March 29, 2005

「黄金の腕」(★★☆)

500円DVDでオットー・プレミンジャー監督「黄金の腕」を見た。
この映画が有名なのは作品そのものよりも、どちらかというと映画音楽作家エルマー・バーンスタインの代表作ということと、ソール・バスのタイトルバックでなのではないかと思う。
プレミンジャー監督の映画というと「ローラ殺人事件」くらいしか見たことない(と思う)のだけど、あれもかつて色男役者だったはずのダナ・アンドリュースが極端に気持ち悪かったり、ヴィンセント・プライスがものすごく香ばしいオーラを発していたりと、正直言って悪食な映画だった(^^;)。とはいうもののデヴィッド・ラクシンの映画音楽は珠玉というべきもので、なんかプレミンジャー作品は毎度そういうところで救われてんじゃねえのかと思われる。

「黄金の腕」はフランク・シナトラが主演。麻薬中毒の療養所から出所してきたカードの天才ディーラーが、ギャンブルの世界の中を巡るクスリ臭い雰囲気がイヤで、ビッグバンドのドラマーに転身しようとする(それはそれでヤクから遠いわけではない気がするが)。しかし足が悪くてシナトラの稼ぎに頼らざるを得ない妻は
「ディーラーやってよ!なんで今のままじゃいけないのよ!」と音楽家組合員証を引きちぎったりする、自分のハンデをかさにきた悪妻。
出口なしの大都会の片隅で、シナトラは徐々に身を持ち崩していく・・

深い心理ドラマのように思えるんだけど、どうもこの監督の露悪趣味なのか、キャラクターに誰一人として感情移入できないため、何とも浅薄なストーリーになってしまっているようだ。

エルマー・バーンスタインの映画音楽はやはり名作だけあってよく、また使い方も面白いので☆一つ追加。

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March 06, 2005

「セルラー」(★★★★)

初ユナイテッド・シネマ豊島園で「セルラー」見る。
<「24」シーズン1>のいくつかのストーリーの中で、誘拐されて小屋に監禁されるんだけど外にいる味方と一時連絡が通じるシーンがありますが、あの超緊迫なシチュエーションを89分に延長し、たたみかけるようなスリラー演出と中々コショウの効いたギャグで仕上げたウェルメイドな映画である。

理科教師であるキム・ベイシンガーがある朝にいきなり自宅から誘拐され、どこぞのボロ屋の天井裏に監禁されてしまう。しかもさらったのは終始ギロギロした威圧的な視線をむけてくるジェイソン・ステイサム(一言もしゃべんないこの人はかなりコワい!)。しかしベイシンガーにもガッツがあり、床に転がった、破砕された電話器を組み立てて電話をかけることに成功。ワイヤーをカチカチ接触させることでどうにか発信できるような状況のため、どんな相手にかかるか分からないというギリギリの発信。
かかった相手は・・・近場のビーチで友人とダベり、たまたま見掛けた元カノに再度言い寄ると「あんたのそのカルさがイヤなのよ、ホントに子供みたいな男なんだから」とピシャリはねつけられるチャラ男。

「私、誘拐されてるんです・・・」
「あー、ホント?そーなんだ〜」

命をかけたギリギリの一本の電話が、一番かかってほしくないタイプの相手にかかってしまうというのはツカミとしては絶妙なのだが、その後の展開も実に飽きさせない。思わぬ巻き込まれ方で事件に関わってくる警察官、ウイリアム・H・メイシーもいかにも頼り無さそうな役者であるのがいい。警察やめて女房と日帰りスパ(美容院と間違えられる)を経営するのが唯一の楽しみな警官という、緊迫したシチュエーションにはいかにも不似合いなキャラクターが絡んでくる所もこの映画の見どころの一つ。

監督は「デッドコースター」のデヴィッド・R・エリス。公式サイトの情報によるとスタントマン出身の人だそうで、ハリウッドでは最も人気のある二班監督という。またプロデューサーは「GODZZILA」をはじめとするローランド・エメリッヒとの数々の協業(凶業?)で悪名高いディーン・デヴリンだが、今回はなかなかいい映画を世に出してくれた。
本編89分という短さも実に適切である。仕事の後にガーッとスリラー映画に引っ張り回されたいって人はまもなく公開終了らしいので劇場に走っとくべし。

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「ローレライ」(★★★)

樋口真嗣監督の頑張りには申し訳ないが、けっこうフツーの映画でした。
大変に豪華なキャスト群ではあるが、妻夫木はいてもいなくてもどうでもいいような役であり、佐藤隆太にいたっては存在価値がまったく見えなかったり、使い捨てキャラの多い映画になってしまっていたような。
映画の構造としては、男船バリバリな潜水艦という空間に対して、妻夫木君と香椎なんちゃらサンのお子さまロマンスを潜水艦から切り離し可能な特種潜水艇に封印しちゃうというのは上手いかなと思う。
しかしどうにも、堤真一の海軍参謀も役所広司の艦長もギバちゃんの副長もいまひとつ役不足な感が否めない。
何といっても、いかがなものかと思うのは石黒賢の出演ですな。
お前火サスあたりに出てくる時と寸分違わぬ役回りじゃねえかと。お前が出てくるだけで大体映画中盤の展開、雰囲気的に先取りできちゃうんだよと小一時間問い詰めたいのだが、まあこれはキャスティングディレクターの責とすべきであろう。
あとは一番セリフ語りで引き付けねばならないシーンのピエール瀧がどうにも上手く喋れてないのが歯がゆかったり、色々な面で芸域の限界を見せられてしまった映画なのだった。

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「大統領の理髪師」(★★★☆)

とにかく、ソン・ガンホの絶妙極まりない視線芸で笑わせてくれる佳作。
「マルクス病」周辺のメルヘンにしたいのか政治性を取り入れたかったのかよく分からんテイストには少々閉口はしたものの、軍事政権時代の暗黒を描くにはまだ少し時間が必要、ということなのだろうか。

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February 06, 2005

「ピエロの赤い鼻」(★★★★)

ジャン・ベッケル監督は、かつてフランス映画が持っていた名作の匂いを今に伝える人なのかもしれない、と前作「クリクリのいた夏」を見た時に思ったのだけど、本作「ピエロの赤い鼻」にも同じような感じを受けた。

冒頭は、学校の先生をやっているジャック・ヴィユレ(ご冥福をお祈りします)が、教壇からのこのこと全身を現すと実はピエロのどた靴を履いてました、というギャグで生徒のウケを取るシーン。
つづくタイトルバックでヴィユレはピエロの仕事道具をカバンに詰めていくのだが、そこではズビグニェフ・プレイスネルの切々としたピアノ音楽が流れ、何か悲しい予兆を感じさせる。
カバンを持って出かけた先の町のお祭りで、慌ただしく到着したヴィユレは自転車競争の号砲を撃ち間違え、出場者たちは勢い余ってバタバタ倒れてしまったり、騒々しくまた友愛に満ちたやり取りが続く。

愛すべきキャラクターと睦まじい空気に満ちた中、父がピエロを演じるのを一人苦々しく思っている者がいた。ヴィユレの息子である。ヴィユレの親友であるアンドレ・デュソリエは、舞台の続く中で息子をそっと外に連れ出し、父親がピエロを演じはじめた訳を語りはじめる・・・。

「ライフ・イズ・ビューティフル」を彷佛とさせるような、ナチス占領下での痛々しい思い出がこの後展開し観客の涙を絞りまくるわけだが、いやらしいお涙ちょうだいの感じには全くならないのは、素晴しい俳優たちがまさしく適材適所に置かれているからだろう。
ジャック・ヴィユレの大らかで愛すべきキャラクターと、アンドレ・デュソリエ(ロメール映画「美しき結婚」で弁護士を演じていた、上品な知性を感じさせるヒト)の演じる冴えない田舎インテリ的帽子屋との凸凹コンビっぷりから、しぜんとユーモアがにじみ出てくる。
ブノワ・マジメルの険しい若者ぶりも良いし、ヴィユレの妻を演じるイザベル・カンドリエはこの作品のために持って生まれ出たような笑顔で、堂々たるヒロインぶりをみせる。シュザンヌ・フロンの演技には初顔見せ時から一気に引き込まれ、この老婦人は過去にどんな人生を経験してきたのだろう?と気になって仕方なくなる。
そして全編中もっとも切ないピエロの登場と退場・・・。

かつて父親ジャック・ベッケル監督が撮ってきた、その作品を見たこと自体が幸福そのものであるようなフイルム(「幸福の設計」などなど)を、息子のジャン・ベッケルも作り続けることにしたのかもしれない。
だとすると、この映画にみられる父と息子との関係が、より意味深く感じられてくるなあ・・・。などと一人勝手な楽しい想像をしてしまうのである。

2/5、初めての飯田橋ギンレイホールにての鑑賞。

※なお、ドイツ軍の中でも特に不粋なことをやるのは必ず帽子にドクロマークのついている親衛隊将校だという使い古された映画的法則があるが、この映画ではひさびさに定石通りのキャラが登場する。マニアの方は要チェック。

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「マイ・ボディガード」(★★★☆)

ブライアン・ヘルゲランド脚本最新作ということで必見かと思い、一緒に見てくれる方を募って新宿ピカデリーにて鑑賞。

ヘルゲランドはゴールデン・ラズベリー賞に輝く「ポストマン」(未見)という経歴を持ちながらも、「L.A.コンフィデンシャル」の脚色で名をあげた、私的にいま最も信用しているハリウッド映画ライターである。
「ブラッド・ワーク」「ミスティック・リバー」等のクリント・イーストウッドとの最近の仕事もよかったし、監督作「ロック・ユー!」もよく、最終的に演出をメル・ギブソンにブン捕られたという「ペイバック」も、前半は凄くヒリヒリした感じの意欲的な作品。
(もっとも最近新作映画情報に徹底的に疎かったため、ヘルゲランドの監督最新作である「悪霊喰」はノーチェックだったりする)
今回も印象的なシーン、セリフが百出で、特に「おれたちはプロの仕事をしただけだ」とうそぶく誘拐犯罪者たちを処断するシーンや、「人は誰でも何かの芸術家だ、あいつは言うなれば死の芸術家なのだ」といったセリフなどが印象に残る。

監督はトニー・スコット。「エネミー・オブ・アメリカ」と「スパイ・ゲーム」のスパイ映画2作品が記憶に新しいが、不明瞭な情報が錯綜する諜報モノではそれなりに見られた彼の演出も、よりエモーショナルな高まりが必要とされるであろう今作ではどうも気に障るところが多いように思えた。クリーシィが自殺を試みるシーンなどのちゃんと説明すべきシーンがギタギタにされ、後で考えてやっと判別できるようなつくりになっているのは如何なものか。
とはいうものの、ラストシーンの場面設定は素晴しかったと思う。

ところで今回思ったのだけど、ヘルゲランドは甘いもの好きの正義漢を出すクセがあるのではないか?(まあ前例としては「ブラッド・ワーク」ぐらいしか思いつかないが)

原作は冒険小説の名作と名高い、A.J.クィネルの「燃える男」。とりあえずBOOK OFFで買ってみた。

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November 28, 2004

「血と骨」(★★☆)

新宿に出、ピカデリーで崔洋一監督「血と骨」を見る。期待は大きかったが、オダギリジョーの意外な好演と鈴木京香の入魂の老けメイクにも関わらず、全然ボルテージがあがらないまま終わってしまった。時間的な制約のためだろう「化け物」と呼び称される金俊平の強烈なキャラクターを描き切れずに終わった感じがする。たけしの演じる主人公がどうも小粒であり、振るう暴力も何というかDVの枠にとどまるものである。原作を読むと金俊平というキャラクターはモンスター以外の何ものでもなく、人間性というものを超絶した何かである。映画もそれゆえにモンスター映画であることが期待されるのだけど、たけし演じる金俊平は過剰なDV野郎で、何か劇中の寺島進がもっとひどくなった奴ぐらいに見える。これは「金俊平といえど1個の人間である」という監督のメッセージなのだろうか。もしくは映画の暴力描写に不感症になっている私の眼のせいなのか。「血と骨」の金俊平は一種のネガティヴヒーローとして魅力的ではあるが、個人的には妻や娘を殴るような父親は死ねと言いたい。特に田畑智子を殴ってはいけないし、まして・・。
あと、後半でたけしと松重豊がどっかの鈍行で旅するのだけど、ネスカフェの空き瓶に入れたキムチを弁当につけて食ってるのが妙に面白かった。
全然別の話だが、原作小説には確かスト破りみたいなエピソードがあったような記憶があり原作本を探すが見当たらず。売却したような気もしていたのだが、こういう時に困るから本はなるべく売りたくないのだ。駐車場なんぞいらねえから共同書庫つきの物件でもないものか。意外と作ったら商品差別化になりそう・・・。

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November 24, 2004

「きみに読む物語」(★★★☆)

友人に誘われ、ヤマハホールでの試写会でニック・カサヴェテス監督「きみに読む物語」を見てきた。
ニック・カサヴェテスの映画は「ミルドレッド」「ジョンQ」に続いて3本目だけど、何故かいつも試写会で見てる(^^;)
「ジョンQ」のときはサスペンスのヘタさにユルい気分になりつつ、前半の家族描写の美しさには感心という感じだったが、今回の映画は純愛ものなので、センチメンタルなカサヴェテス監督の美点が十二分に発揮される素材であろうと思った。
主人公たちの出会いから、深夜の交差点に2人で寝転がって信号の変わるのを見つめるシーン、美しいアメリカ南部の黄昏れどきの湖水をボートで行くシーンなど、もろもろの美しさが印象深い。
はたして、筋のベタさはどうなんだろうと思いつつも美しい画造りにほとほと見入ってしまい、冒頭から涙なくしては見られないラストに到るまで、しみじみ楽しませてもらった。
「ベタだなー」と思いつつも感動してしまうこのノリは、クリント・イーストウッド監督の「マディソン郡の橋」に一脈通じるかも。
ライアン・ゴズリングとレイチェル・マクアダムズ(この子がまた本当に可愛い!)という主演2人の見慣れなさも、いかにもな商品的ラブストーリー臭を払拭するのに役立った。

途中で2人の中年のころの写真が出てくるんだが、これ多分監督の両親、ジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズの写真ではないだろうか。
きっとこの映画は、息子がふと空想したもう一つの両親の愛の軌跡でもあるのだろう。

という、とても個人的に胸にくる映画ではあったのだけど、配給であるギャガのパッケージングは「加速する純愛ブームの真打ち登場!」だの、<きみ読む現象>だのといったコピーがとことん寒い。そんな映画じゃないだろうに・・これこそ「愛」のない所業ではないかと思うのだが。

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November 08, 2004

「2046」(★★★☆)

王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の最新作「2046」を新宿トーアで見る。
「2046」という名は劇中劇になっているSF小説の都市の名として出てくるのだけど、実はこの劇中劇は作家/新聞記者である主人公トニー・レオンの恋愛関係のメタファーであり、映画が語っている物語は1960年代後半の香港とシンガポールで展開しており、この現実世界において「2046」とはホテルの号室名である。

この号室を巡って、ホテルに常駐する新聞記者トニー・レオンの現実の恋の遍歴が語られるのが「2046」。
チャン・ツィイー、フェイ・ウォン、コン・リーら中国語映画圏最強の女優陣が、トニー・レオンの前を通っては消えていく女性たちを演じる。
この中でも最も魅力的なのはチャン・ツィイーである。彼女が蓮っ葉な風を見せながら彼女の愛する男に「この金を受け取ってくれ」と情事の料金を渡される時に見せる微妙な表情、これは彼女のような完成された美貌と無垢さを兼ね備えた女優でなくては演じ得ない葛藤だと思う。
フェイ・ウォンが10年近く前の「恋する惑星」と同じようなタイプの役どころを演じているのは正直どうかなと思ったが、彼女が好いた男に電話をかけている姿をガラス越しにトニー・レオンが見つめるシーンは、この映画を見た最大の収穫だった。
前半は正直眠いところもあったけれど、見て損のない映画だったと思う。

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November 07, 2004

「山猫・イタリア語完全復元版」(★★★★☆)

ルキノ・ヴィスコンティ監督の畢生の大作「山猫」が、同映画の撮影監督ジュゼッペ・ロトゥンノの総指揮により「イタリア語・完全復元版」として蘇った。シドニー・ポラックによる英語吹き替えの国際版(私はこのVHSソフトを持っている)は色彩に優れ、1981年に岩波ホールで公開されたというオリジナル完全版はストーリーのカット部分が復活していてドラマに富んでいると言われていたそうだけど、今回は国家的事業ともいうべき復元プロジェクトがたてられ、国際版の色彩とヴィスコンティの撮った完全なドラマを兼ね備えた決定版が生まれたという。

貴族の誇り高き「歴史からの退場」を描く本作は、冒頭の邸宅に漂うしずかな退潮の雰囲気とニーノ・ロータの感傷的な調べからはじまり、イタリアが別の権力期に移行したことを象徴する脱走兵銃殺の朝、しめやかなバート・ランカスターの歩み去りまで、陶酔の3時間を過ごさせてくれる。
どんな特種効果があるわけでも、どんな夢物語が語られているわけでもないのに、こんなふうに現実離れした気分になってしまうのは、ヴィスコンティの描く今は無き社会階級の姿がこのうえなく的確だからなのかもしれない。

けっこうギャグシーンも多くて笑えました(^^)

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«「春夏秋冬そして春」(★★★★)