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10月 03, 2004

RIMPA(琳派)展~「沈黙の聖戦」

今週は休み1日だけなので、この1日の間にできるだけ色々見ておきたいと思っていたものの、1時過ぎ退勤続きの週の疲れ+「24」視聴の影響もあったか、昼過ぎまでバタンQ。

寝てて、友人とイタリア旅行に行く夢を見た・・・こんなにはっきり海外旅行を夢に見たのは初めてかもしれん。そんなに遠くに行きたいのか?>自分。しかし、出発直前に帰国できる金がないことが判明し、必死に友人に弁解して汗だくになるところで目が覚めた。なんて情けない夢だろう。

安く見れるといえば会期終了直前の展覧会がそうだ。終了前日とか当日になると、だいたい金券ショップで半額くらいに下がったりするものだ。
こういうわけで、今最も見たいといえば西美のマティス展と三鷹美術ギャラリーの牛腸茂雄展(新潟市美術館の再訪)ではあるものの、経済的事情を優先して明日に会期終了を控えた国立近代美術館のRIMPA展に行くことに決定。
んで竹橋に着いて見ると・・・

なんじゃこりゃ!
041002_rimpa.jpg

というほど、大行列ができていた。写真は行列の折り返し点を撮っているので良く分からないかもしれないが、まるでディズニーランド、もしくは富士急のドドンパ前の如き行列ぶりである。
そんなにみんな琳派なんか見たいのか?って言ってる自分も来てるんで文句は言えん。しぶしぶ行列に並ぶ。
会場自体には15分程度待って入れたが、会場内は、完全に電車ごっこ状態。

 ところで、展覧会で美術作品を鑑賞するとき、特に大作の場合には「全体を見る距離」と「細部を見る距離」の二つをとって作品を見るのが通例である。
 しかし混雑した美術展覧会では細部鑑賞距離にびっしりと「電車」ができてしまうがために、全体鑑賞距離からは、作品そのものだけを鑑賞することは不可能となり、けっきょく、ガラスに額を押し付けんばかりに見入っているおっちゃんの後頭部であるとか、まるで交互に見比べることで何かが生まれるのでもあるかのように、解説文と作品を何度も何度も見比べては急にプイッと次に行ってしまうおばちゃん達の行動などを、絵画といっしょくたに鑑賞することになってしまう。

 展示されているのが小さな画や工芸品であれば、こんな行列にも参加してぴったりガラスにおでこをつけるのも止むを得ない話だが、絵屏風の如き大作を見るなら全体鑑賞距離からの鑑賞もきっちり保証されているべきで、実にこういう鑑賞は不健康。
 一種の会員制にし、入場料が倍額になるものの限られた人にしか案内されない設定の「特別先行公開」的な会期を設ければ、観覧者数がふるいにかけられて安定した鑑賞が保証され、しかもチケット高く売れるんじゃないか?などと考えたが、それって自分もふるいにかけられた時にふるい落とされる方に属するわけで、こういう発想は階級二極化を促す考え方であんましよくないなとも思う。

 作品と全く関係ない話だったが、肝心のこの展覧会は、琳派作品と、琳派の装飾スタイルがウィーン分離派をはじめとする西洋美術に響かせている残響とでもいうべきものを同時に鑑賞し、「琳派っぽい」ってどんなコトか?を考えてみる試み。クリムトの「裸の真実」がいきなり冒頭に配置され、その対面に尾形光琳の「松島図屏風」が置かれているのだけど、こうして見ると確かにクリムトの画面にのたくっている蔓草のような曲線の曲がり具合と、光琳が屏風の全面に描いた波濤のデザイン性は時代や場所を越えて響き合っているかのようにも感じられる。ところが、光琳が波に洗われる島々を彩ったその色使いの鮮やかさや画作りの大胆さに注目してみると、2百年くらい後にウィーンで描かれたクリムトの画より、光琳の屏風の方が余程モダンなものではないか?とさえ感じられてくるから面白い。

 さらに面白いなと思ったのは本阿弥光悦画(伝・俵屋宗達下絵)の「色紙貼付桜山吹図屏風」で、桜花咲く緑の山の風景のあちこちに和歌を書き付けた色紙が貼り付けてあるのだが、その色紙一枚一枚にまた別の絵画や装飾が描き加えられているため、あたかもこの美しさ溢れる空間に、詩にあふれた別世界に通じる小さな窓がたくさん開いているかのように見える。テキストと絵画の複合的芸術の試みとしては、私がこれまで見た中でも最もおもしろく、美しいものの一つと言えそうだ。これで色紙に書いてある歌が解読できれば、感動はいや増すはずであっただろう。同時代にいて同じ文化を共有し、この作品に触れた人は実に幸せだっただろうと思う。

 その他、琳派的なものを追求した近代作品では、ペールトーンに統一された色使いと奥行きの少ない画作りでありながら、なんとも見るものをはかない気分にさせる空気感をもった菱田春草の「落葉」や、「松島図屏風」の斬新さを最も継いでいるように思えるヴィヴィッドな色使いの横山大観の「秋色」に感動させられた。
 また期待していたウィーン分離派の展示としてはクリムトの2作とコロマン・モーザーのつくった屏風があった。分離派がデザインしたインテリアの写真などを見るたび、日本的なものをすごーく意識している感じがしていたけれども、やっぱりそういうノリだったんだなぁと感得。さらにボナールやルドン、マティスやウォーホルなども展示されているのだが、このへんまでくるとじっくり見るのにも疲れ、閉館時間も迫ってきたので流して見ることに。やはり人ごみの中で見るのは疲れる。

 思っていたレベルよりもずっとおもしろい展覧会だったけど、いかんせん混みすぎである。

 RIMPA展についてはClala-Flalaのyujiさんがレビューを書いている

その後は前のエントリでも書いたように皇居の周りをずっと歩き通して銀座まで行き、シネパトスでチャン・シウトン監督の「沈黙の聖戦」を見た。
 
 セガール映画を劇場で見るなんて初めてだけど、「華氏911」や「誰も知らない」「インファナル・アフェア」「スウィングガールズ」などの見るべき映画リストを抑えてこれを見たのは、もちろんタダ券をもらえたからに他ならぬ。
 タダ券の気安さとRIMPA展含めれば3時間歩きまくりの疲労から途中しばし寝てしまったため、レビューってほどかまえて書くつもりはないのだけど、少し書くなら、とりあえず「聖戦」とタイトルに冠しているのにイスラム教は全く関係ない適当さもさることながら、むしろ必殺シリーズなら「セガール、変な坊主に祟られる」とでもサブタイトルを冠したであろうカルト的展開が印象に残った。
 ヒンズー系邪教風(インディー・ジョーンズ2作目みたいなやつ)の乞食坊主が藁人形呪術をつかって、敵ボスと格闘中のセガールを責めまくる。敵ボスはそんなふうにタタリに苦しむセガールを見て「俺に勝てたとしても呪いには勝てまいッ!」と勝ち誇った(?)笑みを浮かべるのだ。
 ところが一瞬のうちにこの呪いはなぜか破られ、邪教坊主はその瞬間に、セガールのために邪教を祈伏せんと、ずらりと座禅を組んで一心にネンブツを唱える数十人のタイ人仏教僧の姿を見るのである!
 まさに聖戦。このシーンには本当に笑いを抑えられなかった。「LOVERS」のアクション監督というシウトン氏、きっと「帝都物語」シリーズの熱心なファンなのだろう。この部分がまた別に映画の本筋でも何でもなく、いわば特撮戦隊シリーズでヒーローの敵が毎回講じるアノ手コノ手、みたいなレベルで処理されているB級ぶりも素晴らしい。
別に面白い映画ではないが楽しんだ。途中寝たけど。
本日公開にも関わらずシネパトス最終回の観客は十数人。「ビデオスルー」の類語として映画秘宝は「シネパトスルー」という新語をあみだしたが、けだし名言というべきであろう。

 同じ館のレイトショーで若松孝二特集をやっているのが分かり、今夜かかっている「ゆけゆけ二度目の処女」を見るかどうするか10分くらいさんざん悩んだけど、結局断念してしまった。
 若松孝二は学生の頃にビデオで「日本暴行暗黒史・異常者の血」を見たことがあるくらいで実はよく知らないのだけれど、人との出会いよりも映画との出会いを重視してきたこれまでの自分なら、こういうめぐり合わせがあった場合には速攻見ることを決めたところである。が…、この現状では涙を飲むしかあるまい。

 逆に考えてみると、映画との出会いと同じくらい人との出会いを大切にしていたならば、今ごろもっと広い人脈持ってたのでは?(^^;)
 ・・・なんだか人生反省しきりの今日この頃である。

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コメント

こんにちは、今日は雨で大変だったようですね。お疲れ様です。

ところでRINPA展の最終日は凄い人ごみだったようですが、どうしてあんなに人気あるのでしょう?(という私自身、何に惹かれて見に行ったのか>自問) 図録を買わなかったのでもう一度行こうと思いましたが断念、まいいか。


投稿 yukihiro | 10月 04, 2004 12:19 午前

yukihiroさん、コメントありがとうございます。
けっこう「風神・雷神」が見たい人も多かったようですね。
私からすると、それほどおもしろくない画だったんですが(^^;)

個人的には、どれか一人の作家に注目するといった催しよりも、時代や様式を通して見るような企画展に惹かれるところがあるので、それで見にいったというのがあります(あと、安く見れそうだったんで…こっちの方が大きい^^;)

投稿 k-tanaka | 10月 05, 2004 12:59 午前

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