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May 31, 2004

スクール・オブ・ロック(★★★)

新宿武蔵野館でリチャード・リンクレイター監督「スクール・オブ・ロック」を見る。昨日行った時は立ち見も満員で入場すらできなかったが、休日最終回の今度もやっぱり立ち見。しかし映画を立ち見で見るのはむしろライヴ感があっていいものであって、さらにこういう映画ですからライブハウス感覚でよりノリノリで見れる、むしろ歓迎すべき状況というもの。
映画はジャック・ブラックのものすごい顔芸とコドモたちの素直な瞳にひっぱられて快調に進む。
音楽も、ロック素養のほとんどない私でもけっこうついていける感じなので、それなりに配慮されているのだろう。(なにしろココはロックの学校だ)私が立ち見る目の前の座席では、欧米人のファミリーが仲良く4人で座っていた。

「バンドをやっていくにはお互いに音楽のシュミを理解しあうことだ!お前ら、好きなミュージシャンの名前を言ってみろ!」
「クリスティーナ・アギレラ」
「2PAC」
「ライザ・ミネリ」
バカヤロー!ロックバンドだぞ!ロッカーの名前を挙げろ!!
と叫ぶジャック・ブラックの猪突猛進がこの映画のキモ。
言ってるコトに矛盾もいっぱいあるし身勝手で、なんだか漫画「燃えよペン」に出てくる炎尾燃みたいな奴だが、バンドコンテストを前にドラムのハネッ返り少年がダメバンド相手にカードなんかやってると、その脱線がガマンならず「アホタレ!今度やったら・・・、親に手紙を書くぞ」なんて、あくまでも自己中心的ながらちょっと可愛い教育的指導。なんとも愛らしく汗臭いデブなのである。
楽しい映画だしバンドコンテストのシーンでは結構ノらせてもらったけど、「反抗!」「反抗!」ってわりには可愛いあたりでうまくまとめているような気もしないではない。
ジャック・ブラックが「家でロックを学べ!これは宿題だ!」と生徒に自分の好きなCDを押し付けまくるシーンがあったけど、こいつは作り手の願望の結実に違いない。オタクのやりたいことというのは、対象が何であれ、映画だろうがクラシックだろうがロックだろうが同じなのである。・・ピンク・フロイドの「狂気」を押し付けるところでは場内爆笑。あれ、小学生に聞かすの!?

こういう映画を見に行く場合、絶対クラシック音楽は罵倒とか嘲笑の対象として出てくるだろうなぁと予想できるのが毎度ちょっと憂鬱なところで、「スクール・オブ・ロック」でもそれほどではないがやっぱりそういう部分はあった。まぁ、こういうのはある種しょうがない・・・実際ブルジョワ階級の勃興とともにどんどん興隆してきたのが現在のスタイルをもつクラシック音楽であると言え、実際にファン層を見渡しても鼻持ちならない権威主義野郎やお嬢のワンサと目に付く分野でもあろう、これは音楽そのものとは関係のない、一種の社会的批判でしかない・・・と思うのだけど、やっぱりちょっと憂鬱なのは憂鬱なのである。

by k-tanaka

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May 25, 2004

ル・ディヴォース/パリに恋して(★★★☆)

有楽町スバル座でしかかかってない、ジェームズ・アイヴォリー監督「ル・ディヴォース/パリに恋して」を見る。
アイヴォリー作品は初見。「眺めのいい部屋」「日の名残り」などなど、文芸派の印象があるこの監督。
しかし今回のサブタイトルたるや「パリに恋して」で、主演はケイト・ハドソンにナオミ・ワッツ。
フランス側の出演陣はメルヴィル・プポーにロマン・デュリス、レスリー・キャロンなどなど・・・。チラシの印象なんかはいかにも安っぽい感じのラブコメ仕立て。
いったいどんな映画なんだ?

筋はこうだ。
いかにもヤンキーな娘ケイト・ハドソンがシャルル・ド・ゴール空港に降り立つシーンで映画は始まる。
ハドソンがタクシー乗って、フランス人亭主と一緒に暮らす姉ナオミ・ワッツに会いに行くや、姉の亭主メルヴィル・プポーは家出するわ、姉亭主のスケコマシ叔父は強烈アプローチしてくるわ、家宝の絵画は財産分与でプポー側フランス家族にまさに奪取されんとするという、三重ピンチに一挙遭遇!
あやうし、ボクトツ米国家族!?
そこで、米国から再びド・ゴール空港に降り立ったは、ハドソン&ワッツ姉妹の両親、それにもともと実家の屋根裏から出てきたジョルジュ・ラ・トゥール作とみられる聖ウルスラの画を、断固としてフランス人の手に渡すまいとする弟。
迎え討つべく郊外の邸宅に布陣をはるのは、親族の網を使って家のプライドを保護しようとする、プポー母親レスリー・キャロン以下のフランス人たち。

役者は、揃った。

ここに、米仏恋愛戦争の幕が切って落とされたのだ!

  ・・・って、ホントにこんな映画だったっけ?(^^;)

まあ、とにかくジョルジュ・ラ・トゥールの絵画の真贋と帰属を巡って米仏家族が対立するあたりは私的に見所のひとつであった。
(ラ・トゥールは静謐かつこの上なく印象的な明暗法が素晴らしい17世紀フランスの画家で、西洋絵画の約束事だのキリスト教美術史だのなーんにも知らなくても、ひと目作品を見れば圧倒的に感銘を受けるコトうけあい・・というたいしたヒトである)

格別すっとぼけた顔立ちのサム・ウォーターストンを筆頭とした米国家族は、昔から家族のいる場所に飾ってあったあの絵画を、別の国にやってしまうのは耐え難い、とか言っている。彼らにとってはあくまでも、家庭の重大な部品のひとつが聖ウルスラの眼差しだったのだ。
ところがフランス側の言う事もふるってて、「あれはフランスの画よ!」ってのはまだしも、「アメリカの田舎の家の屋根裏から出てきた画をルーブルに飾るなんて・・」とか言ってる。
ここで彼らの頭にあるのは大いなるフランス文化。このあたりの捉え方のコントラストがまた、恋愛観や振舞い方など、生活レベルでの米仏ギャップ描写に収まらず、何か国民性の差のスケッチにまで筆が及んでいるのを感じさせ、面白い。
キーになるジョルジュ・ラ・トゥールの絵画は重要なアイコンとしてラストシーンにまで画的に効いてくるのだが、もうひとつのオモシロ小道具が赤いケリーバッグ。これも実に面白い使われ方をする。

複雑なストーリーラインのうち、最終的に「これでいいの?」って感じに落ち着いてしまう部分もあったりするのだけど、小道具を中心にしたイメージの扱い方は実に巧みで、落し所が気持ちよい。他のアイヴォリー作品も見ていきたくなりますね。

by k-tanaka

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May 24, 2004

キル・ビルvol.2(★★★)

すんません、前半15分くらい寝ました。
いや、つまんなかったわけでは多分なく、前日の夜飲みすぎて二日酔いのまま出社し、疲労困憊の状態で「ドーン・オブ・ザ・デッド」見てアドレナリン大噴出、体力消耗しまくった状態であれば止むを得ないというものではありませんか・・・?お許しを乞う。

許しを乞うといいながら★3つかよ!と言われかねませんが・・
この映画、、タランティーノの映画カルマが爆発しており、もう香港映画にヒッチコック、石井輝男やらなんだか私にはよくわかんない文脈などからの引用がブチ込まれまくっていて、それ自体は支持するんだけど、とりあえず「そういうお話だったのね?」と感心できる映画というあたりに着地してしまうあたりが甘いとも言え、まじめにまとめてエライとも言える。
本当のところ、個人的に一番よかったのはタイトルロールとエンドロールだったりしてます(^^;)
なんでいきなりスクリーンプロセス使ってくるんだろうなあ。黄金時代ハリウッドやりたかった、って言っちゃえばそうなんだろうけど。やりたいんだからやんだよ!ってコトで良いか。(「どういう意味があるのか」ってやたら聞くのもヤボな行いではあるし)

なんかvol.3作るって話もあるが、ちょっと微妙ですね。

by k-tanaka

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May 19, 2004

ドーン・オブ・ザ・デッド(★★★★)

PTAじゃない方のポール・アンダースンが監督した「バイオハザード」は、ゾンビの描写はつまんなかったものの、赤キャミにレザーブーツで若島津のような三角飛びキックを繰り出すミラ・ジョヴォヴィッチが素晴らしく、まんざら嫌いではない映画である。
なによりもラストカットが最高だ。とんでもなく異常なことが起こったらしい街をほとんど全裸で彷徨い、主のいないパトカーからライアット・ガンを抜き出したミラがキッとこちらを睨み据えると、カメラがずんずん引いていき、車両が横転し建築物が燃え、オフィスの窓から散りばら撒かれた書類が飛び交う「死都」と化した現代都市の全貌をフレームにおさめていく。

まったく別の映画の話から始まってしまった。ザック・スナイダー監督「ドーン・オブ・ザ・デッド」は、あたかもこの「滅び」が起きたあとのパート2の如き映画である。
救急病院に勤務する看護婦サラ・ポーリーは不思議な病人が院内で増えていることも気に留めず、疲れた体を休めに郊外のスモールタウンにある自宅へ車で帰宅する。
そしてある朝、地獄の釜の蓋が開く・・

ものすごい体術を駆使して跳ね回る少女ゾンビ、猛ダッシュで走りこんできて車のボンネットに飛び乗ってくるゾンビ亭主、まるで生存している時よりも敏捷になったかのごときゾンビ・ゾンビ・ゾンビどもの群れが怒涛のように押し寄せる。あちらこちらに走り回っているのが逃げ惑う人間なのか、餌に追いすがろうとする「奴ら」なのかも判明しない状況だ。パニックを起こした人々の車が前方も見ずにトラックやガス・スタンドに突っ込んで大爆発が起こる。
止める力もないままに、街が、郡が、世界がたちまち滅んでいく。黒沢清が「回路」で見せてくれた静かな禍々しさを孕んだ終末ではなく、この映画における終末はものすごい猛スピードでグローバルに展開していくのだ。
とめどない雪崩のような滅亡・・・。滅亡の夜明けがすぎ、死の影が覆った世界を大手をふって闊歩するものは、混じり気のない"貪欲"の群れである。
この現代版「ゾンビ」は、あまりにも高速で、過剰で、あらゆる場所にズケズケと押し入ってくる。あたかも高度資本主義時代を何年も経過し、より高速に、より無反省に、より見境がなくなった人間の欲望のようではないか。

まあ、こんなこと考え込むのは見たあとのハナシ。そんな余裕は見ている間にはない。何しろゾンビがダッシュして追って来るんだ!こっちも考えるのは後にしてとりあえず走るしかないではないか(映画を見ている方だって、頭の中身が走っているのは同じなのだ)。バケモノに取り巻かれた孤島のようなショッピングモールで、どうやって生き残るか!?というなんだかかつてのB級モンスター映画「トレマーズ」を思い起こさせるような活劇スピリットも併呑しつつ、見せ場満載、地獄のサバイバル骨肉飛散バトルが展開する。
ちょっと「特攻野郎Aチーム」を想起させるシーンなんぞもあり、思わず笑ってしまった。

不思議なのは、モールに取り残され、情報から隔絶された人々が、ケーブルテレビのニュースを見るのはいいがインターネットに接続しようとしないことだ。
別にゾンビの発生に限らず(笑)、このような大規模災害に直面した時には「ネットで情報を得よう」という発案をする奴が一人くらいいてもおかしくないのだが・・・。
まあ、これも映画を見ている間は全然気付かなかった。それだけ楽しんでいたということだろう。
ただし女性(特に妊婦の方)には絶対に受け付けないだろうと思われるシーンもあるので、女の子と一緒に行くのであれば配慮が必要かと思われる・・・ってまあ大抵は一人かヤロー同士で行くのかな(^^;)

by k-tanaka

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May 11, 2004

パリの灯は遠く(★★★☆)

NHK-BS2でジョセフ・ロージー監督「パリの灯は遠く」を見る。
フランス・イタリア合作。

冒頭、全裸の中年女性が、白衣を着たセルロイド眼鏡の医師に、奇妙な形の定規で顔面を測定されるシーンで始まる。
昆虫の四肢でも測るような冷たい視線で医師が定規のふたつの突起部分を女性の鼻に押しあてたりするたびに、女性の疲れた顔面が歪む。ひどいとか残酷だとかいったアンティパシーをも呼ばない、ただただ不気味な場面だ。
医師が人種的特徴をフランス語で述べ、女性の助手がそれを書き留める。
セム族、ユダヤもしくはアラブの疑いがある・・・といった科白で、ここはヴィシー対独協力政権下のフランスであることがわかる。

眠かったしビデオもまわしていたので特にそのまま見る気はなかったのだが、この奇怪なシーンに魅了され、途中眠気と戦いながらも最後まで見てしまった。

アラン・ドロン演じる美術商ロベール・クランはフランス人だが、手元に自分の名に宛てられたユダヤ人新聞が配達されたことから、警察にユダヤ人の疑いをかけられる。
警察の尋問を受けたり、自ら調べていくうちに、本当の配達先である、同姓同名の見も知らぬ男の存在が見えてくる。
美術商ロベール・クランは警察の嫌疑を晴らすために、第二のロベール・クランの行方を追ってパリの街を探し回っていく。

郊外のシャトーに住み弦楽四重奏を聴く浮世ばなれした貴族たち、夫を戦線で亡くした借家の管理人、不気味な動線を描いて走り回る警察車両などの奇妙なものたちが、美術商ロベール・クランの前途をあるいは塞ぎ、あるいは通過していく。
探索行の中で、ロベール・クランはもう一人のロベール・クランを、何か自分にとって特別な存在であるかのように感じていく・・・。

なにか末世じみたただならぬ雰囲気のパリの街や、華麗な室内美術、ジャン=ピエール・メルヴィルのノワール映画を思わせる警察の不気味な描写など、様々な見所のある映画だ。
ラストシーンの、この世の地獄に横滑りしていく人々の顔といったら、たとえようもない。
顔で始まり、顔で終わる映画である。
怖い。

調べてみたら、1976年のカンヌでパルム・ドールを授賞している作品だった。

by k-tanaka

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May 10, 2004

永遠の語らい(★★★★)

日比谷シャンテ・シネでマノエル・デ・オリヴェイラ監督の最新作「永遠(とわ)の語らい」を見る。
御年95歳!それなのにザクザク新作を撮っているこの活発さはいったい何事だろう。
パンフをみると、1990年の「ノン、あるいは支配の虚しい栄光」以来一年一本のペースである。2001年にはミシェル・ピコリ主演の「家路」(これは私も見た)のほかにさらに一本撮っている。
働き盛りの年齢でも、こんなに撮っている監督はなかなかいないだろう。スゴイ。あるいは、オリヴェイラ監督にとっての働き盛りというのはまさしく今のことなのだろうか。

<以下、ネタバレっぽいものあり>

世界で最も美しい女優の一人であるレオノール・シルヴェイラがリスボン大学の歴史学教授に扮し、8歳の娘とともに地中海文化の名跡をたずねる船旅に出る。
客船はポルトガル、ポルトの港を出て、大航海時代の記念碑を眺めながら文明をたどる船路につく。
マルセイユでは、ギリシア人がこの港から欧州に文明を広めたことを記念する石畳を足元において母娘は語らう。
ナポリ、ポンペイ、アテネのアクロポリスの丘で、ヨーロッパの文明の淵源をたどりながら、好奇心いっぱいに母親の話を聞く8歳の女の子。
すっかり観客もこの女の子と母親の視点とともに、文明の風をたどる船旅をともにしている気分になることだろう。

船には、途中の寄港地で映画史を彩る女優たちが乗船する。
マルセイユではカトリーヌ・ドヌーヴが乗船し、ナポリではステファニア・サンドレッリ、ギリシアではイレーネ・パパス。たとえようもなく映画的に豪華なこの顔ぶれが、船長であるジョン・マルコビッチのテーブルで語り合うシーンがこの映画のひとつのクライマックス。
4人の語り合いは言語の壁を越えた交歓であり、それぞれがフランス語、イタリア語、ギリシア語、英語で思い思いに話すのだが、会話は成立する。
「知的な女性が統治する世界」をゆめみるこの会話は、アクロポリスの丘にかつて立っていたという女神像の逸話とオーヴァーラップするようだ。
また、女優というミューズの庇護のもとにある、映画という芸術そのものとも重なるだろう。

しかし、こうした文明にたいする楽天的な考えには、少しひっかかるものを感じることも確かである。
オリヴェイラはそうした楽天ぶりにたいして、非常にショッキングなラストをもって応える。

監督自身は、このラストは「無償の愛」がもたらした悲劇だったと語っているようだが・・・
単純にこの映画が映画監督の「絶望」を語っているといってしまっては、あまりにも早計にすぎるというものだろう。
ヨーロッパ文明が築きあげてきたものの上にある人々(そのなかに監督も含まれる)が、まったく違うものたちに対しアプローチすることの困難さ、これは思いとして伝わってくる。

しかしアテネの丘で母娘を丁寧に案内してくれたギリシア正教の神父が、遠い古典古代にこの丘でささげられた異教の信仰を敬慕とともに語る姿、そして彼が3本の指で十字をきるしぐさの意味を好奇心いっぱいに聞くカトリック教徒の母娘の姿勢は、オリヴェイラ監督が今後の文明に可能なものとして映画の中に種まいた「調和」の原型のひとつでもあると思われる。

深々と頭を垂れて考え込まされる映画だった。

by k-tanaka

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May 09, 2004

黄線地帯(★★★★)

チャンネルNECO新東宝「地帯(ライン)シリーズ」一挙放送三本目、石井輝男監督「黄線地帯(イエロー・ライン)」。
シリーズ唯一のカラー作品で、ギラギラした色で描かれたカスバの中でストーリーが二転三転する。石井輝男の本領発揮である。

ある男に「人の生き血をすする悪党を一人葬ってほしい」とコロシを頼まれ、それと知らずに神戸税関の役人を殺害した天知茂は、クライアントの裏切りによって警察に追われる身となり、通りすがりの踊り子三原葉子をさらって東京から神戸に逃亡する。
三原葉子の恋人である事件記者吉田輝雄は、神戸が現在、日本人売笑婦を黄色人種の性に溺れた外国汽船の船員に世話する「黄線地帯(イエロー・ライン)」組織の巣になっていることを報ずると称して取材許可をとり、三原葉子を追って神戸のカスバに潜入する・・・。

三原葉子の軽々としたキャラクターと深刻顔の天知茂とのアンバランスさが楽しいバディ・ムービーになっており、カスバの原色の混沌の中、映画はじつに魅力的に展開する。
三原葉子は神戸にむかう列車のトイレで、持っていた百円札に「連れの男は殺人犯です」と書き記すのだが、ふつうの映画観客の常識からすれば、これは重大な手がかりとなるはずだ。ところが百円札は思いもよらない行き渡り方をして見ている方をハラハラさせるものの、結局三原葉子にとっては何の役にも立たない!実に驚くべき筋はこび。とうてい常人の思いつくところではない。
吉田輝雄がカスバの中で捜査をすすめるうちに出会う外国人娼婦ムーア(スーザン・ケネディ)も意味不明である。ブロンドの白人女優なので普通に白人の娼婦でいいじゃねえかと思うのだが、なぜか顔にスミを塗って黒人に扮しており、しかも着物なぞ着ている!物凄いインパクトだ。

存分に石井輝男的映画世界を堪能できる傑作。天知茂もキャラが立っていて素晴らしい。

by k-tanaka

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CASSHERN(★)

ワーナーマイカル板橋で紀里谷和明監督「CASSHERN」を見る。

開始15分、
「この人、5分以上の映像作品撮っちゃいけない人かも・・・」

開始45分、
「いつまでうだうだやってんだ!こんな話三池崇史なら3分で終わらすぞ!

開始1時間、
「もういい、頼む、早く終わってくれ・・・」

んで劇中、誰ぞのセリフで「すべて終わりだ・・」とかいうのがあったときは、ようやくこの苦痛の時間も終わりかと思って、マジで嬉しかったです。
でもその後、映画はさらに続いた・・・ウソつき!

使用音楽のセンスも最悪で、ベートーヴェンの「月光」とかバッハの「マタイ受難曲」がとてつもなく安っぽく使われ、また、ちっとも劇伴として効果的でない使われ方でいきなり椎名林檎が流れる。
本当にこの人、ミュージックビデオの監督さんなの?
宇多田の「Travelling」はけっこう良かったと思うけど、そのイメージから「CASSHERN」の音楽センスはあまりにも遠かった。

2時間あまりの拷問にも等しい映画だったが、私は紀里谷監督に同情する。

彼は現場で常に悩みながら監督していたという。
きっと本当に困っていたのだろう。
いるべきではない場所に自分がいることを知りながら、プロジェクトは今さら後戻り不能。
ものすごい金がかかっている以上、「クソ映画撮っちゃいました」とも言えない。
彼に誠実さがあるならば、そりゃ悩まずにはいられないだろう。

監督の立場には同情するが、しかしこの作品、おそらく本年度ワースト1である。

by k-tanaka

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May 08, 2004

白線秘密地帯(★★)

チャンネルNECOで石井輝男監督の新東宝時代の作品「白線秘密地帯」を見る。
ビデオ化なし、CS初放送というレアものだったが、レアなのにはやはり理由があった。
面白くないのだ。

売春防止法の施行により、いわゆる「赤線」などの地帯がつぶれていったが、人類最古の商売ともいわれる売春は決して無くならない。散り散りばらばらになり、一部の人びとは地下に潜って商売を継続していく。彼らはさまざまな別の業種の顔をして営業を続け、アングラ雑誌の掲載情報などを巧みに使い、性に飢えた男たちを引き寄せる・・・。
トルコ風呂で起きた殺人を警察が追ううちに、そうした非合法売春の巨大なネットワークが浮かび上がってくるというお話。

しかしまあ、現代にあって非合法売春を追うというストーリーが緊張感を持ち得ないのは明らかなのだが、当時としてはけっこう重大な内容だったのかもしれない。なにしろ警察に押し込まれた売春バーの従業員が、拳銃を抜いて警察に発砲するのだ!
こいつが人殺して埋めていたというのならわかるが、たかがと言っては申し訳ないが売春である。銃撃戦やるほどの内容か!?
現代の感覚ではうかがい知れないものがあったのかもしれない。
あるいは、「ちょっとこのへんでハデにしておかないとナ・・・」という適当な映画的都合だったのかもしれないが。

筋は退屈だが、ラスト、どこぞの港で売春組織のボス一味(手下に若き日の菅原文太がいる)相手に宇津井健演じる刑事がみせるアクションは、「網走番外地」シリーズを思わせる中々ダイナミックなもの。
石井輝男作品のキッチュな魅力は感じられないが、アクションを撮る手腕を感じさせてくれた。

天知茂も出ているが、いてもいなくてもいいような意味不明の役だった。
出さないとまずい事情でもあったのだろうか・・・。

by k-tanaka

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May 04, 2004

極道恐怖大劇場 牛頭(★★★)

レンタルDVDで三池崇史監督「極道恐怖大劇場 牛頭(ごず)」を見る。

どう見ても普通のチワワにしか見えない犬をつかまえて
「オヤジ、あれはヤクザを襲うために特別に訓練された、ヤクザ犬に間違いありません。
やられる前にやらねえと
といってボコボコにする哀川翔。
組長からアイツはもう頭がだめだからヤクザ処分場(なぜか名古屋にある)に連れてけ、と命を受けた弟分の曽根英樹は、哀川翔をムスタングの後部座席に乗せて名古屋に入るのだが、哀川翔はどういうわけかダッシュボードに頭をぶつけて死んでしまう。そして死んだ哀川翔の死体は、曽根が喫茶店に入っている間に消えてしまうのだ!

次々と起こる不条理な事態と、頻発する「乳牛」のモティーフ。
ダンテの地獄巡りにも比すべき名古屋旅行は、映画史上空前の殺人シーン(素晴らしいアイデアである)と誕生シーンに結実していく・・・。

爆笑の連続。
しかし石井輝男やサミュエル・フラーのように狂った映画というわけではなく、さめた頭で撮られたヘンな映画というのが近いのではないかと思う。なんか「けものがれ、俺らの猿と」(須永秀明監督)見てる時の感触に近いものを感じるなあ。
曽根は行く先々で「あんた・・・名古屋の人じゃないね」とあたかも悪いことででもあるかのように問われるのだが、
駐在所の警官に

「あんた、名古屋の人じゃないね。
東京?横浜?

僕、香港ですけど

と言われるシーンにもっとも参った。

吉野きみ佳、かわいいんだけど・・・鼻の脇に皺ができるようになったのね。ウーン。

by k-tanaka

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からっ風野郎(★★)

増村保造監督「からっ風野郎」をレンタルビデオで見る。
三島由紀夫が主演ということで増村作品の中では比較的著名な本作だが、その三島由紀夫が主演であるが故にイマイチ感漂う作品だった。
川口浩ならば難なく演じてしまう、青春のエネルギーの空回り、生き急ぎ感が、考えすぎてしまうせいなのかどうか分からんが三島由紀夫の演技からは漂ってこない。これじゃ単なる道化回しだ。
こう言っちゃ悪いが、船越英二が劇中でしばしば主人公の似姿として見つめるサルの玩具、これ以上のキャラクターが感じられない。キャラにはまってるといえばそうとも言えるんだけど、なんか違うんだよなあ。

脇を固める船越英二や若尾文子が良い(しかし、主人公のどこに惚れるのかさっぱり分からない)ので、ますます三島のダメさが際立つ。ああ・・・。

神山繁の殺し屋はニヒルでなかなか良いっす。

脚本は黒沢明作品などで著名な菊島隆三。たぶん増村作品はこれだけだ。

by k-tanaka

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May 03, 2004

わたしのSEX白書 絶頂度(★★★)

曽根中生監督「わたしのSEX白書 絶頂度」を衛星劇場で見る。
すべてのセックスにはある種の喜劇性が漂うものと私は思うが、この映画に出てくるSEXはラストの凄絶な3Pを除いてほとんどギャグにしか思えん
しかしながらギャグ映画ではない所がなんとも切ない。金子修介のロマンポルノ作品があっけらかんとした笑いに満ちているのに比べ、この映画は屈折しており、地べたを這い回るような人間の性の営みを「もお笑うしかないだろう」というような感じに描いているように思う。

三井マリア演じる主人公の病院採血係が裏本写真で稼いでいるヤクザ者と病院の裏で話し合うのだが、近くの建物が巨大な鉄球で破砕されており、その「ドーン、ドーン」という音を背後に聞きながら三井マリアの性の崩れが始まる。このシーン、実に美しい。

病室で三井マリアの弟が看護婦を前にギターを爪弾きながら「金太の大冒険」を唄うシーンには深夜ながら爆笑させられた。

 ♪金太負けが多い 金太負けが多い♪

 ♪きんた(自粛)

by k-tanaka

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May 02, 2004

座頭市兇状旅(★★★☆)

衛星劇場で田中徳三監督「座頭市兇状旅」を見る。
やはり勝新座頭市は面白い。
上州下仁田に辿りついた市が、首にかかった賞金目当てに切りかかったチンピラを斬り捨てるのだが、いまわの際に「おっ母・・」と呟いたのを哀れに思い、下仁田の親分佐吉の下働き婆をしているこのチンピラの母親の元を尋ねる。
「よぉ、あいかわらずだな鉢巻き婆さん」と出入りの渡世人に声をかけられる婆ちゃんのキャラクターがとっても良い。
「どうもすみません、息子さんはあたしが斬りやした」と市が詫びるのを聞くや、薪ざっぽうを振り上げて市に打ちかかろうとするが、「こうして名乗り出るあたりをみると、お前もあながち悪党というわけではなさそうだ・・・」と矛を収める。息子の埋葬にあたって、「どこぞで野たれ死にしなかっただけ、お前にゃあ功徳があったのかもしれねぇなあ、なんまんだぶなんまんだぶ」と念仏を唱えるのだけど、こういうシミジミといい科白というのは最近の映画じゃ滅多に聞かない。
二代目を継いだばかりの佐吉親分と、たまたま市が宿泊した旅籠の主人との浅からぬ因縁が、まあ大抵のヤクザ映画で悪の根源がコイツであるところの安部徹のコスい陰謀により、血で血を洗う縄張り争いに発展していく。
また、旅籠の娘と二代目佐吉の淡いさわやかな恋心に対して、市とかつて淡い関係であったものの今や賞金稼ぎのくずれ侍にドロドロに依存している女性おたねの業の深さが対置されていて、この男女関係のコントラストが物語に奥行きを与えている。
止める術もない争いを前に、鉢巻き婆ちゃんが「これが渡世というものとは分かっちゃあいるけどね・・。あたしはもう年をとり過ぎた」と市を前に独白するシーンでは、思わず涙誘われる。

安部徹を筆頭とする小悪党どもを市がなで斬りにするシーンでは、見てるこちらとしちゃあやはり「市斬りまくれー!!ウジ虫ども皆殺しダー!!」とか思ってしまうのだが、ラストで婆ちゃんに頭を下げられると「人斬って礼言われるのは具合がよくねぇ・・」と言わんばかりに照れくさそうなのがイイ。
男女の交わりについてもそうだが、どこかにイノセンスな部分を残しながらも、シリーズ通したら数百人は斬り殺していそうな座頭市というキャラクターに対して興味が湧いてくる映画だった。
そういえば田中徳三監督は、前に書いた「弁天小僧」では伊藤大輔の助監で入っていた。大映ってステキ。

by k-tanaka

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