March 06, 2005

「セルラー」(★★★★)

初ユナイテッド・シネマ豊島園で「セルラー」見る。
<「24」シーズン1>のいくつかのストーリーの中で、誘拐されて小屋に監禁されるんだけど外にいる味方と一時連絡が通じるシーンがありますが、あの超緊迫なシチュエーションを89分に延長し、たたみかけるようなスリラー演出と中々コショウの効いたギャグで仕上げたウェルメイドな映画である。

理科教師であるキム・ベイシンガーがある朝にいきなり自宅から誘拐され、どこぞのボロ屋の天井裏に監禁されてしまう。しかもさらったのは終始ギロギロした威圧的な視線をむけてくるジェイソン・ステイサム(一言もしゃべんないこの人はかなりコワい!)。しかしベイシンガーにもガッツがあり、床に転がった、破砕された電話器を組み立てて電話をかけることに成功。ワイヤーをカチカチ接触させることでどうにか発信できるような状況のため、どんな相手にかかるか分からないというギリギリの発信。
かかった相手は・・・近場のビーチで友人とダベり、たまたま見掛けた元カノに再度言い寄ると「あんたのそのカルさがイヤなのよ、ホントに子供みたいな男なんだから」とピシャリはねつけられるチャラ男。

「私、誘拐されてるんです・・・」
「あー、ホント?そーなんだ〜」

命をかけたギリギリの一本の電話が、一番かかってほしくないタイプの相手にかかってしまうというのはツカミとしては絶妙なのだが、その後の展開も実に飽きさせない。思わぬ巻き込まれ方で事件に関わってくる警察官、ウイリアム・H・メイシーもいかにも頼り無さそうな役者であるのがいい。警察やめて女房と日帰りスパ(美容院と間違えられる)を経営するのが唯一の楽しみな警官という、緊迫したシチュエーションにはいかにも不似合いなキャラクターが絡んでくる所もこの映画の見どころの一つ。

監督は「デッドコースター」のデヴィッド・R・エリス。公式サイトの情報によるとスタントマン出身の人だそうで、ハリウッドでは最も人気のある二班監督という。またプロデューサーは「GODZZILA」をはじめとするローランド・エメリッヒとの数々の協業(凶業?)で悪名高いディーン・デヴリンだが、今回はなかなかいい映画を世に出してくれた。
本編89分という短さも実に適切である。仕事の後にガーッとスリラー映画に引っ張り回されたいって人はまもなく公開終了らしいので劇場に走っとくべし。

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「大統領の理髪師」(★★★☆)

とにかく、ソン・ガンホの絶妙極まりない視線芸で笑わせてくれる佳作。
「マルクス病」周辺のメルヘンにしたいのか政治性を取り入れたかったのかよく分からんテイストには少々閉口はしたものの、軍事政権時代の暗黒を描くにはまだ少し時間が必要、ということなのだろうか。

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February 06, 2005

「マイ・ボディガード」(★★★☆)

ブライアン・ヘルゲランド脚本最新作ということで必見かと思い、一緒に見てくれる方を募って新宿ピカデリーにて鑑賞。

ヘルゲランドはゴールデン・ラズベリー賞に輝く「ポストマン」(未見)という経歴を持ちながらも、「L.A.コンフィデンシャル」の脚色で名をあげた、私的にいま最も信用しているハリウッド映画ライターである。
「ブラッド・ワーク」「ミスティック・リバー」等のクリント・イーストウッドとの最近の仕事もよかったし、監督作「ロック・ユー!」もよく、最終的に演出をメル・ギブソンにブン捕られたという「ペイバック」も、前半は凄くヒリヒリした感じの意欲的な作品。
(もっとも最近新作映画情報に徹底的に疎かったため、ヘルゲランドの監督最新作である「悪霊喰」はノーチェックだったりする)
今回も印象的なシーン、セリフが百出で、特に「おれたちはプロの仕事をしただけだ」とうそぶく誘拐犯罪者たちを処断するシーンや、「人は誰でも何かの芸術家だ、あいつは言うなれば死の芸術家なのだ」といったセリフなどが印象に残る。

監督はトニー・スコット。「エネミー・オブ・アメリカ」と「スパイ・ゲーム」のスパイ映画2作品が記憶に新しいが、不明瞭な情報が錯綜する諜報モノではそれなりに見られた彼の演出も、よりエモーショナルな高まりが必要とされるであろう今作ではどうも気に障るところが多いように思えた。クリーシィが自殺を試みるシーンなどのちゃんと説明すべきシーンがギタギタにされ、後で考えてやっと判別できるようなつくりになっているのは如何なものか。
とはいうものの、ラストシーンの場面設定は素晴しかったと思う。

ところで今回思ったのだけど、ヘルゲランドは甘いもの好きの正義漢を出すクセがあるのではないか?(まあ前例としては「ブラッド・ワーク」ぐらいしか思いつかないが)

原作は冒険小説の名作と名高い、A.J.クィネルの「燃える男」。とりあえずBOOK OFFで買ってみた。

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November 24, 2004

「きみに読む物語」(★★★☆)

友人に誘われ、ヤマハホールでの試写会でニック・カサヴェテス監督「きみに読む物語」を見てきた。
ニック・カサヴェテスの映画は「ミルドレッド」「ジョンQ」に続いて3本目だけど、何故かいつも試写会で見てる(^^;)
「ジョンQ」のときはサスペンスのヘタさにユルい気分になりつつ、前半の家族描写の美しさには感心という感じだったが、今回の映画は純愛ものなので、センチメンタルなカサヴェテス監督の美点が十二分に発揮される素材であろうと思った。
主人公たちの出会いから、深夜の交差点に2人で寝転がって信号の変わるのを見つめるシーン、美しいアメリカ南部の黄昏れどきの湖水をボートで行くシーンなど、もろもろの美しさが印象深い。
はたして、筋のベタさはどうなんだろうと思いつつも美しい画造りにほとほと見入ってしまい、冒頭から涙なくしては見られないラストに到るまで、しみじみ楽しませてもらった。
「ベタだなー」と思いつつも感動してしまうこのノリは、クリント・イーストウッド監督の「マディソン郡の橋」に一脈通じるかも。
ライアン・ゴズリングとレイチェル・マクアダムズ(この子がまた本当に可愛い!)という主演2人の見慣れなさも、いかにもな商品的ラブストーリー臭を払拭するのに役立った。

途中で2人の中年のころの写真が出てくるんだが、これ多分監督の両親、ジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズの写真ではないだろうか。
きっとこの映画は、息子がふと空想したもう一つの両親の愛の軌跡でもあるのだろう。

という、とても個人的に胸にくる映画ではあったのだけど、配給であるギャガのパッケージングは「加速する純愛ブームの真打ち登場!」だの、<きみ読む現象>だのといったコピーがとことん寒い。そんな映画じゃないだろうに・・これこそ「愛」のない所業ではないかと思うのだが。

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November 08, 2004

「2046」(★★★☆)

王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の最新作「2046」を新宿トーアで見る。
「2046」という名は劇中劇になっているSF小説の都市の名として出てくるのだけど、実はこの劇中劇は作家/新聞記者である主人公トニー・レオンの恋愛関係のメタファーであり、映画が語っている物語は1960年代後半の香港とシンガポールで展開しており、この現実世界において「2046」とはホテルの号室名である。

この号室を巡って、ホテルに常駐する新聞記者トニー・レオンの現実の恋の遍歴が語られるのが「2046」。
チャン・ツィイー、フェイ・ウォン、コン・リーら中国語映画圏最強の女優陣が、トニー・レオンの前を通っては消えていく女性たちを演じる。
この中でも最も魅力的なのはチャン・ツィイーである。彼女が蓮っ葉な風を見せながら彼女の愛する男に「この金を受け取ってくれ」と情事の料金を渡される時に見せる微妙な表情、これは彼女のような完成された美貌と無垢さを兼ね備えた女優でなくては演じ得ない葛藤だと思う。
フェイ・ウォンが10年近く前の「恋する惑星」と同じようなタイプの役どころを演じているのは正直どうかなと思ったが、彼女が好いた男に電話をかけている姿をガラス越しにトニー・レオンが見つめるシーンは、この映画を見た最大の収穫だった。
前半は正直眠いところもあったけれど、見て損のない映画だったと思う。

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October 31, 2004

「春夏秋冬そして春」(★★★★)

「悪い男」で純愛映画のひとつの極限を示したキム・キドク監督の「春夏秋冬そして春」をル・シネマで見る。

深山に水を湛える湖の真ん中に静かに浮く筏の上に、小さな庵が建っている。
この庵に僧侶二人がささやかな生活を営んでいる。ひとりは老僧、ひとりは愛くるしい小坊主。

春-山中のあふれんばかりの自然の中で遊ぶ小坊主が、小さな殺生をする。
  小坊主に呵責ない叱責(言葉では語られないところが味わい深い)を加える老僧。
夏-この庵に、病の治療のために一人の少女がやってくる。
  成長し青年となった小坊主は、仏門にありながらこの少女にどうしようもなく惹かれるのだった-。

ってな調子で春夏秋冬の短いエピソードが積み重なり、やがて感銘深い「そして春」を迎える。

「悪い男」のもう「どーなってんの!?」と言うほかない壮絶さとは違い、「春夏秋冬そして春」では仏教的輪廻の概念を自分なりの捉え方で、今度は凄絶なまでに耽美的な寓話の世界に結実させている。

「人生はめぐる季節のごとく どんな喜びも、どんな悲しみも いつかは朽ちて・・・安らぎとなる」

というこの映画のキャッチコピー、けっこう言いえて妙だと思う。
ストーリーの各所に、普通に観れば繋がらないようで、実は繋がる仕掛けがしてあり、複数で見た後に様々な解釈が飛び交う映画でもある。

キム・キドク、このような映画をも撮るとは・・・。いい意味で期待を裏切られた感じ。

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October 23, 2004

オールド・ボーイ(★★★★)

パク・チャヌク監督「オールド・ボーイ」を試写会で見る。
「韓国一のドブネズミ俳優」ことチェ・ミンシクが演じる主人公、その名もデスは、しがない酔っ払いサラリーマンだが、ある日娘へのプレゼントを道に落としたまま、都会の真ん中で消息を断つ。
理由も分からぬ状態で謎の部屋に監禁され続け、年を経ること15年。ふいに解放され、さらわれたのと同じ場所に再び戻されたデスは、「俺にこんなことをしたのは誰だ!」という吉田輝雄in石井輝男映画的な問いに突き動かされ、犯人探しの探索行に入る。
ふと入った寿司屋で生ダコを頬張りながら突如気絶した彼を、日本料理屋の女板前ミドが助け、それが機縁となって(笑)ミドはデスの孤独な探索に手を貸すようになる。
デスは監禁部屋で鍛え上げた肉体と大工のハンマーを振り上げて、襲い来る謎の勢力と戦うのであった・・・。

 という、なんだかこう書くとすっごいシュールな作品にも思えるのだけど、実はきっちり作られた娯楽映画であって、筋は何しろ"明かすと15年監禁される恐れがあります!"っていうことなんで明かせないのだが、かなり楽しめる映画であった。
 画作りも面白いが別に奇をてらっただけのものではなく、自然な演出を意識しながら出来上がってるカッコよさなので納得できるし、演技陣も、チェ・ミンシクのなんともいえない味わいのある魅力にはシビれるばかりだし(最近のジョン・トラボルタ的な位置づけでスター化するのでは?と期待させる)、ユ・ジテののっぺりした悪意をにじみ出させた敵役ぶりもハマっていて、総合評点高い。

最近の私における、もう韓国映画があればハリウッド娯楽映画イラネ論も、いよいよ現実味を帯びてきた感じだ。

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September 06, 2004

LOVERS(★★☆)

渋谷ジョイシネマでチャン・イーモウ監督「LOVERS」を見てきた。
「3つの"愛"が仕掛けてくる」とか言われてもなー、と予告編ではまるでノレなかったのだけど、たまたま時間が合うのがこいつしかなかったし、最近中国語圏の映画を見ていない気がしたもので。
はたして、剣戟シーン以外にほとんど魅力がなく、それでも「衣裳が綺麗だなー」と思ってそこだけ眺めていたところ、エンドロールでワダエミの仕事であることがわかった。

とりあえずストーリーにとおりいっぺんの「仕掛け」はあるのだけど、たとえば価値観が転倒するような「ヒネリ」がないので、何かチャートでも見ているような気分になってくる(まあ、ハリウッド映画なんか殆どそうだけど)。唐代の反乱集団に関する具体的な背景描写もないので(まあ、それが重要な映画ではないのはわかるが)、そっちから興味を持つことも出来ない。
まあ、もっとも恋愛映画というのはこういうものかもしれん。
それでも演じる俳優に存在感があれば恋愛映画というのはそれなりに見れる。しかしながら、主役が金城武では最初からムリな注文というものだろう。
ホントーにこの人、「ただの美形」でしかないなあと思う。アンディ・ラウにそれなりに存在感があるので、ますます落ちる感じがしてしまい、まずい事態だ。この筋では金城武に傾城の美女をもぐらつかせる魅力がなければいけないはずなのだけど・・。

恋愛映画における俳優の重要性をあらためて思い知らされる一本だった。

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July 06, 2004

ブラザーフッド(★★★☆)

すっかりk-tanaka個人映画鑑賞日記と化しているこのblog。くじけず書き続けます。

歌舞伎町のアカデミー劇場でカン・ジェギュ監督「ブラザーフッド」を見る。
「イヴのすべて」などで日本でも人気を博しつつあるチャン・ドンゴンと、彼に並んで四天王といわれるウォンビンが、巻き込まれて仕方なく朝鮮戦争に従軍する韓国人兄弟に扮し、引き裂かれていく兄弟愛のはかなさを大上段の「泣かせ」で描く。
「シュリ」をアテたカン・ジェギュ監督は、十分なリサーチをもってこのテーマに挑んだそうで、戦争という極限状況が効果的に「泣かせ」に使われており、監督の思惑通りにとにかく泣かされてしまった。
と、いうのなら涙とともにこの映画の印象は流れ去ってしまったかもしれないのだが、この映画で忘れられないのは、朝鮮戦争の戦火の中で起きた、信じがたいほど理不尽な事態の数々だ。

チャン・ドンゴンとウォンビンは年老いた母親と妻を連れ、38度線を超えて攻め込んでくる北朝鮮軍から逃れるためにソウルからテグまで落ちのびるが、テグの駅前で憲兵につかまり、召集令状の一枚もなく徴兵されて最前線へ送り込まれてしまう。抵抗むなしく列車に押し込まれ、憲兵に袋叩きにされながら母と生き別れていく兄弟。
攻勢に転じた韓国軍から逃れる北朝鮮軍は、行きがけの駄賃に通った村の村民を虐殺し、韓国軍はその報復として北側の捕虜を虐殺。しかしその中には実は北側によって強制徴兵された南の一般人も含まれていたり・・。
ソウルでは、北側の占領時に民衆が赤化している事を恐怖した政府と民兵の手によって、赤化民衆狩りが行われ、たいした根拠もなく人々が竹槍で突かれ、穴に投げ込まれていく。

こんな理不尽な悲劇があっていいのか?とパンフレットを買って読んでみると、いずれも史実に基づいているというのだ。
つくづく愕然とする。同じ民族が殺しあう業の深さとは、ここまでのものか・・・と、フィクションから導かれた事実の重さに頭を垂れさせられる映画であった。

戦争なかば、「ワーッ」とか言いながら怒涛のように押し寄せてくる中国人民解放軍を描く唐突なカットがあるのだが、さすがにここは「ナンパオの力」を想起して爆笑してしまった。
まー「人海戦術」ってくらいだからホントにこんなだったのかも知れませんが。チャルメラとか鳴らしてくれるともっと笑ってたかも。

by k-tanaka

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July 03, 2004

トロイ(★★★)

ギリシア式の短槍格闘シーンは面白いんですが・・。
それなりのシナリオにそれなりに収まっちゃってる感じが、もどかしい映画。
キャラクターも、とりあえずコイツらに感情移入するのは難しいな、ってくらい身勝手きわまる。ユニークといえばユニークかもしれない。

by k-tanaka

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May 31, 2004

スクール・オブ・ロック(★★★)

新宿武蔵野館でリチャード・リンクレイター監督「スクール・オブ・ロック」を見る。昨日行った時は立ち見も満員で入場すらできなかったが、休日最終回の今度もやっぱり立ち見。しかし映画を立ち見で見るのはむしろライヴ感があっていいものであって、さらにこういう映画ですからライブハウス感覚でよりノリノリで見れる、むしろ歓迎すべき状況というもの。
映画はジャック・ブラックのものすごい顔芸とコドモたちの素直な瞳にひっぱられて快調に進む。
音楽も、ロック素養のほとんどない私でもけっこうついていける感じなので、それなりに配慮されているのだろう。(なにしろココはロックの学校だ)私が立ち見る目の前の座席では、欧米人のファミリーが仲良く4人で座っていた。

「バンドをやっていくにはお互いに音楽のシュミを理解しあうことだ!お前ら、好きなミュージシャンの名前を言ってみろ!」
「クリスティーナ・アギレラ」
「2PAC」
「ライザ・ミネリ」
バカヤロー!ロックバンドだぞ!ロッカーの名前を挙げろ!!
と叫ぶジャック・ブラックの猪突猛進がこの映画のキモ。
言ってるコトに矛盾もいっぱいあるし身勝手で、なんだか漫画「燃えよペン」に出てくる炎尾燃みたいな奴だが、バンドコンテストを前にドラムのハネッ返り少年がダメバンド相手にカードなんかやってると、その脱線がガマンならず「アホタレ!今度やったら・・・、親に手紙を書くぞ」なんて、あくまでも自己中心的ながらちょっと可愛い教育的指導。なんとも愛らしく汗臭いデブなのである。
楽しい映画だしバンドコンテストのシーンでは結構ノらせてもらったけど、「反抗!」「反抗!」ってわりには可愛いあたりでうまくまとめているような気もしないではない。
ジャック・ブラックが「家でロックを学べ!これは宿題だ!」と生徒に自分の好きなCDを押し付けまくるシーンがあったけど、こいつは作り手の願望の結実に違いない。オタクのやりたいことというのは、対象が何であれ、映画だろうがクラシックだろうがロックだろうが同じなのである。・・ピンク・フロイドの「狂気」を押し付けるところでは場内爆笑。あれ、小学生に聞かすの!?

こういう映画を見に行く場合、絶対クラシック音楽は罵倒とか嘲笑の対象として出てくるだろうなぁと予想できるのが毎度ちょっと憂鬱なところで、「スクール・オブ・ロック」でもそれほどではないがやっぱりそういう部分はあった。まぁ、こういうのはある種しょうがない・・・実際ブルジョワ階級の勃興とともにどんどん興隆してきたのが現在のスタイルをもつクラシック音楽であると言え、実際にファン層を見渡しても鼻持ちならない権威主義野郎やお嬢のワンサと目に付く分野でもあろう、これは音楽そのものとは関係のない、一種の社会的批判でしかない・・・と思うのだけど、やっぱりちょっと憂鬱なのは憂鬱なのである。

by k-tanaka

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May 25, 2004

ル・ディヴォース/パリに恋して(★★★☆)

有楽町スバル座でしかかかってない、ジェームズ・アイヴォリー監督「ル・ディヴォース/パリに恋して」を見る。
アイヴォリー作品は初見。「眺めのいい部屋」「日の名残り」などなど、文芸派の印象があるこの監督。
しかし今回のサブタイトルたるや「パリに恋して」で、主演はケイト・ハドソンにナオミ・ワッツ。
フランス側の出演陣はメルヴィル・プポーにロマン・デュリス、レスリー・キャロンなどなど・・・。チラシの印象なんかはいかにも安っぽい感じのラブコメ仕立て。
いったいどんな映画なんだ?

筋はこうだ。
いかにもヤンキーな娘ケイト・ハドソンがシャルル・ド・ゴール空港に降り立つシーンで映画は始まる。
ハドソンがタクシー乗って、フランス人亭主と一緒に暮らす姉ナオミ・ワッツに会いに行くや、姉の亭主メルヴィル・プポーは家出するわ、姉亭主のスケコマシ叔父は強烈アプローチしてくるわ、家宝の絵画は財産分与でプポー側フランス家族にまさに奪取されんとするという、三重ピンチに一挙遭遇!
あやうし、ボクトツ米国家族!?
そこで、米国から再びド・ゴール空港に降り立ったは、ハドソン&ワッツ姉妹の両親、それにもともと実家の屋根裏から出てきたジョルジュ・ラ・トゥール作とみられる聖ウルスラの画を、断固としてフランス人の手に渡すまいとする弟。
迎え討つべく郊外の邸宅に布陣をはるのは、親族の網を使って家のプライドを保護しようとする、プポー母親レスリー・キャロン以下のフランス人たち。

役者は、揃った。

ここに、米仏恋愛戦争の幕が切って落とされたのだ!

  ・・・って、ホントにこんな映画だったっけ?(^^;)

まあ、とにかくジョルジュ・ラ・トゥールの絵画の真贋と帰属を巡って米仏家族が対立するあたりは私的に見所のひとつであった。
(ラ・トゥールは静謐かつこの上なく印象的な明暗法が素晴らしい17世紀フランスの画家で、西洋絵画の約束事だのキリスト教美術史だのなーんにも知らなくても、ひと目作品を見れば圧倒的に感銘を受けるコトうけあい・・というたいしたヒトである)

格別すっとぼけた顔立ちのサム・ウォーターストンを筆頭とした米国家族は、昔から家族のいる場所に飾ってあったあの絵画を、別の国にやってしまうのは耐え難い、とか言っている。彼らにとってはあくまでも、家庭の重大な部品のひとつが聖ウルスラの眼差しだったのだ。
ところがフランス側の言う事もふるってて、「あれはフランスの画よ!」ってのはまだしも、「アメリカの田舎の家の屋根裏から出てきた画をルーブルに飾るなんて・・」とか言ってる。
ここで彼らの頭にあるのは大いなるフランス文化。このあたりの捉え方のコントラストがまた、恋愛観や振舞い方など、生活レベルでの米仏ギャップ描写に収まらず、何か国民性の差のスケッチにまで筆が及んでいるのを感じさせ、面白い。
キーになるジョルジュ・ラ・トゥールの絵画は重要なアイコンとしてラストシーンにまで画的に効いてくるのだが、もうひとつのオモシロ小道具が赤いケリーバッグ。これも実に面白い使われ方をする。

複雑なストーリーラインのうち、最終的に「これでいいの?」って感じに落ち着いてしまう部分もあったりするのだけど、小道具を中心にしたイメージの扱い方は実に巧みで、落し所が気持ちよい。他のアイヴォリー作品も見ていきたくなりますね。

by k-tanaka

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May 24, 2004

キル・ビルvol.2(★★★)

すんません、前半15分くらい寝ました。
いや、つまんなかったわけでは多分なく、前日の夜飲みすぎて二日酔いのまま出社し、疲労困憊の状態で「ドーン・オブ・ザ・デッド」見てアドレナリン大噴出、体力消耗しまくった状態であれば止むを得ないというものではありませんか・・・?お許しを乞う。

許しを乞うといいながら★3つかよ!と言われかねませんが・・
この映画、、タランティーノの映画カルマが爆発しており、もう香港映画にヒッチコック、石井輝男やらなんだか私にはよくわかんない文脈などからの引用がブチ込まれまくっていて、それ自体は支持するんだけど、とりあえず「そういうお話だったのね?」と感心できる映画というあたりに着地してしまうあたりが甘いとも言え、まじめにまとめてエライとも言える。
本当のところ、個人的に一番よかったのはタイトルロールとエンドロールだったりしてます(^^;)
なんでいきなりスクリーンプロセス使ってくるんだろうなあ。黄金時代ハリウッドやりたかった、って言っちゃえばそうなんだろうけど。やりたいんだからやんだよ!ってコトで良いか。(「どういう意味があるのか」ってやたら聞くのもヤボな行いではあるし)

なんかvol.3作るって話もあるが、ちょっと微妙ですね。

by k-tanaka

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May 19, 2004

ドーン・オブ・ザ・デッド(★★★★)

PTAじゃない方のポール・アンダースンが監督した「バイオハザード」は、ゾンビの描写はつまんなかったものの、赤キャミにレザーブーツで若島津のような三角飛びキックを繰り出すミラ・ジョヴォヴィッチが素晴らしく、まんざら嫌いではない映画である。
なによりもラストカットが最高だ。とんでもなく異常なことが起こったらしい街をほとんど全裸で彷徨い、主のいないパトカーからライアット・ガンを抜き出したミラがキッとこちらを睨み据えると、カメラがずんずん引いていき、車両が横転し建築物が燃え、オフィスの窓から散りばら撒かれた書類が飛び交う「死都」と化した現代都市の全貌をフレームにおさめていく。

まったく別の映画の話から始まってしまった。ザック・スナイダー監督「ドーン・オブ・ザ・デッド」は、あたかもこの「滅び」が起きたあとのパート2の如き映画である。
救急病院に勤務する看護婦サラ・ポーリーは不思議な病人が院内で増えていることも気に留めず、疲れた体を休めに郊外のスモールタウンにある自宅へ車で帰宅する。
そしてある朝、地獄の釜の蓋が開く・・

ものすごい体術を駆使して跳ね回る少女ゾンビ、猛ダッシュで走りこんできて車のボンネットに飛び乗ってくるゾンビ亭主、まるで生存している時よりも敏捷になったかのごときゾンビ・ゾンビ・ゾンビどもの群れが怒涛のように押し寄せる。あちらこちらに走り回っているのが逃げ惑う人間なのか、餌に追いすがろうとする「奴ら」なのかも判明しない状況だ。パニックを起こした人々の車が前方も見ずにトラックやガス・スタンドに突っ込んで大爆発が起こる。
止める力もないままに、街が、郡が、世界がたちまち滅んでいく。黒沢清が「回路」で見せてくれた静かな禍々しさを孕んだ終末ではなく、この映画における終末はものすごい猛スピードでグローバルに展開していくのだ。
とめどない雪崩のような滅亡・・・。滅亡の夜明けがすぎ、死の影が覆った世界を大手をふって闊歩するものは、混じり気のない"貪欲"の群れである。
この現代版「ゾンビ」は、あまりにも高速で、過剰で、あらゆる場所にズケズケと押し入ってくる。あたかも高度資本主義時代を何年も経過し、より高速に、より無反省に、より見境がなくなった人間の欲望のようではないか。

まあ、こんなこと考え込むのは見たあとのハナシ。そんな余裕は見ている間にはない。何しろゾンビがダッシュして追って来るんだ!こっちも考えるのは後にしてとりあえず走るしかないではないか(映画を見ている方だって、頭の中身が走っているのは同じなのだ)。バケモノに取り巻かれた孤島のようなショッピングモールで、どうやって生き残るか!?というなんだかかつてのB級モンスター映画「トレマーズ」を思い起こさせるような活劇スピリットも併呑しつつ、見せ場満載、地獄のサバイバル骨肉飛散バトルが展開する。
ちょっと「特攻野郎Aチーム」を想起させるシーンなんぞもあり、思わず笑ってしまった。

不思議なのは、モールに取り残され、情報から隔絶された人々が、ケーブルテレビのニュースを見るのはいいがインターネットに接続しようとしないことだ。
別にゾンビの発生に限らず(笑)、このような大規模災害に直面した時には「ネットで情報を得よう」という発案をする奴が一人くらいいてもおかしくないのだが・・・。
まあ、これも映画を見ている間は全然気付かなかった。それだけ楽しんでいたということだろう。
ただし女性(特に妊婦の方)には絶対に受け付けないだろうと思われるシーンもあるので、女の子と一緒に行くのであれば配慮が必要かと思われる・・・ってまあ大抵は一人かヤロー同士で行くのかな(^^;)

by k-tanaka

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May 10, 2004

永遠の語らい(★★★★)

日比谷シャンテ・シネでマノエル・デ・オリヴェイラ監督の最新作「永遠(とわ)の語らい」を見る。
御年95歳!それなのにザクザク新作を撮っているこの活発さはいったい何事だろう。
パンフをみると、1990年の「ノン、あるいは支配の虚しい栄光」以来一年一本のペースである。2001年にはミシェル・ピコリ主演の「家路」(これは私も見た)のほかにさらに一本撮っている。
働き盛りの年齢でも、こんなに撮っている監督はなかなかいないだろう。スゴイ。あるいは、オリヴェイラ監督にとっての働き盛りというのはまさしく今のことなのだろうか。

<以下、ネタバレっぽいものあり>

世界で最も美しい女優の一人であるレオノール・シルヴェイラがリスボン大学の歴史学教授に扮し、8歳の娘とともに地中海文化の名跡をたずねる船旅に出る。
客船はポルトガル、ポルトの港を出て、大航海時代の記念碑を眺めながら文明をたどる船路につく。
マルセイユでは、ギリシア人がこの港から欧州に文明を広めたことを記念する石畳を足元において母娘は語らう。
ナポリ、ポンペイ、アテネのアクロポリスの丘で、ヨーロッパの文明の淵源をたどりながら、好奇心いっぱいに母親の話を聞く8歳の女の子。
すっかり観客もこの女の子と母親の視点とともに、文明の風をたどる船旅をともにしている気分になることだろう。

船には、途中の寄港地で映画史を彩る女優たちが乗船する。
マルセイユではカトリーヌ・ドヌーヴが乗船し、ナポリではステファニア・サンドレッリ、ギリシアではイレーネ・パパス。たとえようもなく映画的に豪華なこの顔ぶれが、船長であるジョン・マルコビッチのテーブルで語り合うシーンがこの映画のひとつのクライマックス。
4人の語り合いは言語の壁を越えた交歓であり、それぞれがフランス語、イタリア語、ギリシア語、英語で思い思いに話すのだが、会話は成立する。
「知的な女性が統治する世界」をゆめみるこの会話は、アクロポリスの丘にかつて立っていたという女神像の逸話とオーヴァーラップするようだ。
また、女優というミューズの庇護のもとにある、映画という芸術そのものとも重なるだろう。

しかし、こうした文明にたいする楽天的な考えには、少しひっかかるものを感じることも確かである。
オリヴェイラはそうした楽天ぶりにたいして、非常にショッキングなラストをもって応える。

監督自身は、このラストは「無償の愛」がもたらした悲劇だったと語っているようだが・・・
単純にこの映画が映画監督の「絶望」を語っているといってしまっては、あまりにも早計にすぎるというものだろう。
ヨーロッパ文明が築きあげてきたものの上にある人々(そのなかに監督も含まれる)が、まったく違うものたちに対しアプローチすることの困難さ、これは思いとして伝わってくる。

しかしアテネの丘で母娘を丁寧に案内してくれたギリシア正教の神父が、遠い古典古代にこの丘でささげられた異教の信仰を敬慕とともに語る姿、そして彼が3本の指で十字をきるしぐさの意味を好奇心いっぱいに聞くカトリック教徒の母娘の姿勢は、オリヴェイラ監督が今後の文明に可能なものとして映画の中に種まいた「調和」の原型のひとつでもあると思われる。

深々と頭を垂れて考え込まされる映画だった。

by k-tanaka

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April 26, 2004

コールド・マウンテン(★★★)

歌舞伎町でアンソニー・ミンゲラ監督「コールド・マウンテン」を見る。
アカデミー賞授賞式の際にアリソン・クラウスとスティングが歌った主題歌などを聴くと、もうめっちゃくちゃ感動しそうな映画だったのだが、はっきり言って歌負けしていると思った。
冒頭、南北戦争での大激戦が描かれるシーンは凄い。塹壕戦のさなか、北軍が南軍の塹壕の下に多量の爆薬を埋めて点火するのだが、何やらバンカーバスターみたいな大爆発が起こり、兵士が宙を舞う。
砂煙の中、北軍の大部隊が突撃してくるのだが、爆発で開いた大穴の淵に阻まれてにすし詰めになってしまい、見下ろす立場になった南軍から狙い撃ちを食う。
南軍に属するジュード・ロウは「さあ、七面鳥撃ちだ!」と他の兵士から言われて逡巡する。
どうも同じ南軍なものだから、アン・リーが監督した「楽園をください」のトビー・マグワイアとカブるなぁと思っていたのだが(カオも似てるし)、ここはジュード・ロウでよかったなぁと思う。もしこれがマグワイアだったら、逡巡しているのかただ眠いだけなのか良く分からなかったところである。
続く血と泥まみれになった白兵戦はすごくて、ドラクロアの描いた戦争絵画の現場はこんな感じだったかと想像させる。
が・・・すごいのはここまでで、後はすべてが予測可能な、十年一日のメロドラマが最後まで続く。
ベースには南北戦争をもってきており、脱走兵狩りに象徴される戦争の非条理さに翻弄される人々を描いているのだが、いかんせん敵役はこの機に乗じて自分の土地を増やそうとしている地主野郎と手下のならず者どもで、これじゃ西部劇と変わらんではないか。
こいつら悪玉のやることも何かストーリーの必然性のレールの中にカッチリはまっちゃっていて、人品の卑しさはじゅうぶん伝わってくるんだけど、それを超えた何か非人間性の恐怖みたいなものは感じられない。
・・・だったらもっとサックリ勧善懲悪してしまえ!レニー・ゼルヴィガーに少林寺三十六房みたいな修行を施されたニコールが、得意のガンアクションとカンフーで悪人どもを皆殺し、とか!などと、あり得もしないストーリーを期待してしまったりするのである。

まあ、それほど退屈ではないので★3つ。ガブリエル・ヤーレの劇伴音楽は、まあまあという感じ。
by k-tanaka

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April 11, 2004

悪い男(★★★★)

「純愛ピカレスク。」
・・椎名林檎の歌のタイトルではない。キム・ギドク監督の韓国映画「悪い男」を一言で表現するにはこの上適当と思われる言葉が見当たらない。

街でたまたま会った「西洋美術史」を抱えた女子大生に岡惚れしたやくざ者が、彼女を罠にかけ、売春婦の境遇に落としていく、という筋。
(こんな筋の韓国映画ばかり見て感想を書くので「韓国の映画ってヒトデナシなんだな~」と思われかねないが、普通の映画も多いんスよ)
恐るべきことに、これでも純愛映画であり、実に切ない、どうしようもない男女の関係性を描いた傑作である。
売春街で、アニメキャラみたいなヅラを被って客に声をかけるようになっていくヒロインの、道端のアリを見つめる視線の美しいことといったらない。さらにいい味を出しているのがやり手婆ァ役のキム・ジョンヨン。何か異様なリアリティがあるキャラクターである。
劇場では「なんだかワケわかんない~」とか言ってる女二人連れとかがいたが、この映画に感動できるような女性とだけ付き合いたいね。(←っていう根性だから彼女ができない人)

この映画のことは柳下毅一郎氏の映画評論家緊張日記で知ったが、確かに氏の指摘するごとく石井隆的映画といえばそうかも知れない。ただし、ギャグのわけの分からなさは石井隆の上をいっている様に思う。
キム・ギドク、これまで9本の映画を撮っているという。他の作品もぜひ見たい。

4.10 at 新宿武蔵野館
by k-tanaka

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April 05, 2004

殺人の追憶(★★★☆)

ポン・ジュノ監督の韓国映画、「殺人の追憶」をシネマスクエアとうきゅうで見る。
非常に前評判が高い映画なのだが、いつだったかの「とくダネ!」で岩代太郎が音楽をやっているカラミで取り上げられていたこともあったのだろうか、ほぼ満席であった。シネスクっていつもガラガラなイメージがあるのだが・・・こんなのは「マルホランド・ドライブ」以来である。
昼ごろ起きてから何一つ食っておらず、空腹この上なかったため、西武新宿前のマックでベーコンレタスバーガーのコンビを買っておいたのだが、モギリ時に「場内では飲食できませんので、飲食の方はロビーでお願いします」といわれ、予告編の間ロビーで食べる。コーヒーも飲みきれなかったので泣く泣くトイレに流す。
ミニシアターはこれだからウザい。こちとら、デートでしっかりランチを仕込んで「じゃあディナー行く前に映画でも見る?」みたいなノリのカップルとは階級が違うのだ(一段下なのだ)。映画館は生活の場たるべきであり、観て、食って、映画がつまんない時には寝る場であるべきなのである!と声を大にして言いたい。

本題。
この映画は、80年代から90年代初頭にかけて、軍事政権化の韓国の田舎で実際に起こった未解決の連続強姦殺人事件「ファソン事件」を材にとったものだが、だからといって単なる社会派ドキュメンタリーなタッチではなく、事件を追う刑事たちのキャラクターがたっぷり描かれた、非常にストーリー性の高い映画になっている。
笑えるシーンも随所に折り込まれているが、これ見よがしなギャグではなく、キャラクターの味わいから自然と湧き出るユーモアになっているところが良い。また、こういう笑いを演じる時のソン・ガンホは実にイイ演技を見せる。銭湯のフロオケにつかりながら、人のチンコをじとーっと見るあの視線は忘れられない(←別にホモキャラなのではない。詳細は映画を見るべし)
あの顔のでかさが効いているのではないだろうか?渥美清効果と名付けたい。(そういえばもう一人の暴力刑事は、なんとなく見ていて郷瑛治を思い出してしまった)

ソン・ガンホが地元警察の「捜査は足だ」派、キム・サンギョンがソウル市警の分析型捜査官であることだったので、一種のバディ・ムービーなのかなぁと考えていたのだが、この映画はそういうハリウッド的な類型に堕しておらず、いい意味で裏切られた感じである。
と、いうか「オアシス」「殺人の追憶」とこのところ見継いできて、私の中の韓国映画への期待感はハリウッド映画への期待感などよりもずっと高いものになってきている。時に「ボイス」みたいなものを見せられることもあるが、映画を「映画ビジネス」などと呼称することに何の抵抗感もない不快なマーケティング野郎が寄ってたかって作り上げたであろう工業産品的臭気は、少なくともこれまで見てきた韓国映画からはあまり感じられないからだ。「ユリョン」や「火山高」みたいなものも、荒削りであってもすごく健全な勢いを感じるのだ。
しかも多面的な面白さが充満しており、見ていてすごく嬉しくなる。「映画って面白いなあ」とちゃんと思わせてくれるのだ。
あともうちょっといくと「韓国映画があれば、ハリウッドなんかいらねえや」と思えるほどになりそうな感じを、今日「殺人の追憶」を見て得ることができた。

さて、日本は・・・?
by k-tanaka

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