私は恥ずかしいながらパッツィ家の陰謀で殺されたロレンツォの弟の事かと思って見に行ったのだけど、そっちはジュリアーノって名前の奴であって全然別人だった(恥)。なのでフィレンツェのシーンなど殆どなく、映画の大半でジョヴァンニは傭兵隊を率いて北部ロンバルディアの雪原を右往左往しているばかりなのだった。

映画前半は地味でタイクツな近世戦争映画という趣きであり、教皇側にいてジョヴァンニがんばれよとか言ってるイタリア諸候が、実際には教皇軍をちょこちょこ裏切って皇帝側にも恩を売るという、マキャベリズムを地で行く行動に出てくるあたりが興味深い。
フェラーラ公アルフォンソ・デステは当時の新兵器であった後込め式の大砲を教皇軍でなく皇帝軍に引き渡し、ジョヴァンニが戦死するきっかけを作る。またマントヴァを支配するゴンザガ家のフェデリコは領内で教皇軍と皇帝軍が衝突せずに素通りしてくれるように城門の開閉を調整してジョヴァンニは足留めを食ったりする。裏切りは卑怯というのは簡単なのだが、なるほど彼ら諸候にとってみれば外国出の教皇が支配するローマ教会が勝利するか否かなんぞは上っ面の話であり、自分の領土内で荒くれの傭兵が戦争しては好き勝手に略奪されることの方が問題であって、いわば経営者的なリアリズムに基づいた裏切りがジョヴァンニを死に導いたということなのだろう。ジョヴァンニは大砲の弾を足にくらい、右足を切断するもその施療のまずさが死因となるのだが、彼ら裏切り者を赦しつつ死んでいく。
映画そのものはびっくりするほどつまらなかったが、おかげで歴史の勉強にはなった。

付け足しだがジョヴァンニを演じている俳優は非常にきりっとした美男子で、「なるほどイタリアにはいくらでもイケメンがいるものだなー」と感心していたら実はクリスト・ジフコフというブルガリア人でした。
1500年代の甲冑とかが映画にたくさん出てくるので、参考資料になりそうだとパンフ買ったら室内シーンのスチールばっかで萎えた。

以上のようなわけで、ルネサンスものの観覧はいずれも不完全燃焼っぽく終わってしまったが、このために少し蔵書を読み返したりしたぶんタメになったので良しとしよう。

シャンテで見た予告編ではやはりコール・ポーターの伝記映画「五線譜のラブレター」(原題は"DE-LOVELY")がやはり滅茶「見たい度」高い。偉大な作曲家ポーターの伝記とあってエルヴィス・コステロとダイアナ・クラール夫婦をはじめ、シェリル・クロウやアラニス・モリセットなど歌手も豪華。ジャンルとしてのミュージカル映画にはさほど惹かれない私だが、これはイケそう。もうすぐ公開のもよう。
さらに今度は喜劇俳優ピーター・セラーズをジェフリー・ラッシュが演じるというこちらも伝記映画「ライフ イズ コメディ! ピーター・セラーズの愛し方」も面白そうだ。エミリー・ワトソンにシャーリーズ・セロン、ジョン・リスゴーとキャストも妙に豪華。ラッシュの物真似による「総統!歩けます!」(「博士の異常な愛情」ネタ)とかやってくれるのだろうか。見たい。

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コメント

山下史路著『フィレンツェ貴族からの招待状』(文芸春秋刊)を読んで、デ・メーディチ家の存在に引っかかっていたものです。1737年に最後のトスカーナ大公ジャンガストーネの死をもってかのメディチ家は絶えたとするのが世界史の常識なのにこのロレンツァ夫人は自分たちこそメディチ家の末裔だとか、さらに弟の名はコジモだと豪語するその神経はどうなっているのだろうかと理解に苦しんでおりました。ところが、先日、マントヴァ公ゴンザガ家の分家が現在でも存続していることが系図サイトhttp://geneall.netを見ていて偶然分かり、歴史上の名家の子孫がこの21世紀にも少なからず生きていることに畏れというものさえ感じずにいられません。マントヴァ公の家系はフェデリコ1世(1441-84)の長男フランチェスコ2世(1446-1519、イザベッラ・デステを妃に迎えた)の子孫が継承し1746年にはすべて絶えていますが三男ジョバンニ(1474-1525)に始まるヴェスコヴァード侯爵家は15代目の現当主マウリツィオ氏(1938-), さらにその弟と3人の孫が健在で、しかも現侯爵の4代前に遡る分家がミラノにあってこちらもロドヴィコ氏(1988-)がいらっしゃいます。
ところでメディチ家ですが、そのゴンザガ家の現在にいたる系譜を詳しく掲載したチェコのMiroslav Marek氏の欧州王侯系図サイト『GENEALOGY.EU』(ゴンザガ家の現存に言及しているwikipediaイタリア語版に引用されている)のなかにMedici di Marignanoとして出ているのをこれもたまたま見つけて『もしや?彼女の言ってていることは嘘ではないかもしれない』と思い調べたところ1340年以後に生まれたとされるパオロ・デ・メディチを始祖とし第11代マリニャーノ侯カルロ(1813-77)の叔父ガエターノ(1790-1862)の子孫が現在まで続くとのことでした。ただしミラノを本拠としたこのパオロがフィレンツェのメディチ家の一員であったかについては一部の歴史家の指摘はあるものの確証はないとのことです。とはいってもコジモ・イル・ヴェッキオ以前の分家であるらしきことやミラノに彼女の弟が在住することは、ロレンツァ夫人の話と符合するとみていいでしょう。
 彼女がメディチを名乗り続けるのも故なきことなどで決してはないことをかみしめるほかありませんでした。


『GENEALOGY.EU』より Medici di Mrignano2
http://www.genealogy.euweb.cz/italy/medici5.html

Gonzaga5 
http://www.genealogy.euweb.cz/gonzaga/gonzaga5.html

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