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November 28, 2004

「血と骨」(★★☆)

新宿に出、ピカデリーで崔洋一監督「血と骨」を見る。期待は大きかったが、オダギリジョーの意外な好演と鈴木京香の入魂の老けメイクにも関わらず、全然ボルテージがあがらないまま終わってしまった。時間的な制約のためだろう「化け物」と呼び称される金俊平の強烈なキャラクターを描き切れずに終わった感じがする。たけしの演じる主人公がどうも小粒であり、振るう暴力も何というかDVの枠にとどまるものである。原作を読むと金俊平というキャラクターはモンスター以外の何ものでもなく、人間性というものを超絶した何かである。映画もそれゆえにモンスター映画であることが期待されるのだけど、たけし演じる金俊平は過剰なDV野郎で、何か劇中の寺島進がもっとひどくなった奴ぐらいに見える。これは「金俊平といえど1個の人間である」という監督のメッセージなのだろうか。もしくは映画の暴力描写に不感症になっている私の眼のせいなのか。「血と骨」の金俊平は一種のネガティヴヒーローとして魅力的ではあるが、個人的には妻や娘を殴るような父親は死ねと言いたい。特に田畑智子を殴ってはいけないし、まして・・。
あと、後半でたけしと松重豊がどっかの鈍行で旅するのだけど、ネスカフェの空き瓶に入れたキムチを弁当につけて食ってるのが妙に面白かった。
全然別の話だが、原作小説には確かスト破りみたいなエピソードがあったような記憶があり原作本を探すが見当たらず。売却したような気もしていたのだが、こういう時に困るから本はなるべく売りたくないのだ。駐車場なんぞいらねえから共同書庫つきの物件でもないものか。意外と作ったら商品差別化になりそう・・・。

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November 24, 2004

「きみに読む物語」(★★★☆)

友人に誘われ、ヤマハホールでの試写会でニック・カサヴェテス監督「きみに読む物語」を見てきた。
ニック・カサヴェテスの映画は「ミルドレッド」「ジョンQ」に続いて3本目だけど、何故かいつも試写会で見てる(^^;)
「ジョンQ」のときはサスペンスのヘタさにユルい気分になりつつ、前半の家族描写の美しさには感心という感じだったが、今回の映画は純愛ものなので、センチメンタルなカサヴェテス監督の美点が十二分に発揮される素材であろうと思った。
主人公たちの出会いから、深夜の交差点に2人で寝転がって信号の変わるのを見つめるシーン、美しいアメリカ南部の黄昏れどきの湖水をボートで行くシーンなど、もろもろの美しさが印象深い。
はたして、筋のベタさはどうなんだろうと思いつつも美しい画造りにほとほと見入ってしまい、冒頭から涙なくしては見られないラストに到るまで、しみじみ楽しませてもらった。
「ベタだなー」と思いつつも感動してしまうこのノリは、クリント・イーストウッド監督の「マディソン郡の橋」に一脈通じるかも。
ライアン・ゴズリングとレイチェル・マクアダムズ(この子がまた本当に可愛い!)という主演2人の見慣れなさも、いかにもな商品的ラブストーリー臭を払拭するのに役立った。

途中で2人の中年のころの写真が出てくるんだが、これ多分監督の両親、ジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズの写真ではないだろうか。
きっとこの映画は、息子がふと空想したもう一つの両親の愛の軌跡でもあるのだろう。

という、とても個人的に胸にくる映画ではあったのだけど、配給であるギャガのパッケージングは「加速する純愛ブームの真打ち登場!」だの、<きみ読む現象>だのといったコピーがとことん寒い。そんな映画じゃないだろうに・・これこそ「愛」のない所業ではないかと思うのだが。

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November 08, 2004

「2046」(★★★☆)

王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の最新作「2046」を新宿トーアで見る。
「2046」という名は劇中劇になっているSF小説の都市の名として出てくるのだけど、実はこの劇中劇は作家/新聞記者である主人公トニー・レオンの恋愛関係のメタファーであり、映画が語っている物語は1960年代後半の香港とシンガポールで展開しており、この現実世界において「2046」とはホテルの号室名である。

この号室を巡って、ホテルに常駐する新聞記者トニー・レオンの現実の恋の遍歴が語られるのが「2046」。
チャン・ツィイー、フェイ・ウォン、コン・リーら中国語映画圏最強の女優陣が、トニー・レオンの前を通っては消えていく女性たちを演じる。
この中でも最も魅力的なのはチャン・ツィイーである。彼女が蓮っ葉な風を見せながら彼女の愛する男に「この金を受け取ってくれ」と情事の料金を渡される時に見せる微妙な表情、これは彼女のような完成された美貌と無垢さを兼ね備えた女優でなくては演じ得ない葛藤だと思う。
フェイ・ウォンが10年近く前の「恋する惑星」と同じようなタイプの役どころを演じているのは正直どうかなと思ったが、彼女が好いた男に電話をかけている姿をガラス越しにトニー・レオンが見つめるシーンは、この映画を見た最大の収穫だった。
前半は正直眠いところもあったけれど、見て損のない映画だったと思う。

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November 07, 2004

「山猫・イタリア語完全復元版」(★★★★☆)

ルキノ・ヴィスコンティ監督の畢生の大作「山猫」が、同映画の撮影監督ジュゼッペ・ロトゥンノの総指揮により「イタリア語・完全復元版」として蘇った。シドニー・ポラックによる英語吹き替えの国際版(私はこのVHSソフトを持っている)は色彩に優れ、1981年に岩波ホールで公開されたというオリジナル完全版はストーリーのカット部分が復活していてドラマに富んでいると言われていたそうだけど、今回は国家的事業ともいうべき復元プロジェクトがたてられ、国際版の色彩とヴィスコンティの撮った完全なドラマを兼ね備えた決定版が生まれたという。

貴族の誇り高き「歴史からの退場」を描く本作は、冒頭の邸宅に漂うしずかな退潮の雰囲気とニーノ・ロータの感傷的な調べからはじまり、イタリアが別の権力期に移行したことを象徴する脱走兵銃殺の朝、しめやかなバート・ランカスターの歩み去りまで、陶酔の3時間を過ごさせてくれる。
どんな特種効果があるわけでも、どんな夢物語が語られているわけでもないのに、こんなふうに現実離れした気分になってしまうのは、ヴィスコンティの描く今は無き社会階級の姿がこのうえなく的確だからなのかもしれない。

けっこうギャグシーンも多くて笑えました(^^)

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